58.ホイル焼きは無事でした。
固定カメラじゃなくて、地点?定点カメラって言うんだっけ?
燐は名称が良く分からず伝わらないのかと2人から距離を取りつつ考える。
「うん。ほらスマホとかでも三脚とかで固定出来るじゃない?…佐助、もう少し才蔵さんの所に寄ってよ」
言葉で説明するのは難しいと、さっさと諦めた燐は実践して説明するのが早いとカメラを起動した。
「…これで良い?」
「うん、ありがと」
怪訝な顔で燐を見る佐助は、頷いて礼を述べながら板を構える燐の様子に首を傾げるも、言われた通りに才蔵の近くに寄った。
≪一体何を≫
嫌そうな気を駄々洩らす才蔵。まぁそうだろうね
≪さぁね?何かあるんじゃない?何かあの板向けられてるし≫
何にもしないで気配を出したまま立ってろってのは忍に徹してる才蔵にゃ苦行だろう。俺もちょっと嫌
「動いても良いけど、こっち向いててね」
ぎこちない俺等とは逆に、燐ちゃんは明るい声を掛けながら板を構え続けてた。
「燐殿、一体何を…」
耐えられなくなった才蔵は燐に問い掛けた。カメラ画面から目を離すと心の底から嫌そうな感じを出している才蔵。
「ねぇ何時まで隣にくっついてりゃいーのさ?」
横で微妙な顔をしている佐助の言葉に燐は録画を続けつつ、動画だし止まらなくても良かったかと声を掛ける。
「あはは、もう良いよ」
燐の声に距離を取り、それぞれに歩いて来る2人を燐は撮り続けた。
「はい、私が三脚の代わりになってカメラ固定して…ほら。こんな感じで撮ったんじゃない?って事を実行してみました」
才蔵と佐助に近付いた燐は、画面を2人に見せながら今撮った動画を見せた。ジッと画面を見続ける2人。
物凄いガン見。自分の動画こんな真剣に見る人って初めて見た
驚いて暫く声が出なかった。熊と同じく自分が小さな板の中に居た。自分の声がこんな風に他人に聞こえていたなんてと動きが止まるまで板を食い入るように見続けた。
「えっと、もう1回見る?」
ナルなのか?微動だにしない2人に声を掛けた燐は、もう一度動画を見せようかと問い掛けた。
「いえ」
燐の声に顔を上げた2人。才蔵は首を横に振り、佐助は興味深そうにスマホを暫く見ていた。
「佐助、見る?」
「自分の事、こんな風に見る事なんて無いから驚いちまってただけ。俺の声、あんな風に聞こえてんの?」
スマホを見ていた佐助に問い掛けるも、佐助は聞いて居るのか居ないのか画面を見ている。意外な言葉に燐は佐助を見た。
「自分の声って、…じっくり聞いた事無くてさ」
視線に気付いたのか画面から顔を上げる佐助は肩を竦めて燐を見た。
「そうなの?んー、ちょっと違和感あるよね」
気軽に動画撮ってそうなのにと思いつつ、同意すると佐助は小さく笑んだ。
まずったと思ったけど上手い事誤魔化せたみたい
「じゃ、網焼きの続きだね」
「あ!ホイル焼き」
何やら考え込んでいる才蔵にも聞こえる様に大きめの声を出すと、姫様は思い出したと小走りに駆けて行く。
≪取り敢えずあっちに座って考えたら?≫
もう考えなきゃならねぇ事ばっかでくらくらする。小さく頭を振ると、此処に居るのは不自然と才蔵を促した。
「…だな」
眉間の皴がこれでもかって位深まったままの顔の才蔵が溜息交じりに同意する。
声出しちゃってるし随分と動揺してるな
きっと気付いていないんだろうと才蔵の背を見て眉を下げた。
「おかえりなさい。何か貰った草とか入れたんだけど、凄い美味しそうだよ」
走って酔いが回ったんだろう姫様は、少し頬を染めた満面の笑みで出迎えてくれ、椅子に座るよう促し器を寄越す。
「ありがと」
草って。と思いながら本来なら物食ってる場合じゃないんだけどね、と同じ様に困惑顔をした才蔵を見た。
まぁ此処で足掻いた所で如何にもならないって分かってるけどさ
頭では理解している。下手に動けば先程の熊の様に何かに捉えられてしまう恐れもある。だが、見知った物が出て来れば少しでも戻る手掛かりをと気持ちが焦る。
「んー、まぁ食べなよ。美味しいもの食べると何か笑っちゃうじゃん?笑ってると良い事あるらしいからさ」
突然の言葉に思わず目を見開いた。忍がこんなにも感情豊かになるとはと思うも、的を射た燐の言葉に忍2人は驚きを隠せなかった。
「な、」
「何で、」
言い当てられた衝撃で破顔の才蔵に続けるように何でと問い掛けたが、続きが出て来ない。
「何でって、何か2人ともしょんぼりしてるから?大丈夫、何とかなるよ」
スマホ無くしてる所に動画見せられたら、スマホが無い絶望感に打ちひしがれても仕方ないよね、と燐は2人を見た。
動画位ならまた見せたげるし、通話も少しならさせたげよう
走って酔いの回った燐は、広い心でそんな事を考えていた。




