52.なんか皆飲んでるよね?
朝。只ならぬ様子の男が近付いて来る気配に、才蔵は佐助に目配せし消えた。静かに管理棟に身を顰め、暫くすると此処の世の者達が皆持っている薄い板の様な物を慌てて掲げる男。
「さっきの電話のプリントアウトですか?」
それに反応するように管理人が奥から出て来ると、男は興奮気味に何枚か紙を渡していた。才蔵も状況を見やすいようにと移動した。
「そうだ、設置カメラに映ってた」
男がそう言い、持っていた板を数回叩くと板が光る。更に今度は板から音と光が漏れ、動く何かが写っていた。男の言葉に管理人は板に近付く。
「熊、にしては小さい?横を走り去ったんですかね?」
管理人と男は画像の黒い残像と、映像に移る黒い影を見ながら話していた。
「多分な。はっきり写ってないから何ともだけど鹿か、大型の犬か?」
「野犬…見回りの連絡入れます」
暫くすると板を持った男は帰って行き、管理人も紙をその場に置き奥へと戻って行った。
「捉えらるる等不甲斐なし」
才蔵は管理棟から拝借して来た紙を何枚か佐助に渡した。佐助は大きく溜息を洩らす。
「んな下手するなんて思っちゃいないし、気配無く俺等を捉えられる何かが在るなんざ嫌だねぇ。忍辛ぇったら」
顰め面の才蔵。原因は此の生き写したような木々と微かに映っている残像だと分かると佐助も顔を顰める。才蔵は佐助に渡した紙を受け取ると再び消えた。
「おはようございます」
目覚めた燐は、スマホを見て7時なら起きてるかな?と声を掛けた。返事は無かったが、トイレに行きたい。
「ごめん、開けますねー」
燐は寝てたらごめんと思いつつ寝室のチャックを開け顔を出すと、無人。
「若者なのに朝早いな。あ、忍ごっこかな?」
人気のない方が忍やりやすいんだろうと勝手に考えテントから出るとトイレに向かった。
「良い天気だなぁー。あ、タオル洗濯して干そう」
テントの前で大きく伸びをした燐は、タオルを袋に纏めた。取り敢えず、カセットコンロと台を出してお湯を沸かす。
「あー。キャンプっぽい」
椅子を出し、大きめのテーブルも出すとお湯をマグにセットしたドリップバッグに注いだ。
「おはよ」
突然声が掛かるとビクリと跳ねた燐は危うく熱湯を足に掛けそうになった。
「ヒっ、だから!」
振り向き睨むと赤はヘラリと笑みを浮かべて隣に屈む。
「あはーごめん、ごめん。で、何してんの?」
毎回毎回、全く分かんない所から声掛けて現れるのやめて欲しいと、未だに心臓が痛い燐は顔を顰めた。
「おはようございます。今度やったら、不審者と見なしてぶん殴るからね?」
「…俺の事見てから、ふしんしゃって殴るって事?」
朝から随分と物騒な事を言う姫様だと眉を下げると、姫様は茶色い土?に湯を注いでる。
「あ、コーヒー飲む?」
じっと手元を見ている赤。飲みたいのかな?と聞くと赤は意外そうな顔でこっちを見た後で小さく首を横に振った。
「えっと、その、気になっただけ。飯奪い取りに来たんじゃなくて。けど、ありがと」
コーヒー1杯位分けてあげれるよ。まずご飯じゃないしと佐助の言葉に苦笑した燐は、ドリップされたコーヒーを紙コップに分けて差し出した。
「はい。キャンプってやりたくなるよね?朝コーヒー。豆からは面倒臭いからドリップバッグだけど」
毎朝飲んでるわけじゃないけど、キャンプ場ではついやっちゃうと赤に話すと、赤は柔らかく笑いながら紙コップを受け取る。
「そういうもんなの?」
不思議な匂いだけど嫌いじゃない。白い紙の椀に入った、湯気の出ている泥色を見ていると姫様は考えるように小首を傾げた。
「え?違うかな?けど、なんか皆やってそうじゃない?キャンプグッズの所に絶対売ってるし」
「良いの?」
俺にくれたんだろうけど、良いのかと聞けば当然と言う様に頷く。其れから何か探す様に視線が動く。
「良いよ、まだあるし。あ、薄いかも。砂糖入れるなら、そっちのバッグに入ってないかな?スティックシュガー」
この泥色でも薄いんだって。砂糖ってのは俺が思ってるのと同じなら、そんな気軽に分けるようなもんでもない筈なんだけど。
「燐ちゃんは、入れないの?」
「え?私はこのまま飲むよ」
燐ちゃん。密かに呼んでた姫様の名を呼べば、一瞬驚いた顔をしたけど話を続ける。
「なら俺もこのまま飲も」
砂糖に少し興味はあったが、同じ物を飲んでみたいと温かい泥色に口付けた。泥色は少し苦くて飲んだ後の香りがふわりと漂う。
「なんか、外で飲むとほわーってするよね」
「ん。ふんわりする」
思わず言っちゃった後で、変な事言ってんなと思われたかと眉を下げると、同意するように赤が続く。
赤のちょこんと屈んでちびちび啜ってる姿が可愛いと迂闊にもちょっと萌えた。




