5.怪異
※文章の間隔が通常と違うため、読みにくいかもしれません。
怪異な物で此方を照らす天女は、雨が降るとのたまう。降らなむと願うも雨は合戦の間もその後も一度も降らず。
何卒彼の地の我が主の元へ一刻でも構わぬ故雨を。闇に窮しておられるならば光明を、何卒。
雨の予測、天道の如き光明。この尽きかけの命と引き換えに我が主の元へ降らせるよう願わば、もしやこの天女は叶えてくれるのではなかろうか。
才蔵は自分の側の道を照らしながら通り過ぎようと近付く気配に、どうにかして動けと身体に力を込めた。
「···」
乾ききった口内からは言葉を発する事も出来ず、願いを乞うため伸ばした手は力及ばず届くこと無くだらりと地面に落ちた。
忍の命一つ如きでは如何様にも成らぬものかと才蔵は静かに息を吐くと共に瞼を下ろした。
遠ざかる光と共に己の身も闇に沈むかの如く重くなる。
「っと、ねぇ!…よ!」
そのまま光が消え闇に沈めば痛みも渇きも無くなると思っていた才蔵は、怒号と共に再び瞼を閉じても分る程の光に包まれ困惑した。
遠くには女の声音と女が放つ怒気。
距離が遠いのでは無く、自分の意識が遠のいているのかと分かるも、抗えずにいた才蔵は突如喉に流し込まれた液体を抵抗出来ずそのまま飲み下した。
「…る?って、先ず立てる?」
喉の渇きは癒え少しだが意識が戻ったのか、体を痛みと痺れが覆う。耳に届く問い掛けに自分の置かれた状況を把握した才蔵は驚きを隠せず口を開いた。
「何者ぞ」
何の意図があり忍を生かすかと思い問わば、女は嫌そうに顔を歪める。
貴重であろう茶を飲ませ、臆する事無く忍を触る女。
同胞かと記憶を辿れど、傷一つない指先、艶の良い肌を見らば忍で無い事明らかなればやはり天女か。
「いや今そういうのいらないから。痛かったら言ってよ?」
不安気に揺れる瞳と己を気遣う胸の内。探る程も無く駄々洩れの気配。
意図のみ不明慮なればこの天女は敵か味方か。
そう思っていれば痛みを問われ、次にグイと力任せに腕を引かれる。
忍に痛みを問う等。更に自ら忍如きを担ぐ等奇なり
天女の胸の内を探り、ここには置いておけないと再び信じられない事を考えていると分かった才蔵は、触れた肩先を遠慮がちに遠退け、自ら立ち上がった。
多少ふらつくが、追従する位なら可能だろうと思っていた才蔵は天女の行動に目を見開いた。
「行けるかな?寒いし、一旦テントに戻った方が良いよね。夜間連絡先どこだっけ、いーや。先ず帰ろう」
まさか担がれると思っていなかった才蔵は困惑を隠しきれずも、少しでも負担にならないようにと出来る限り重さを与えない様に月明りの下をゆっくりと歩いた。
「取り敢えずここ座ってて」
促され歩き連れて行かれた先は見た事の無い物ばかりで才蔵は自分の置かれた状況が理解出来ずに、言われるがままに座っていた。
天道の如き光
まばゆき光が上に、横に据えらるる布の内。天女は四角い板の様な物を持ち眉を下げ問い掛けて来るも分らず首を振らば溜息を洩らす。
「もう面倒臭いからこれ脱いでもらって良いですか?」
先程からの不明慮な言葉と同じく聞き違いと思っていると、天女は黒き筒と布を差し出し何かと見ていれば溜息を洩らし脱げと着物を引く。
「うわぁ痛そう。傷口拭いて布あてときますね?」
暗器の類いを警戒してかと上衣を脱ぎ肌を晒す。
痛そうと呟き苦痛を面に出した天女が黒き筒の上部を捻らば湯気が漏れ出ずる。
「ごめん、滲みるし痛いよね。てかさ、何でこんな傷だらけなの?これちょっと転んじゃった感じじゃないよね?急斜面転げ落ちたレベルの怪我じゃん」
不可思議な言葉を呟きながら胸に、腕に、背にと白布を貼り留め、天女は躊躇なく腹の晒に手を掛けた。
何をする積りかと戸惑わば、血の滲むそれを替えるには布が足るかと胸の内が見える。
人のなりをしているとはいえ忍と思わば羞恥もせぬものかと思うも女子に下穿きを解かるるはと口を開いた。
「腹傷は古傷故に、此れ以上はご容赦を」
「え、うん。ちょっと良く分かんないんですよさっきから。古傷って事は前からの傷って事だよね?開いちゃって血が出たって事なら大変だから見せてください」
天女はそれでも見せろとのたまう。
仕方なしと腰辺りまで晒を解かば、直ぐ様腹の傷にも湯を付けた布を当て、他と同じく白布で傷を覆い貼り留めた。
「触んないで!取れちゃうから。てかこの血塗れ包帯、どこまで続いてんの?...いーや、こっから切りますね」
結ばずもひたと肌に張り付く面妖な平たい紐を如何様な物かと暫く見らば、天女は触るなと制し、解いた晒を刃物で切ると其処に新たに布を足し腹に巻き直した。