37.幸慶
こんなもんも運べなくて忍等やってけないと苦笑しつつ、驚き顔のままテントから出て来た姫様を見た。
「あのさ、重いよね?」
「まぁ此れ持ったまま疾走しろって言われちまうと、困るかな?運んでく位なら平気だよ」
肘まで捲り上げた袖から見える全く太くない腕は重さに筋肉が綺麗に浮いて見えるが、震える事も無くしっかりと持ち上げている。
「他に持ってくもんあるなら、上に乗せてよ」
余裕そうに話す赤。更に過重とか無理だから!
「いやいやいや、流石に無理だよ。私も持つから半分。って、怪我は?腕、怪我してたよね?」
そういえば、怪我してたよね?と慌てて側に寄ると布の巻かれていた腕の方へ移動した。
「良かった。血、出てたらどうしようかと思ったよ。てかさ、怪我治ってないんだから無理しないで半分持つってば」
心配そうに揺れる姫様の瞳に映る自分の顔は此処の世の腑抜けと同じ様だった。じわじわと胸の内が温かくなって行く。
「あれ位の怪我大した事ないよ。才蔵待ってるし、行こ」
さっさと歩いて行く赤の足取りは、あの重さを持っているとは思えない。だが怪我もあるしと後を追う。
「途中でもきつくなったら言ってよ?」
動けなくなるまでが忍。なのにあんな刀傷一つで、俺の腕に負担を掛けまいと横に並んで心配する姫様。
「この上にアンタ乗っけて歩く位は平気」
こんなもん位、全然平気なのに。けど自分の事を配慮し気に掛けて貰えるのが嬉しい。うん、多分今胸の内があったけぇのは俺の嬉しい、だ。
「は?何言ってんの?そんな事したら傷口開くよ」
随分と昔にまだ幼い主が大殿から誉と刀を頂戴した時と似てる温かさに、無意識に笑みが零れた。
「そんじゃ、試しに乗ってみたら?」
試しに乗るかと問えば、嫌そうに顔を顰める。
「え、やだよ。それで怪我とかしたら折角の高級肉が台無しじゃん」
「あははアンタほんと肉が楽しみなのね」
肉。確かに此処の世の食いもんは旨いよね。
「楽しみだよ!自分じゃ買わない…買えない、かな?肉にお金かけるなら他の物買うかーとか思っちゃう貧乏症だから」
こんな力一杯楽しみっていう位だから物凄くそうなんだろうね。
「才蔵さんのおかげだよ、食べる前にもう一回お礼言おっと。あ、才蔵さんってお酒飲める歳?」
「酒?如何かな?飲めって言ったら飲むんじゃない?」
才蔵の名を紡ぎながら頬を染める燐に佐助は素っ気無く返す。
「そっか。じゃお礼にビールか日本酒渡そう」
成人してるならお酒をお礼に出来るとクーラーボックスの中身を思い浮かべる。
「じゃ、此れ運んだ俺にもある?」
「お礼の品?同じビールかお酒で良いなら」
急に速度が落ちた赤。やっぱ重いよねと手伝う気で手を伸ばしながら答えると、赤はぴたりと止まってこちらを見る。
「佐助」
なんでだろ?今まで個に執着した事なんざ無かったのに。
「へ?」
急に再びの自己紹介に思わず変な声が出た。何故今再び自己紹介?と赤を見る。
「だから、へ?じゃなくて俺の事も佐助って呼んでよ」
才蔵さん。何度も姫様から紡がれる名。呼んで欲しいと思った胸の内の願いが口から零れた。
「急にどうした。今、お礼の話じゃなかったっけ?」
立ち止まり見た姫様は不思議そうに首を傾げてる。だよね。俺も何でか分かんないもん。
「俺の名前は呼べない?」
分かんないけど、アンタの口から自分の名を呼ばれたい。それだけは分かる。
「いや、急にどうしたんだろ?って思っただけ」
お礼に何か品をくれるんなら、代わりに名を紡いで欲しいなんて、やっぱり忍如きが図々しいかね。
「佐助さん。これで良い?」
重い荷物持ちながら立ち止まる程の話か?と顔を見上げる。
「んー、さんはいらない」
何の脈略も無く名を呼べと言われ呼べば、敬称は要らないと首を振る。変なこ。
「佐助。これでいい?てかやっぱり半分持つから」
佐助と呼べば、満足気に頷き再び歩き出す赤。重くて止まったんじゃないの?と思いながら横を歩きつつ少し持とうと手を伸ばした。
「持たなくて良いって」
姫様から出た、俺の大事なもん。佐助
忍は何も持たないのが常。いつ常世から消えても良い様に、何も持たず何も残さない。それが気にくわないと我が主が自ら書き認めた大事なもん。
佐助
呼び名なんてどうでも良いと思ってたけど、姫様に呼ばれると胸の内が温かくなった。




