33.酒処
がやがやと騒がしい店。佐助は酒処ってぇのは世が変わっても騒々しいもんだと思いつつ、周りの会話を次々と拾って行く。
「…ら賑わう前に一辺」
「って言ってやったら…」
「1人で深刻そうな顔して飲んでないで、こっちで一緒に飲もうよー」
ほろ酔いで声を掛けて来た女に佐助はにこりと笑みを浮かべた。女は了承と受け取ったのか佐助の腕を取り引き上げる。立ち上がった佐助は女に促されるまま席を移った。
「見ない顔だけど観光?どっから来たのー?」
「そ、かんこー。ちょっと遠くからね。皆はこの辺?」
女達の待ち構える席に、男1人座り顔を見回しながら同じ質問を返した。
「そーそー、地元」
地元と言いながら笑う女達。何処の世も女は姦しいもんなのかと佐助は内心溜息を洩らした。
「歳幾つなのー?彼女はー?」
次々飛んでくる質問に、佐助はにこやかに彼女達の胸の内を探りながら卒なく答えつつ、自然と近くなり聞き取りやすくなった対象者の会話に集中した。
「てかさー、熊見たんだけどっ!何かおっさんかと思ったらさー?熊だったの!」
「マジで?ウケるー」
熊と対峙したと言って笑う女に周りも笑う。恐怖感が微塵も感じない女達の会話に、こっちの世じゃ熊ってのは知ってる熊とは違うもんなの?と佐助は首を傾げた。
「えっと、熊ってあの熊だよね?」
「そう!ここ田舎過ぎて熊出んの!ヤバいよね」
自分の知る熊と同じなのかと問い掛ければ、何故か女達は熊と言いながらも緊張感なく爆笑する。
「道に熊出るとかさー、過疎り過ぎ!」
数回に及ぶ痛みを伴った燐の反撃を思い出した佐助は、此処の世の女共は素手で熊退治出来るのか?と先にこっちの疑問を片付けるべく女達を見回した。
「えっとさ?結構強いよね?熊」
「つよつよだよねー!熊だしー!」
熊って言ったら、まぁ忍だったら簡単だろうけど、いや下忍一人じゃ確実に熊の方が強い。そう思って問い掛けるも再び爆笑が起こる。
「最近週1で熊注意~不要な外出は~とか放送してっけど、出てんの山でしょ?」
「だから見たんだって!熊」
「あー、ごみ集積所に居たんだっけ?オッサンと間違った熊!」
「間違え無くね?熊でしょ?!ウケんだけどー」
引き続き爆笑しながら弾む会話の中で一人だけ現実味を帯びた瞳の女が恐怖を語るのを聞くと、すかさず心配そうに眉を下げて見せた。
「笑ってるけど、それって危険だろ?アンタ等か弱い女の子なんだし。人里に下りて来た熊は夜行性だって言うしさ」
心配そうな素振りで此処の世の対処法を探れば、女の一人が筒の様な物を出し見せて来た。
「うち撃退スプレー持ってる熊用」
「アタシも持ってるー」
興味を持った佐助が女の方へ顔を向け身を乗り出すと、他の女も次々と同じ様な筒を出す。それ程大きくも無い筒。
「スプレーとクマ避けホーンも持ってるよー」
女達が強いのか、あの細長い心許なそうな筒の威力が凄まじいのか。
「ウケるーなんでみんな持ってんのー」
そんなもんで撃退出来んなら熊とは名前の同じ別物か?と佐助は考えが纏まらずにいた。
「それ、どうやって使うの?」
最初はかっこいい印象だったのに、小首を傾げて問い掛けて来るとか可愛い!都会の男は周りと全然違うと近くのテーブルで飲んでいた地元の男達を一瞥し皆で溜息を吐いた。
「ごめん、それ見たの初めてでさ」
女達の溜息に内を探った佐助は違うと分かっていながらも眉を下げ「ごめん」と告げた。女達は佐助の方へ意識を戻し、皆それぞれ使用方法を読み始めた。
「えーっとねぇ。熊に向かって…え?てかこのスプレー使う時って熊間近じゃね?」
徐々に眉を下げ笑い声が止まり沈黙する女達に恐怖が漂うと、やはり同じ熊なのだと佐助は思った。
「えーほんとだ!…持ってても意味なくない?」
暫くすると1人がパッと顔を上げ奥のテーブルを振り返った。
「そういえば浩介達、猟友会じゃなかった?」
「え?なんだよ」
「なんだよじゃねーっつーの。熊マジ迷惑なんだけど!」
「熊撃ち行くとかイキッてたの、あれいつ行くの?」
如何見ても返り討ちに合いそうな雰囲気の男達。周りに刀も置かれていない。
熊を討つ?ここいらじゃ帯刀してる御人は見なかったけど?
念のためと飛ばした殺気にも気付かず女達と言い合っている男達を見て佐助は首を傾げた。
「知らないよね?猟友会って近所の爺さん達が集まって鹿とか熊とか鉄砲でバーンってすんの。高齢化で最近あそこのテーブルの何人かが最近入って」
女は猟銃を構える仕草をしながら説明する。佐助はその様子から、此処にも火縄があるのかと目を細めた。続く女の話を聞いている素振りを見せつつ佐助は近くに得物があるのかを探った。




