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3.才蔵

闇に包まれた深い森をらしからぬ気配とかすかな物音を消せぬまま、黒い影はもう一つ影を抱えるように木々の合間を風音と共に移動していた。


まずいな


脇に抱える上役の生気が刻一刻と弱まるのを徐々に低くなる体温と共に感じ、自らもこれ以上の移動は不可能と霞む視界に断念すると枝より根元へと降り立った。

着地は上手く行かなかった。

がくりと膝をつくとぐちゃり、嫌な音を立てる。既に感覚のない脇腹からの出血と気付くと顔を顰めた。


「ゴッホ…」


抱えていた男を自分の横へと降ろせば男は胃液の様な物をを吐き地面に突っ伏す。そのまま動かない男を起こそうとするも、幹に寄り掛かった体は鉛の様に重く動かない。

浅い息を繰り返し、痺れて自らの意志では動かない腕を他人事のように見るとその先に視線を移す。

突っ伏したまま微かに上下する上役の背を確認し、此れも中々しぶといと空を見上げた。


此れ迄か


先程放った忍烏に気付けば来るであろう同胞の迎えが先か、静かに自らにも忍び寄る安らかな闇の眠りが先かと他人事のように思いながらゆっくりと息を吐いた。


「?」


静かな森がザワザワと蠢く。

異変に重い頭をあげ、見上げていた空では己と同じように頭上の月が闇に浸食されていた。同胞よりも闇の方が速かったようだ。

木々の間から零れていた光が徐々に弱まる。照らされれば忍び辛いと思う事もあったが、じわじわと闇に呑まれる月明りを見ていた才蔵は自分の弱まる鼓動を重ねた。

やがて暗闇に包まれると顔を上に向ける力も無く、ぐったりと幹に体を預ける。


《借りを作ったまま逝くは不本意だが、闇に呼ばらば仕方あるまい》


忍は何も残さずに闇に消えるのが常。だがもうどこも動かない。

深い森だ、そのうち血の臭いに獣が来るだろう。思考もおぼつかない頭にそれが思い浮かべば、先に逝くと最期の声をかけた。後悔あらば死ぬ間際に見たのが此の男とはと小さく息を吐く。


来世等望みはせぬが、せめて地獄であろうと此れとは別に歩みたいものだ。


瞼が重い。霞む目に写る紅に、出来ればこいつと共に逝くのは避けたかったんだがと才蔵はゆっくりと闇に沈んだ。


「ぎょう…ひ?」


…はずだった。

やんわりと明るくなる周囲と共に急に現れた気配。無意識に集中する。とは言え目を開ける事さえも今は苦痛で、そのまま相手の出方を待った。


「…たよね?…のせい…か とか?」


近付くそれは瞼を閉じていても分かる程の光。

辛うじて片目を開けると、手からまばゆい光を放つ人型がこちらを窺っていた。何度か光が自分の頭上から下へとゆっくり繰り返し動く。松明のような熱も無くば爆ぜる音も聞こえない。その類の物ではなく、似ていると言えば天道の日差しかと思えば才蔵は重い瞼を必死に開け続けた。


「え… 何…」


忍の術には無い天道の日差しの様な眩い光明。途切れ途切れだが聞こるるは女の物。なればこの光の源は女子かと才蔵は女が話しているであろう言葉に集中した。


天道の如く光らば熱は無し


眩しいが熱さは無い光が、今度はゆっくりと足先から光が自分の体を登る様移動しているのを感じ、一体何なのかと回らない頭で考え続ける。

此れがお伽の話ならば、眩き光からいずるは天女か神か。何方にせよ忍には縁遠いと可笑しなことを考える余裕がある自分に驚きつつも光を受け続けた。


「な…わら、じ?だよね?」


女の声音からは畏怖と動揺が伝わる。元来真面目な才蔵は、どのみち消えるならばこの不可思議な状況を少しでも把握しようと、徐々に近付く気配に集中した。


「しのび?…ぜ」


女の気配が困惑に変わる。確かにその声は忍と聞こえた。むざむざと姿を現した動けない忍の末路など考えるまでもない。自らの生を絶とうにも、もう体は何処も動かない。才蔵は忌々し気に動かない身体に顔を顰めると、女の力でもせめて短時間で死ねるよう、此処を狙えとばかりに首を逸らした。


「ええっと、忍の人、ですか?」


何時まで経っても血も流れなければ、痛みも感じないと才蔵は内心首を傾げていた。負傷して数日、飲まず食わずで居れば死ぬ感覚も無いのだろうかと思っていた才蔵は、女の言葉に戸惑いを隠せなかった。


奇なりな言葉を使うはやはり天女か


忍を人と言う女の声。女は忍と言いながらも殴るでもなく、逃げるでもなく不可思議な言葉を投げ掛ける。目の前に居るのは天女なのかと才蔵は半ば本気で馬鹿げた事を考えていた。

忍達の外見イメージは短編の後書きにございます。ネタバレを含みます。

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