26.決してやり過ぎたとは思ってません。
「っー!」
声にならなかったのか、苦痛そうに息だけ洩らす赤。
それでも体を支える様に両肘を付いたまま背を丸め、退かない赤の耳の後ろ辺りをがっちりと掴んだまま、ついでと頭突きをかました。
「いっだーっ!!」
取り敢えずどこでも良いから当たれと思い切り膝を突き上げた後、離れた額に思い切り頭突きをかまされ、横に転げる赤。
「どいてって言ったよね?素直に退かないから痛い思いすんの、分かった?」
ざまぁと思いながら起き上がり、恨みがましい顔を向ける赤に冷たく言い放ってやった。
「さっさと出てってよ。私今から出掛けるから急いでるんだけど」
丸まったままの赤を冷たい視線で見下ろし、蹴って転がして外に出してやろうかと考える。
「っー…だからって、腹蹴る事無いだろ?!」
私は3回忠告した。それを無視したのはお前だ。それで痛い目見てんだから自業自得、と容赦なんて必要なし。
「お腹に当たったんだ。んじゃ股間蹴られなかっただけ有難いと思え」
言い捨てると、こちらが驚くほど目を見開いて見て来た赤。狙えたら確実に蹴り上げてやったのにと思うも、あの状況で腹に入ったなら良しとしようと自分の膝を誉めた。
「…アンタ、仮にも何処ぞの姫君がんな事言っちゃ駄目でしょーがっ」
何故か大きな声で自分を咎めるような事を言っていた丸まっている赤。
「取り敢えずそんな大きい声出せるなら、さっさと出てけ」
どこぞの姫君とか私をそっちの変な忍ごっこに巻き込むな。ってかさっさと移動しろと、蹲ったままの赤を足先で軽く蹴り立つよう促した。
「なっ」
「ほら、立ってよ私本当に急いでんの!」
よほど痛かったのか前屈みになりながらも、蹴られ続けるのが嫌だったのか立ち上がった赤の背を押し、更にテントから外へ押し出した。
「…そんな急いで何処行くのさ」
「え?ご飯食べに?今から火起こすんじゃ時間掛るし。お腹空いてるし」
未だ恨みがましくこちらを見ている赤の問いに答え、簡易だが南京錠をテントの入り口に取り付け施錠した。
「ふぅん。あ、わだいのぱんってのがあるけど、要る?」
「え?!買えたの?なんか凄く並ぶのに速攻売り切れるってネットに書いてたのに」
赤の言葉に思わず反応してしまった。
原材料に拘って作るので数量が確保出来ないから、移動販売車で不定期に売っている話題のパン屋。
赤は屈んで風呂敷を広げると、白いビニール袋を取り出す。
「はい。わだいのぱん」
そのまま袋ごと差し出されたので、受け取り中を見ると個包装のパンがいくつか入っていた。この地域に来たら一度は食べてみたいと思いつつも一度も出会った事が無かったパン。
「お金払うので、1個売ってください」
もう一度袋の中身を確認してやっぱり一度は食べてみたいと思う心に勝てず、財布を取り出して買わせて欲しいと言うと、赤は首を振る。
「昨日の礼。才蔵に飯食わせてくれたんだろ?それだっておかね、かかってんだし貰ってよ」
昨日の黒への食事提供のお礼。そうは言うが猫まんまで貰って良いのかなと眉を下げた。
「え、あー才蔵さんから聞いたんだ。じゃ何食べたかも聞いたよね?」
ちょっとお高いとはいえ、こっちは味噌汁かけごはん。それに対して赤は、幻級のパン屋のパン。割に合わないだろうと眉を下げる。
「そりゃ、その袋一つで借りを返そうなんざ思って無いよ」
顔を顰めた赤の様子に燐は首を傾げた。赤の言い方だとパンより猫まんまの価値があるように聞こえる。
そういえばこいつ等財布とか持ってないって言ってたよね?
お金持ってない筈なのに、どうしたんだろう?とパンの袋と赤を交互に見た。
「あのさ、このパンってどうしたの?」
「貰ったの。アンタが思ってるような事はしてないから安心しなよ」
訝し気に問い掛けると、質問の意図が分かったかのように嫌そうに顔を顰める。
「え。あ、ごめん声に出ちゃってた?」
言い当てられた燐は、独り暮らしで身に着いた独り言を発揮していたのかと眉を下げつつ確認した。
「盗人でも無けりゃ脅して奪ったりしてねぇっての。兎に角アンタ今腹減ってんだろ?」
深く溜息交じりに答えた赤は、袋を受け取る意思は無いという様に後ろに両腕を回す。
「ありがと、いただきます」
1つなら迷惑料代わりに貰っても良いよね?と中々巡り合えなかったパンを手に礼を述べた。
「礼を言うのはこっち。才蔵に飯もだけど、寝床もこれも」
目を見開いた後で何故か困った様に眉を下げる元赤は、意外に着こなせているフリースを摘まんで見せながら礼を述べて来た。
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