21.人誑
思う様に体が動かず大分時間を費やしてしまった湯上りの才蔵は、テントに佐助の気配が無い事に念の為と燐の車を覗いた。
「...」
気配を消していた訳でも無い様で、車の中に一人分の足先を確認しテントに入る。少しして戻った佐助は、テント入り口に置いてあった自分の着ている物と同じ衣の袋を才蔵に渡す。
「此処じゃそんなもん着てると目立つけど?」
嫌そうな顔で袋を一瞥する才蔵に周辺を見回って来た佐助が才蔵の忍装束を指して言う。
「なれど」
律儀な目の前の男はどうせ遠慮して受け取らないのだろうと佐助は正面に腰を下ろす才蔵を見た。
「あの姫様のこった、アンタにもって置いてったんだろ?有難く頂戴しとこうぜ」
才蔵の言った通り大きな鉄の様な物で出来ている門戸があり、そこから灰色の道が続いていた。道を下って行った佐助は、犬に紐を付けて一緒に歩く人影を見つけ軽く会釈する。
「キャンプかい?話題のパンならこの道の先の駐車場だよ」
佐助は集まる気配に興味が湧き其処まで行ってみた事を話した。同じ主に仕える忍の中で最も人を信用しない佐助。
それ故にかこの男は人に臆する事無く溶け込む
才蔵は佐助とお揃いの服を受け取りながら、この短時間での諜報に密かに感心した。
「んで、これがその食いもん」
ガサガサと音を立てる白色の袋から透明な膜に包まれた薄茶の物を取り出す。
あ、着替えることにしたのね。
男の着替えなんて見たって面白くもねぇし、と残りの薄茶色を見た。
確か男は選んでいたよな
形の違うものが何種類かある。味も違うのだろうか?と着替え終えた才蔵にほいと投げた。
「何ぞ」
受け取った才蔵は顰め顔のまま訝し気にパンを触る。
「わだいのぱん、って言ってた。このまま食っても軽く焼いても旨いんだとさ」
普段なら絶対ない駄々洩れの気配と戸惑いが伝わると、佐助は先程の事を思い出した。
「勝手に動く駕籠なんて大したもんがあるもんだわ」
人が集まっている広い場所。そこも地面は灰色だった。集まっていた人々は皆白い袋を持ち、面妖な物に入って行く。
あの袋を取りに集まってんのかね?
暫くするとその箱の様な物は音を立てて人を乗せたまま動き出した。駕籠担ぎの不要な駕籠のようなものらしい。それを目で追っていると近付く気配。
「あらお兄ちゃん、今来たの?もう売り切れちゃったわよー?」
敵意も殺気も感じ無いため放置していると、近付いて来た女は声を掛けて来た。自分の事だろうと佐助はヘラリと笑って見せる。
「うん。今来たの。そっか、売り切れちゃったんだー」
話を合わせて聞き取れた言葉を返せば、親し気に話し掛けて来た女を制するように、もう一人の女がその背からチラとこちらを見る。
「あら知らないで来たの?あー、キャンプの人?」
肩を竦めて見せれば、女は制止も聞かずに更に近寄って来た。
「そーそー、きゃんぷの人。散歩してたら教えてくれてさ、来てみたんだけどね」
きゃんぷ。そういやあの姫様も言ってたっけ。
如何やらあの山に居るのは、きゃんぷの人できゃんぷの人ってのは結構有名みたい。
「買えなかったの残念だったわねぇ。結構すぐ売り切れるのよ」
「残念」
話を合わせつつ頷くと、制していた女が話している女の顔を見上げた。
「お母さんこれ分けてあげようよ、折角来たのに」
「そう?」
「優しーね。けどそれ分けたらアンタの分が無くなるだろ?気持ちだけで十分。ありがとね」
若い女の言葉に、にこりと優しい声音を掛ければ、女は仄かに頬を赤らめ俯いた。
そうそう、こういう反応なんだけどねぇ
見ていたおかーさんは、あらーとか言いながら何かを含んだ笑い顔でこちらを見て来る。
「お兄ちゃん格好良いから、うちの娘ちゃんが話題のパン分けてあげるって。はいどうぞ」「お母さん!」
「うわーいーの?嬉しい」
柔かく微笑んでやれば更に赤くなった若い方の女は白い袋を寄越し、軽く会釈して足早に女の背を押し、横を通って動く箱に乗る。
「ありがとねぇ」
動いたその箱に手を振った佐助は、これ以上此処に居ても何も無いかと来た道を戻った。
「だからー」
「お前が道間違えっからだろパン食いたかったわー」
近付く気配に警戒しつつ道の端を歩いていた佐助は、声に振り返った。
「おい人、」
自転車の男達は立ち止まった佐助を見ると話しを止めて横を通ろうと速度を落とす。つい先程覚えた言葉に佐助は手荷物袋を軽く上げた。
「ねー、ぱんってこれ?」
突然見知らぬ男に話し掛けられて警戒した二人は顔を見合わせる。それも普通の反応だと佐助はにっこりと笑みを浮かべた。
誤字報告、メッセージ、ありがとうございます。修正しました。
○タイトルの送り仮名について○
忍の回は漢字二文字に統一したかったため、タイトルの送り仮名を付けませんでした。魅惑、魅力、妖魅、妖艶、幽魅なんか違うなぁと経緯があり上記タイトルになりました。
この回に漢字二文字で合うタイトルがあればお知らせいただけると嬉しいです。




