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200.

聞いていた話と全く違うんだけど。燐は初めて乗る窮屈な輿の天井から垂れている紐をしっかり握りながら顔を顰めていた。


「迎え出るものが居ないと駄目だろ?我が主は先に」


何かを察知したのか屋敷の随分手前で燐達を降ろした佐助は、海野達と顔を見合わせ溜息を洩らし、暫くすると袴姿の才蔵と輿を担いで戻り燐を乗せた。


「誠、申し訳ない燐殿。屋敷にてお待ち申し上げる」


源次郎の去り際の詫びに、何が?と思うも近付く騒めきにもしやと聞き耳を立てた。


「月からお越しの姫君が来たってぇんなら、まぁこうなるさね」


燐は片手を離して小窓っぽい簾を少し上げ驚いた。絶対屋敷にこんなに人数居ないだろうと思う程の人だかりの中を輿はゆっくり進んでいる。


「今少し見えた!」


「お女中が邪魔で見えねぇ」


騒めきの中聞き取れた声に出てくの嫌だなぁと思うも、まさかこのまま部屋まで直行とか無理だよねと眉を下げた。


「鎌之助さーん」


暫くすると燐を乗せた輿は動きを止める。地面に着いた感覚に、燐は小さな声で唯一姿が見えた鎌之助を呼んだ。


「良いかい?月姫。ゆっくり出て…まぁ一つにこやかに笑みでもくれておやりなよ」


「え…それって必要です?」


ぺらりと入口が捲られると、女中姿の鎌之助が顔を覗かせる。それ必要?と燐は思い切り顔を顰め小声で話した。


「姫君、お手を」


輿が着き女中の一人が屈み入り口を開けるも一向に出てくる気配がないと周囲がざわつく。同じく女中姿に扮した佐助は鎌之助の隣に屈むと燐を促した。


「あ、さす子さん」


同じ美人さんだが、鎌美(鎌之助)と違ってさす子(佐助)は意地悪はしないだろうと何となく安心した燐は、伸ばされた手を掴むと一度大きく深呼吸した後で輿を出た。


「おお!!」


歓声が上がる。夕闇の迫る茜色と篝火の緋色に照らされ現れた月の姫は、光を帯びているかのように動く度に肌が煌めき、召し物に織り込まれた金糸が輝く。


伏し目がちに女中の手を取りゆっくりと動く姿を一目見ようと、屋敷の門外に集まった人々が門へ押し寄せる。


「控えよ」


短いがしっかりと声が響くと、大衆は動きを止めた。先に屋敷に戻っていた源次郎は出迎えるためと松明を持った従者を連れ立って門の外へ出た。


「若様、月よりお越しになった姫君を一目見たくば」

「一目で」


口々に燐を見たいと言う者達に、源次郎はこれ程にも広まっていたとはと内心眉を下げつつ皆を見回す。


「ありゃあ…もめてるねぇ」


源次郎が出て行っては勝手に屋敷に入ることは出来ないと入口前で立ち止まった鎌美は、押し戻される人々を見ながら眉を下げ呟いた。


「えっと、私出たら事が収まりそうな感じです?」


手を取るさす子と横に控える鎌美を交互に見ながら問い掛けてみると、鎌美は頷き、さす子は困ったように眉を下げる。


「あー、うん。こうだよね?」


腹を決めよう。燐はお世話になるんだから協力しようと思うと扇子を広げ、さす子と鎌美に小首を傾げて見せた。


「上等じゃぁないか」


鎌之助は佐助の色濃くなる動揺に必死に笑いを堪えながら燐に返し、門へ向かう。その様子に源次郎の側で松明を持つ海野が源次郎に耳打ちする。


「竹林の奥光りし現れた姫君故、月の姫と便宜上呼んでおるのみ、当人には以前の覚えがなく此方で御身預かりとすることになったまで」


海野は源次郎の前に出ると燐を迎え入れる経緯を声高に述べた。するとその後ろから女中と共に戻ってきた、煌びやかな羽織の姫は扇子を広げ柔らかく微笑み会釈した。


「いやぁ月から来たってんだから、凄ぇぞ。天道様みてぇに夕闇に光ってやがったんだぜ」


日が沈み、源次郎の屋敷から少し離れた町では月の姫話で持ち切りだった。酒を買いに来たついでに燐達の様子でも聞いとこうと思っていた白雲斎は上手いことやったじゃねぇかと小さく笑う。


「あ゛ぁぁぁ…」


「嫌だねぇ、月の姫がそんな声出すんじゃぁ無いよぉ」


俯せたまま、呆れた声の鎌之助に顔だけ向けた燐は再び大きく息を吐く。予行練習した甲斐と夕日の逆光や薄暗さ等の演出効果も重なり、扇子越しの笑みは物凄い歓声で包まれた。


「だってさあぁぁぁ」


次どうすんの?と固まる燐は手を引かれ、源次郎を先頭にその後も屋敷に残っていた者達の視線を浴びながら客間まで来ると、続く狭い廊下を静かに通り自室に無事着き、力尽き倒れた。


「お疲れ様。お茶どうぞ」


「ありがとうさす子さん。もう誰にも会わないなら顔落として着替えたいです、さす子さん」


静かに続き間の襖が開き、眉を下げたさす子がお茶を燐の顔の横に置く。


「ふくに着替えたら?」


「ん。手伝ってもらって良いですか?」


もそりと起き上がる燐の後ろに回り、躊躇無く帯に手を掛け解き始めた。


「あ!ご挨拶、終わってなかった…よね?」


背側から順に羽織、上衣と脱がす佐助は急に振り向かれた距離にビクリと固まっていた。


「あ、あ...そうかも」


「はぁぁぁぁ。お風呂入って全部落としたい」


平然と脱ぐ女と隠しきれない動揺を必死に隠そうとする男。鎌之助はこの二人は一体どうなってんだ?と再び着付けるのを見ていた。

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