199.
それから暫く、燐ちゃんは正式な挨拶の仕方、扇子を使う仕草なんかを鎌と師匠からいろいろ聞いてた。
その間も肌は光を帯びて、頬は桜色で。海松色に金糸の装いは本当に月から来た姫様みたいだった。
「ほうれ御覧な月姫。親爺も旦那も魅入られてるじゃあないか」
空が茜色に染まる頃にやって来た我が主は、静やかに佇む燐ちゃんに見惚れた様に頬を染めてた。
「何と美しきと。月の姫君を凝視するなど申し訳ございませぬ」
海野がそういえば燐は練習した甲斐があったとグッと拳を握り、その仕草に白雲斎が呆れた目で燐を見る。
「お前さん折角上手いこと化けてるんだから、そういう所で気を抜くなよ」
「あ、思わず嬉しくなっちゃって、つい」
気をつけますと姿勢を正して座り直した燐は白雲斎の方を見て、にこりと笑って見せる。
「そんで旦那ぁ何を貢ぐんだいな?」
随分と姫らしくなったなぁと思っている白雲斎に鎌之助はニヤリと笑みを浮かべながら問い掛ける。
「そうさなぁ…」
貢ぐって。と燐が鎌之助を見ていると、白雲斎は着流しの袖に腕を突っ込み暫くごそごそした後で、竹細工の動物っぽいものを取り出す。
「飛ぶのと走るの、どっちが良い?」
「え?くれるんですか」
左手には羽をしまって寝ているような鳥っぽいもの。右手にはリスっぽいもの。燐は両手を突き出す白雲斎を見上げた。
「両方はやらねぇぞ?」
「どっちが良いかな?リスっぽいの可愛いけど、鳥もくちばし鋭そうで格好良いし」
白雲斎の左右の手を見て悩む燐は、師匠っぽいからリスにしようと白雲斎の食事風景を思い出すとリスを取った。
「俺だってぇならこっちだろ?」
「いや、全体的に私のイメージはこっちです」
燐の想像にムッとした白雲斎はこっちとイヌワシを乗せた手を上げたが、燐は真顔で否定する。
「ゴロゴロ寝てるし、ほっぺたパンッパンで食べるし。あ、ほら可愛らしいってことです!」
2択なら絶対リスだと燐は断言後に助けてもらえなくなるかもと気付き全力フォローした。
「凄ぇ姫だぁねぇ」
見えてはいても気配すら感じさせない恐ろしい男を可愛いと言う燐を見て鎌之助は溜息交じりに呟くと、未だ呆けている自分の上役を見る。
「そんで長、行かねぇのかい?」
一応持って行くものを事前に海野と源次郎に確認してから屋敷に運ぶ予定だったがと、何も指示を出さない佐助に声を掛けるも無反応の佐助に首を傾げる。
「…誠申し訳ござりませぬが月姫様の荷検めをさせていただきたく」
「お前さんの持ちもんを事前に見たいってよ。纏めてあんだろ?」
鎌之助の言葉をきっかけに海野が燐を向き軽く頭を下げる。燐の困惑に気付いた白雲斎が告げると燐は頷いた。
「持って来ます」
「アンタそんななりしてんだから忍をお使いよ。姫君ってぇのは立ったり座ったりしねぇもんなのさね」
「え、でも私の荷物だし。結構重いんで自分で」
立ち上がろうとした燐を鎌之助が制するように声を掛けると燐は眉を下げ自分でと立ち上がった。
「おい」
白雲斎は未だに呆けている佐助をちらと見ると短く声を掛けた。ビクリと体を強張らせた佐助は視線だけを部屋中に巡らせ姿を消す。
「荷物だよね?持って来たんだけど…他にもある?」
一瞬で両手に荷物を持った佐助が現れると燐は大きく目を見開いた。
「あ、部屋の前に置いてたので全部…あ、うん。これで全部です」
忍凄いな!と思いながら佐助の側に寄った燐は、バッグとコンテナを確認すると佐助を見上げた。
「あ、う、ん。えっと、じゃ」
ぎこちなく返す佐助に不可思議な顔をする源次郎を伴って部屋に引っ込む白雲斎と笑いを堪える鎌之助。海野は深く溜息を洩らしつつも燐の許可の元、荷を確認していった。
「そちらは?」
最後まで燐が差し出さなかった布袋を海野が指すと佐助と燐に緊張が走る。何か危険なものかと海野はじっと2人を見た。
「こっちは燐ちゃんの世の、ふく。だよね?」
「あ、うん。あ…けど、見せた方が今後色々面倒臭くならないなら」
軽い所持品チェックかと思っていた燐は本格的だったことに眉を下げ、屋敷で盗難があった際の対応に必要と説明は受けたけど下着曝すのってどうなの?と言い淀む。
「月の世の湯文字だろぉ?なんだいな親爺、見たいのかい?」
燐の戸惑いを理解し配慮する佐助と、屋敷に置いて良い物かを知りたい海野。鎌之助はニヤニヤしながら海野に問い掛けた。
「此方は不要にござりませば」
何でもどうぞと今まで開けっ広げな態度の姫が、布袋の時だけは渡すのを躊躇したのはそういう事かと海野は鎌之助は無視し、必要ないと告げた。
「見せなくて良いって」
「あ、うん」
明らかにほっとした態度の佐助と燐を見た鎌之助はにんまりと笑うも、此処で余計なことを言えば先に帰されると口を噤む。
「荷検めは以上に」
海野が短く言うと佐助は立ち上がり白雲斎の部屋の襖越しに「出るよ」と声を掛けた。
「おぅそんじゃあ達者で暮らせよ」
「師匠、持って行けない荷物お願いします」
深々と頭を下げた燐と、難しい顔の源次郎を見送った白雲斎は大きく欠伸をし戸を閉めた。