198.
翌日の昼過ぎ。燐は暗くなる前に少しでも美女に見えるようにと、一生懸命コンビニコスメを駆使していた。
「つけま…ここの美人の基準ってどうなんだろ?」
盛りまくったらどうかと燐は化粧を施した自分の顔を暫く見詰め呟く。
「燐ちゃん、そろそろ出るから着替え手伝おうと思うんだけど」
源次郎は普段着で良いと言っていたと追加の荷を引き取りに来た才蔵に言われていたが、誰が見ているか分からないなら正装だろうと言う燐に、佐助は着替え一式を手に襖の外から声を掛けた。
「あ、もうそんな時間?ごめん、ちょっと夢中になっちゃってて」
普段こんなにがっつり化粧をしないから時間かかっちゃったと燐は慌てて化粧品を袋に纏めると急いで襖を開けた。
「あ、やっぱ変だった?」
雑誌を見まくって実践してみたが美意識の基準は違かったかと燐は無言で凝視する佐助に問い掛けた。
「へぇー随分と化けたじゃあないのさ」
鎌之助は、仄かに光を帯びているような艶やかな肌の燐を見ると素直な感想を述べた。
「ここの美人さんの基準が分かんなくて…けど目一杯盛りました」
自己ベストだと立ち上がる鎌之助を見ると、近付いてきた鎌之助は燐の顎をクイと指先で上げた。
「紅はもっと濃い方が良いだろぉねぇ」
鎌之助は燐の後ろから呆けた顔でやって来た佐助を見ると、今日は張り合いがないと燐に紅をさした。
「それ、貝ですか?」
「紅さね。知らないかい?」
唇にトントンと柔らかく鎌之助の指先が押し当てられている間、大人しくしていた燐は鎌之助の手に持つ二枚貝を見る。
「月の世は違うのかい?」
鎌之助の問い掛けに燐は頷くと後で色付きリップを見せる約束をし、完成度を確認しようと鏡を取り出す。
「おぉ…なんだろ?赤いな」
絶対自分では付けない赤に大丈夫だろうかと眉を下げた燐は、タイミングよく襖を開けた白雲斎に近寄る。
「師匠、変じゃないですか?」
「すげぇな。この肌の光、どうやってんだ?」
燐が動くと光が反射しているのか肌が輝いて見えると白雲斎は興味津々に燐の腕を観察しだす。
「これはですね、肌の艶を良く見せる化粧品を重ね付けした結果です」
これ以上盛った所で美人は無理と懸命な判断を下した燐は、顔以外の見所として光りパウダーを塗りたくった甲斐があったと自分の両腕を伸ばす。
「月の姫確定みたいだから少しでもそれっぽく見えた方が良いかなって。どうですか」
燐は現代コスメの威力でなんとなかりそうかと白雲斎に問い掛けると、白雲斎はチラと周りを見る。
「まぁお前さんが考えてる、月の姫なのにって石投げられる事は無ぇんじゃねぇか?」
絶世の美女の前評判で実際来たのがお前かよと石でも投げられないか。そう考える燐に白雲斎は苦笑しつつ答えた。
「良かったー」
「大層なもん着て手も顔も光らせといて何を警戒してんだいな?月姫」
普段綺麗な肌が更に光を放つように見え、赤くひいた紅で一層肌が際立って美しく見える燐が何を気にしているのかと鎌之助は首を傾げた。
「いやほら、源次郎様狙いが結構いるみたいなので」
「なんだい月姫。うちの旦那でも引っ掛けようってぇのかい?」
見目麗しく着飾り、源次郎に取り入ろうとでもするのかと問い掛ければ、燐は嫌そうに顔を顰めた。
「しませんよ。けど、マウントの取り合いは初手が肝心っぽいので初見のインパクト狙いです」
「まぁーったく何言ってんのか分っかんないねぇ」
佐助が誂えたという上等な小袖に羽織姿の燐は口を閉じていれば姫と言われても違和感がないと白雲斎は思いつつ、原因は此奴かと佐助を見た。
「おい。お前が変な顔してっからお姫さんが不安がってんだろーが」
気付いてはいたが誰も何も言わない。というか此処に居るのは状況を面白がっている鎌之助のみ。頭巾逃げたなと白雲斎は眉を寄せつつ佐助の背を強めに叩いた。
「あ、ぅん…」
「ったく仕方がないねぇ。月姫があーんまり美しくなっちまって言葉も出ねぇとさ」
鎌之助は呆けたままの佐助の反応を見るように燐に告げる。燐が佐助に視線を移すと佐助は肯定も否定もせず顔を歪めていた。
「大丈夫です、チャラ男は美人見慣れてるから微妙な化粧に引き気味ってことで納得済みです」
部屋の襖を開けて暫く固まっていた佐助。今も顔を歪めている様子に、不慣れなりに頑張ってんだよと燐は顔を顰めた。
「違っ違う、綺麗、と思う…凄く」
「あーうん。ホント気にしなくて良いから」
慌てていたのか纏まらない単語を発する佐助に、燐はさらっと返すと忍達の顔を見回した。
「で。変ですか?」
「アタシャ十分に別嬪に見えるけんどねぇ。ほれな」
鎌之助は暫く燐を見た後で、燐の手を取ると先程の紅を燐の手に握らせた。きょとりと首を傾げる燐に鎌之助は肩を竦める。
「使いかけですまないけんど貢ぎもんだよ」
わざとらしく申し訳なさそうに眉を下げる鎌之助。燐は意図が分かると苦笑する。
「またそうやって。けど姫っぽく見えるなら良かった」
淡く光る肌に染まった頬。柔らかく瞳が細まり、赤い唇が小さく弧を描く様子を佐助はただそれを見ていた。