197.
翌日。いつもより少し早く目覚めた燐は、洗濯をして掃除を済ませ朝食を作った。
「随分と朝から張り切ったな…屋敷着くまでへばんなよー?」
食後の後片付けを手伝っていた白雲斎は、もう一度荷物を確認してくると立ち上がった燐に声を掛けた。
「こっからあっちまで忍の足なら直ぐだぞ?欲しいもんがありゃ取りに来りゃいーだろ」
白雲斎の言葉に燐はそれもそうかと思うと珍しく自分で茶を淹れる白雲斎を見て、その場に座り直した。
「なんかしてないと落ち着かなくて」
「まぁ茶でも飲んどけ」
湯呑を差し出した白雲斎は、大体姫なら腰入れ時だって何にもしないで座ってるもんだぞ?と燐を見た。
「なんか、気を付けた方が良いこととか…要注意人物とか居ます?」
今まで気兼ねなく過ごしていたが、偉い人の屋敷となるとどう振舞えば良いのかと燐は白雲斎を見る。
「まぁ…けどお前さんは下働きに出るって訳でもねぇんだから、その辺は気にしなくて良いんじゃねぇか?」
「ってことは何かあるんですね?その言い方。教えてください師匠お願いしますっ」
含んだ白雲斎の言い方と空を見る様子に何か知ってると燐は白雲斎に頭を下げた。
「あー、そうだなぁ。人の少ないったって、一応若がお暮らす場所だから女中等が居るし六以外のお武家様も居る」
「結構大きめなんですね。で、女中さんって何人くらいで、その他働いている人って何人くらいですか?」
人数を把握したいのかと問えば、屋敷の規模を知りたいと返す月の姫。白雲斎は何を知りたいのかと探りつつ屋敷の説明をした。
「皆住んでる訳じゃないんだ。…後、ちょっと時代劇の話して良いですか?」
燐は不思議そうな顔で頷く白雲斎に女関係で面倒臭いことは無いかと一応聞いてみた。
「狙ってないですよ?けど、屋敷に住まわせてもらって変に噂されたら源次郎様も迷惑だろうし」
屋敷に通う女中にもランクがあって汚れ仕事等もする下働きから、行儀見習い名目の大名家のご息女も居ると聞いた燐は念のためだからね?と前面に出しつつ問いかけた。
「まぁ…あるだろうなぁ」
そこに気付いたかと白雲斎は燐を見ると、どの世でも女は争いが好きなんだなぁと人ごとに思った。
「あるんだ。あるのかぁ…」
面倒臭いと書いてある顔に白雲斎は、そもそもあの規模の屋敷で行儀見習いなんか出来る訳も無いことを先に告げた。
「上の若様が来て政に関わる面倒な男共は居なくなったが、女は別ってんで御偉い家の娘も結構残ってっからなぁ」
正室は無理でも側室を望む女は多いだろうと白雲斎は呟く。
「それ、月の姫肩書きだと強制参加ですよね…嫌だなぁ」
もう何でも良いから回避したいと思いを込持った目を向けられた白雲斎は亭主が居ますとでも言っとけと軽くあしらう。
「そんな事で引っ込む奥ゆかしさなら居座らないんじゃ」
「さあな。けど、酷くはならんだろ」
燐の疑問に案外鋭いなと思った白雲斎は、ちょうど良いのが続き間に居るじゃねぇかと茶を啜った。
「あ、佐助さん?あー、佐助さんかぁ…」
「若ぇし部屋持ちだぞー?」
忍という事がなければ、次男とはいえ屋敷持ちの若君の信頼も厚く若いし見目も悪くないと白雲斎は燐の反応を見る。
「有能、確かに有能そうですけど。けどなぁ…」
顔を顰める燐の様子に残念だが佐助の成就は無いなと思うと何か思いついたような顔をする燐に嫌な予感しかしなかった。
「海野さん協力してくれないですかね?海野さんに奥様とかは?」
「何だよお前さん武家の女房になりてぇのか?」
誰でも良いなら才蔵さんと思った燐は、拒否されなくとも本人的には嫌だろうと思うとその後鎌之助、三好兄弟と想像したのち海野を指名した。
「なりたいかって言われたら、微妙ですけど。佐助さん達よりは年齢的にストライクゾーンです」
「…よく分からんが、海野が良いってんなら…まぁ、聞いてみるか?」
「いや、なんか婚活みたいになってますけど、そうじゃなくて。振りで良いんですって、迷惑か。ってか駄目だ、海野さんだと余計な詮索からのとばっちりがありそう」
気乗りはしないが紹介だけならしてやるといった感じに、そうじゃないと強く否定した燐は、よく考えたら海野を踏み台にし源次郎に近付くと思われる可能性を思いつくと顔を顰めた。
「あ!」
「無理だかんな。無理」
がばっと顔を上げた燐の表情に、白雲斎は瞬時に早口で断った。
「ちぇー。師匠と一緒に住んでるし、たまーに来てもらう位で後は私が師匠好き好きって言っとけば源次郎様狙いじゃないって周知出来るのに」
良い案だと思ったのにと唇を尖らす燐は、師匠に想い人が居た場合は迷惑になるかと考える。
「惚れた女は今んとこ居ねぇが、先ずそんなに想い合ってんなら屋敷に越す必要ねぇだろ」
「あー、けど避難優先でとかならどうですかね」
どこまでも軽い口調で提案を続ける燐に、此奴大丈夫かと白雲斎は眉を下げた。
「如何ですかってお前なぁ…俺だって足掛かりだと思われ兼ねねぇぞ?」
白雲斎の仕え先が真田家当主だと知った燐は、師匠が適任だったのにと溜息を洩らした。