195.
忍に驚くことはあっても蔑むことはない月の姫様は今も荷を持って消えた才蔵を探すよう部屋を見回してた。
「雑誌読まなかったら燃やしても良かったのに」
あんな重い物運ばせて悪かったと燐の忍を思いやる呟きを聞きながら、佐助は押入れの奥に纏まっていたボアマットを取り出す。
「これからもっと寒くなるし持って行こうよ、これ」
佐助の声に振り向いた燐は、迷惑にならないかと佐助を見た。
「良いの?佐助さんが居ても、お世話の人?来るんだよね?」
以前海野が言っていた通り、この世界に無い物は人目に付かない方が良いと自分も思うと燐は佐助に問い返した。
「んー、それなんだけどさ」
佐助は事前に確認しておいた方が良いと才蔵から言われていた事を思い出すと燐を見る。
「月の姫なのに誰も付けないってのは難しいんだよね、立場もあるみたいだし。けどアンタそういうの嫌だろ?だから」
自分の事は自分で出来る。迷惑をかけたくない。燐の胸の内が伝わった佐助は小さく笑みを浮かべ立ち上がると、その場で軽く跳びくるりと宙返りし女中の姿でトンと床におりた。
「…凄っ!うわーっすごーい」
バク宙からの変身に手を叩いて自分を見る燐に、女中姿の佐助は苦笑しながら両膝をつく。
「え、佐助さんがお世話の人も担ってくれるってこと?」
「俺の分身がね。改めて明日挨拶する予定だけど」
2人に分かれた佐助を交互に見る燐。佐助は好奇心いっぱいな瞳に小さい頃の源次郎が重なり微笑んだ。
「うわー。声も女の人みたい…言われなきゃ分かんないや分身凄っ」
燐は女中姿の分身の周りを一周しながら観察を始める。
「この顔の人の時は気を緩めてて大丈夫ってことだね」
楽しそうに笑う燐。佐助はつられて笑みを浮かべていた自分に気付き内心驚きつつ、分身を2つに増やし、その横に座った。
「増えた!」
楽しそうな声に苦笑しながら佐助はこの他に才蔵の分身も加わるからと燐に告げた。
「そんなわけだから部屋付き女中に気兼ねは要らないよ」
「ありがとう佐助さん!」
ボアマットも寝袋も持って行ける!と喜ぶ燐の胸の内に、佐助の内側にも泡が舞う。
「荷物、増やしても良いかな?」
服で過ごせるなら、もう少し持って行きたいと遠慮がちに話す燐に佐助は笑顔で頷いた。
「俺はちょっと師匠ん所行ってくるけど、慣れるように分身は置いてくから」
「あ、うん。って別々に動くの?!」
佐助が立ち上がると女中さん達も立ち上がり、1人はボアマットを風呂敷に包み、もう1人は燐の側に座り直す。驚く燐に佐助は得意気な顔を向けた。
「俺がいなくても勝手に動くし、それらしく話すよ」
佐助は襖を閉めると囲炉裏の部屋へ向かった。燐は2人の女中さんを観察しつつ荷造りを再開する。
「あ、ありがとうございます」
「他に何ぞ御座りますれば」
「ほんとだ!凄いな分身…あの、ちょっと見ても良いですか?」
手際よく補助に付いてくれる女中さんが発した声に燐は驚き、押さえられない感情のままに問い掛けた。
「存分に」
女中さんはにこやかに笑みを浮かべると背筋を伸ばし正座する。
「わぁ…本物みたい」
綺麗な白い肌に黒髪。時代劇の女中さんまんまだ!と燐は頬を染め呟く。
「どことなく、佐助さんに似てるかも。うん。なんか女の子にしたらこんな感じかも」
何となく似ている顔立ちに、なら才蔵さん女中はクールビューティーか!と燐は女装才蔵に頬を染める。
「見目なれば如何様にも変えられます故」
「えっと…変えられる?んですか?」
「顔や背丈が気に入らなければ、変えることが出来ますよ」
佐助の分身の筈なのに難しい言葉かと眉を寄せる燐に、もう1人の女中が声をかける。振り向いた燐は、2人を見比べた。
「貴女の方が何となく佐助さんっぽいですね」
「私の方が意識が濃いのです。難しければ私にお声掛けください」
燐が振り向き声をかけると、にっこりと柔らかく笑う女中。雰囲気も似てるかもと燐が思うと、女中は微笑む。
「顔は如何なさいましょう」
「あ、顔…。んー、似てると不都合あったりするのかな?」
燐の呟きに、女中の顔が忍に似ている事で何かあるかもと思うと荷を纏めていた女中がぱふりと消えた。
「あ、お礼言えなかった」
急に消えた女中の居た場所を見て呟く燐。暫くすると佐助が襖の外から声をかけ部屋に入ってきた。
「お女中方の顔なんざ誰も気にしねぇだろうけど、確かに言われたら似てない方が良いよね」
佐助は気に入っている顔があれば化けることも出来ると燐に告げた。自分好みの顔と言われても、と燐は両目を瞑り思い付いたように立ち上がると囲炉裏の部屋へ佐助を促す。
「これ、才蔵さんに渡したコンテナにも入ってるような雑誌なんだけど」
朝の火入れの時、着火材替わりに破って丸めていた雑誌を取り出した燐は、興味津々と隣に座る佐助に見やすいよう雑誌を広げ、内容を説明しながらゆっくりとページをめくった。
「へぇー、こっちのふくは動きやすそう」
徐々に的確な感想を述べる佐助。チャラ男は世界が違っても流行チェックに抜かりないんだなと燐は秘かに思った。