194.
佐助は燐に断り襖を開ける。燐の世の品物が入っているコンテナは、前回配置した時よりも数が減っていた。
「これは車に積めなかった物で、私には必要ない物とか…あ、これ佐助さんに。こっちが才蔵さん」
いるいらない関係なく、あの時は各々が兎に角詰め込んだ品を燐は時間のある時に分別していたと話しながら佐助と才蔵に袋を差し出す。
「メモ帳とペン。才蔵さんの袋には酔い止めとか、佐助さんには缶詰めとか」
燐はコンビニで買い物カゴに入っていた物を覚えている限り袋に入れたと2人に話した。
「気になってたでしょ?」
袋を受け取った2人はそれぞれ中身を見ながら燐の言葉に眉を下げる。
「あの時は、戻れると思わなくてさ?何が必要か分かんなかったから詰めただけで。こんな要らないよ」
佐助が袋を差し出すと、燐はそう言うと思ったと佐助を見上げた。
「駄目だよ3人で強奪したんだから、戦利品は山分けしないと。って事で他に欲しいのあったら言ってね」
燐の言葉に佐助と才蔵は顔を見合わせる。このまま受け取らなければ物が増えるのかと、才蔵は燐に頭を下げた。
「なれば此方は有り難く」
「その他に、胃薬とか整腸剤とかあるんですよ。才蔵さん薬とか興味あるって聞いてたんで、これ」
まず1つ渡す事に成功した燐は違う袋を才蔵に差し出した。才蔵の眉間に皺が寄る。
「山分けですからね」
燐は才蔵が袋を受け取ると、2人を見上げて正座し姿勢を正した。
「もっと前に言わなきゃいけなかったんだけど」
燐の眼差しに佐助はその場に座る。才蔵も仕方なしと佐助にならい、静かに腰を下ろした。
「勝手について来ちゃったのに、気にかけてもらえて知らない場所でも暮らせてる事にお礼言わなきゃって。今更なんだけど」
ありがとうございます。そう言って板の間に両手を付き頭を下げた燐に、忍2人は戸惑い腰を浮かす。
「ちょ、やめてくれよ。忍にそういうのは要らねぇってば。ほら、顔上げて」
「長の言う通りに。先にお助けいただいたのは此方です」
「そうそう。何度も言うけど俺等は死にそうな所を助けてもらってんだからさ」
佐助に促され顔を上げた燐に静かに話す才蔵と、軽い口調で同意する佐助。燐は優しいなぁと微笑む。
「私さ、本当の忍の人達だと思わなくて。係わりたく無くて、ほんと最低限の事しか手助けしなくて、ごめんなさい」
迷惑をかけないようと言いながらも、1人では生活出来る自信がないと結局頼っている状況に、燐は再び頭を下げようとし、佐助が手でそれを制する。
「っと。けど、燐ちゃんの世にゃ忍は居ないんだろ?」
「あ、うん。だからいい歳して真剣に忍ごっこしてるヤバめな人だと思ってた」
忍が居ないのならば仕方ないと佐助のフォローは続く燐の発言で台無しになった。だが才蔵は逆の立場ならばと考える。
「なれば尚更に、己は燐殿には礼を尽くさねばなりませぬ」
自分ならそんな者に絶対自ら関わらないと結論が出た才蔵は燐にならって両手を付き頭を下げた。
「じゃ俺もやばいって思いながらも手助けしてくれた事、感謝いたします」
何故こうなる。燐は土下座の2人を交互に見て眉を下げた。
「感謝なんてされる事、ホントしてないんだってば。色々準備出来たのにしなかったし、お風呂も、服も」
こうなるなら、最初におかず焼くくらいすれば良かった。ちゃんとした服も店に売ってた。燐は思い浮かぶ後悔に目を伏せる。
「俺等にゃ十分感謝に値するくらいだよ。だからさ?んな顔しないでよ」
柔らかい声音の佐助に頷く才蔵の顔がぼやけると、燐はぎゅっと口を引き結ぶ。
「燐殿への言葉、何一つ偽り無くば安心し屋敷へ来られますよう」
だから!今何か分からないけど優しい声で言われたら泣きそうなのにっ
鼻の奥がじわりと痛む。燐は涙が溢れる前に向きを変えるとコンテナの中身を確認しつつ涙を拭った。
「後これ雑誌って言って、あっちの娯楽の書?で、こっちは絵本。字に興味あるみたいだから使ってください」
自分は詰めた覚えの無い、コンテナにびっしり収まっていた雑誌。ファッション誌かマンガか見ていないから内容も分からないがと燐はコンテナを指し説明した。
「持ってくからさ、見たくなったら言ってよ」
佐助は燐の隣に屈むと雑誌のコンテナを軽々持ち上げ部屋へ出す。毎回思うが重くないのか?と燐は佐助を見上げた。
「言ったろ?俺、使える忍だって」
燐の顔を見た佐助は、まだ持てるよ?と余裕の表情で笑みを浮かべ燐の隣に戻る。
「何不自由無くってのは無理だけど、この部屋にあった荷物全部持ってく事なら出来る。他に持ってくもん無いの?」
佐助の問い掛けに悩むよう眉間に皺を寄せた燐は、顔を上げると「無い」ときっぱり告げた。
「ならば必要となった時には必ずお声掛けください」
「あ、はい。その時はお願いします。って、才蔵さんは?」
才蔵の声に振り向いた燐は、部屋に置いた筈のコンテナも才蔵の姿も無いことに驚き立ち上がる。
「あ!風呂敷もない。…忍凄いな」
雑誌だけでも相当重い筈なのにと音もなく消えた才蔵を思い燐は呟いた。