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190/204

190.

「才蔵、何ぞあったか?」


日が暮れる前にと慌ただしく帰路に就く兄を屋敷門まで見送った源次郎は、未だ落ち着かない屋敷内と同様の空気を出す才蔵を呼び尋ねた。


「鎌之助を使いに出したのですが未だ戻らず」


源次郎の命令で燐を迎えに行かせた鎌之助が十分に帰って来れる程の時間だと才蔵が告げると、源次郎は苦笑する。


「鎌之助はお師匠殿の家が余程居心地良いのであろうな」


「源三郎様お帰りまで、間に合わずに申し訳ござりませぬ」


責められていないと分かっていても才蔵は源次郎に詫びる。源次郎はそんな生真面目な才蔵に向かって口を開いた。


「良い。兄上にはいずれ。それよりも才蔵の薬湯が飲みたい」


「海野も申して居る通り、忍に茶を等と申しては」


才蔵が困ったように眉を下げると、源次郎は深々と溜息を洩らし脇息に肘を乗せる。


「どうも俺は政は不得手でな。…未熟だと兄上を見て痛感いたした」


しょんぼりとする源次郎。才蔵は源次郎の様子に小さく息を吐くと「暫し」と姿を消す。


「湯呑はいつものよう、才蔵の分もな」


源次郎は才蔵の姿が見えずとも構わない様子で追加注文すると、本当に疲れたのか脇息に置いた腕の上に頭を置き、寄りかかる様に背を丸める。


「寝る前故、少々薄めに」


才蔵は盆を片手に現れると三つ持ってきた湯呑の一つを源次郎の前に出した。源次郎は一口啜ると、ほぅと小さく息を吐く。


「六郎。才蔵の薬湯だ、此処へ」


源次郎がそう言えば静かに海野が姿を現す。才蔵は六郎の前にも湯呑を置くと、襖の側に片膝をつき、湯呑の置かれた盆を前に置いた。


「苦労をかけるな」


源次郎は海野に向かってすまないと眉を下げる。海野は湯呑を持つと小さく笑みを浮かべた。


「何の。某とてあれらの粗雑な振舞には賛同いたし兼ねて居りましたのでな」


真田家が与する武田の方が地位が高いと勘違いをし、嫡男ではないと源次郎への対応がぞんざいだったと海野は茶を啜る。


「今より更に人手も足りぬであろうが、兄上からの増員の提案は無しとしてしもうたからな」


真田家より新たに人を送ろうと言ってくれた兄だったが、燐を迎える事を考えた源次郎はやんわりとそれを断った。


兄の、延ては父の思惑を断ってしまった事に源次郎は今後も色々と苦労をかけると眉を下げる。


「月の姫君は心根の真っ直ぐなお方。真っ直ぐ故に、忍への対応等目にすらば憤ること有るやむと思わば。それにあの荷もあらば、源次郎様の決断で宜しいかと」


海野の言葉に、確かに燐が住むならば色々な意味で少人数の方が良いだろうと才蔵も頷く。源次郎は湯呑の残りを一気に飲み干すと大きく深呼吸した。


「よし、鎌之助を迎えに参るか」


「その必要はないですよ」


声が降ってくると、立ち上がりかけていた源次郎はその場に再び腰を下ろす。


「源三郎様がいらしてたんでしょ?そういうの改めろって言われなかったんです?」


源次郎の前に現れた佐助は呆れた顔でため息交じりに告げると、源次郎はいたずらが見つかった子供の様に眉を下げた。


「忍に茶を淹れさせんのも、一緒に飲むのも示しがつかぬとかなんとか言われなかったんですか?」


佐助は立ったまま源次郎に言葉を続ける。しゅんと俯いていた源次郎は佐助の言葉に顔を上げた。


「兄上はその様なことは一切申されなかったぞ」


ドヤ顔で見上げる源次郎。佐助は確認するように海野と才蔵を順に見た。


「そうだな、六郎」


源次郎は佐助の視線の動きと同じく海野を見ると同意を求めるよう声を掛ける。


「如何にも」


「…そうやって甘やかすから」


大きく溜息を吐いた佐助は、海野もだがあの兄も大概甘いなと思いながら白雲斎からの文を源次郎に渡した。


「文とは珍しい」


予想より早く西の山より移動する黒霧と共に魔獣あり処済と短く記されている竹簡に、源次郎は屈んで自分を見る佐助に視線を移す。


「して、お師匠は?」


「まぁ…あの師匠なんでね。けど、今鎌之助は兎も角として燐ちゃんを外に出すのはって事で預かってまいりました」


佐助のいつもと変わらぬ様子に、源次郎は一つ頷き月の姫の身の安全が最優先と認めると佐助に渡す。


「だと思ったんだけどさ。ほら、源三郎様が居るかもしれねぇから正式にって事みたい」


源次郎の返事を見た佐助は貰った文を懐に入れながら肩を竦めると源次郎は白雲斎と鎌之助は兄が苦手だったなと笑う。


「そういうわけで…」


佐助は言葉途中でチラと才蔵を見る。視線に気付いた源次郎は才蔵も救援に向かう方が良いのかと佐助を見た。


「あー、そういうんじゃなくってさ。えっと」


佐助は先程、不用意に中庭に行った燐が魔物と出くわした事を思い出し眉を下げつつ報告した。そして鎌之助と師匠から離れないこと、燐が屋敷に戻ったら才蔵を燐に付けて欲しいと話す。


「それは構わぬが、なれば佐助はお師匠と討伐に向かう積りか?」


源次郎が思ったことをそのまま問い掛けると、佐助は静かに首を振るも、俺は不要なんだろ?と思うと次の句が続かず小さく息を漏らした。


「佐助」


源次郎は普段上手に隠す佐助の違和感にじっと佐助の顔を見詰めた。

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