19.ダサ見えでも、あたたかいやつ
風呂あがり。化粧水を顔につけた燐は痛みに顔を顰めた。
「え、何だろ?いつの間に」
頬から耳の方へ一直線に走っている切り傷を鏡で確認するも心当たりがない。
いつついたんだろ?
いつの傷なのか全く思い当たらず、傷跡残るかな?ともう一度傷口を確認した。
「どこかで擦ったのかな?」
よく見れば浅い擦り傷程度。紙の端でも切れる事あるし、どこかで付けたんだろうとそれ程深く考えず一応水で周辺を洗い流した。
「顔だし、これ貼ったら変に目立つよね」
車に戻り傷口に直接貼れるテープを探すも、これを長く顔に貼っていたら目立つと思うと躊躇する。
「やっぱ気になるから、取り敢えず寝てる時だけ着けておこう」
ついでに途中見つけた店で買った、フリース上下を取り出し男湯の方を見る。
「490円だったし、くれてやってもいっか」
冬物売りつくしで激安だった、絶対これ着て知り合いに会いたくないと思うフリース上下。荷物が無いと言っていた、黒の汚れた忍衣装を思い出すと、フリースを取り出し広げて確認してみた。
「なんかダサいな。薄い黒で手足と裾がキューってなってるから大量に売れ残ってたのかなこれ」
ちゃんとした格好ならそこそこモテそうだった茶髪の黒赤を思い出すと眉を下げた。
「うちの爺さんは好きなやつだって大量買いしたけど、黒赤着るかな?」
絶対、若者用ではないデザインだが、一応無地。変なプリントも無いし、寝る用ならいけそう。
「赤はこれ着るなら汚い忍服着るわとか言いそう」
何となく拘りそうな赤を思い出し、顔を顰めるとフリースを畳んで袋に戻した。
「着ないなら着ないで返して貰えばいっか」
元々自分の祖父の農作業用にと買いだめした物。
日が昇るまではまだ寒いが、いらないなら着ないでテントに置いて帰ってくれるだろうと、もう1つ取り出す。
「後何必要だろう?ブランケット貸しちゃったし、寒いかな?薄いダウン着て寝袋入ればいけるかな?」
後部座席をフラットにし、そこにマットと寝袋を広げてみる。窓から丸見えなのが気になる、と一旦車外に出てみた。
「まぁ、そうだよね」
覗けば当たり前だが中が見える。取り敢えずとエンジンをかけ、窓にバスタオルを挟んで閉めてみた。
「あー、うん。見え…るな」
中を確認しながら1人呟き、大きく欠伸をする。なんだかんだと夜中に起きて、今は早朝。
「誰もわざわざ覗かないよね、多分」
思い描いていた、暗くなったら寝て、朝日と共に目覚める生活と真逆だと1人苦笑する。
「出たついでにこれ届けて来るかな」
フリース服2袋を持ち、ちらりと温泉の建物を見た。
赤は湯から出ただろうか?テントに来るなら車の傍を通る筈。あの赤なら絶対声の1つも掛けるだろう。
「あのー、これ着替えにどうぞ。要らなかったらその辺に置いててください」
一応、先に声を掛けテントの入り口を開けフリースを置いた。寝ているのだろうか返事も無ければ電気も付いていない。
「タオルも持ってないんじゃ、着替えも無いよねってか持ってなかったし」
入り口の電気が付いている事を確認し、男湯入り口のドアを開け「着替えどうぞ」と大きめに声をかけて、その場から奥の方へとフリースの袋を投げ入れた。
「いやホントこうなると他に人居なくて良かったわ」
冗談で許可は貰ったとはいえ先程は女湯から男湯に、更に男湯の入り口ドア開けるとか、バレたら出禁だと顔を顰める。
「あっ!...無いよね?」
ドアを閉めた後で、防犯カメラとかないよね?!と気付き辺りを見回した。
「燐殿」
「ヒッ?!って、えーっと才蔵、さん」
急に名前を呼ばれビクリと跳ね、今自分、完全に怪しい人だと思うと慌てて口を開く。
「違くて!男湯で何かしようとか、そういうのじゃなくてですね?着替え無いみたいだしと思って。で、あ、才蔵さんの分はテントに置いてきちゃったんですけど黒いフリース。着替えにと思って。ええっと、お友達の分は、今男湯に投げ入れました」
首を傾げる才蔵に、良く分からない身振りでフリースの袋を説明し、何故男湯のドアを開けていたのかも早口で付け加えた。
「それで私もう本当に寝るんで、後起きたら使った物とかそのまま置いといて貰って良いんで。管理棟の人に言ったら多分荷物とか、近くの病院とかも色々教えてくれると思うので。それじゃ」
ほんとに覗きとか、そういうんじゃないんです!
説明後も微妙な顔の黒に泣きそうになりつつ、もう寝ると伝え軽く頭を下げ足早に車に戻った。
「維持費高いけど、やっぱ便利だわ。よし寝よう、おやすみなさい」
鍵付き空間の安心を実感し、正常な判断力を取り戻そうと両目を閉じた。
次からは忍視点が続きますが、重複はしません。




