189.
その後、せっかくだからトリートメントもしよう!と燐の提案で一度湯から出た鎌之助は、燐に促され体にバスタオルを巻き休憩用の長椅子に並んで座っていた。
「だから早く帰りたくなかったんですね」
そこで燐は鎌之助から今源次郎の屋敷で起こっていることについて聞き、鎌之助が帰りたがらなかった理由に頷いた。
「うちの旦那あ偉ぶらねぇし、偉いってぇ自覚も無いのさね」
若い支部長を軽く見ていた本社からの出向社員と反抗的な部下達が副社長により一掃された。会社に置き換えた燐は、自分もそんな現場に居合わせたくないなと眉を下げる。
「来て速攻解決って、源次郎様のお兄さんって凄いんですね」
有能そうと燐が言えば、鎌之助は声を荒げること無く終始微笑をたたえた策士を思い出し溜息まじりに頷く。
「凄いのさね。けんどアタシャ邪魔なら斬っちまうってぇ単純なのが良いんだよ」
「セクシーさ醸し出しながら物凄い物騒な事言わないでくださいよ」
組んだ足の膝に両腕を立てて、その上に顎を置き溜息を洩らすセクシー美人の溢れる色気に燐はつっこむと手元の時計を見た。
「あ、そろそろ流しましょうか」
タオルを巻いた鎌之助をその場に座らせたまま、燐は桶に湯を汲むため湯船に向かう。
「ヒッ」
「なんだいなアンタ、そんな変な声上げてさぁ。湯で流すんだぁろ?」
湯を汲み振り向くと直ぐ側に鎌之助が屈んでいた。だから忍の気配無い感じ怖いんだってば!と燐は顔を顰めるも黙って頷く。
「ちょっとっ!」
と、突然勢い良く風呂場の戸が開き、同時に佐助の叫び声が響いた。ビクついた燐は佐助を見上げ、気配を察知していた鎌之助は静かに口角を上げる。
「んなくっついて何やってんの?!」
「くっついてないし。そんな大きな声出さなくても聞こえるてし」
怒鳴る佐助に怪訝な顔を向ける燐。鎌之助は必死に笑いを堪えるよう口を引き結び、小刻みに震える。
「髪の毛洗ってたの。鎌之助さん使い方分かんないでしょ?」
佐助にも師匠にも好評だったシャンプーをしていただけだと答えた燐は、ひんやりと冷気が足元に伝わると、震える鎌之助と佐助が全開にしている戸から逃げる湯気を見て佐助を睨む。
「いきなり戸開けて何なの?寒いんだけど。てか閉めろ変態」
「なっ、」
燐の低い声に佐助は続く言葉が出てこないのか、短く声を発した後そのまま口を開けている。
「私は服着てるから平気だけど鎌之助さんタオル1枚なの。何堂々と覗いてんの?」
平気と立ち上がった燐を見た佐助は、そんな肌出してどこが平気なんだと目玉が落ちそうな程見開いた目で燐を見た。
「鎌之助は男!アンタそんな恰好でっ!何考えてんのっ!」
布地は湯気を含んだのか下胸辺りがピタリと肌に張り付き体の線も臍の位置もはっきりと分かる。普段の月の世の衣では全く見えなかった肘の上からの指先、加えて尻の形が分かる短い布からの滑らかそうな太股。肌を晒せば一緒に風呂に入れるなら俺だってしたい!!
「男って言うけど、どう見たって胸バーンっだし腰ほっそいし。それに私みたいな格好、夏なら普通に(若者は)してますーっ嫌なんだったら目に入れなきゃ良いでしょ?」
そんな恰好と語気を荒げる佐助の顰め面に、確かに隣と比べたらぽちゃってるけど別にアンタに迷惑掛けて無いんだからと思い切り顔を顰め言い切った。
「寒いんだってば!閉めろ変態っ」
燐はそのままの勢いで佐助の側まで行くと、佐助の体を脱衣所の方へ押しピシャリと戸を閉めた。
「トリートメント流す前に、先にお湯入ってあったまります?冷えましたよね体」
フー、と大きく息を吐いた燐は鎌之助に向き直ると寒いかなと桶を片手に側に寄る。
「アタシャぁちぃとばっかし長が不憫に思っちまったぁな」
佐助の想いを何となく把握してから空回り振りを愉しんでいた鎌之助だったが、今回は燐の手酷さに笑えず、少し佐助に同情した。
「え。何でですか?」
全く分からないと真顔で見詰める燐を見た鎌之助は、月の姫が鈍いのか、長が全くの対象外なのかと一人考える。
「アンタぁ国に夫でも居るのかい?」
鎌之助はまじまじと燐を見詰め返すと、佐助に靡かないのは既に契った相手が居るからかと燐に問い掛けた。
「夫?あ、結婚…夫婦?って事ですか?居ませんよ」
以前女が好きかと聞いた時、それは無いと言っていた月姫。ならば本当に長を弟と思ってるのか、余程好みに当て嵌まらないのかと、鎌之助は燐を見る。
「…まぁアタシャ存分に楽しいから良いんだけんどさぁ。そんで流すってぇのは湯に浸かんのかい?」
鎌之助の含んだ言い方に何だろうと首を傾げるも、いつまでもタオル1枚じゃ寒いよねと燐は鎌之助に前屈みになってもらい湯を掛けた。
「わぁ鎌之助さんの髪、素敵じゃないですか」
湯上り。囲炉裏部屋にいた師匠に鎌之助の髪を乾かしてもらうと、トリートメントまで施した鎌之助の髪には艶と緩いウェーブが出た。
「うん。富士子ちゃんもいけるな」
燐はやっぱ美人って良いわぁと、緩く着物を纏い胡坐で座る鎌之助の髪を梳きながら頬を染め呟いた。