18.泡影
※文章の間隔が通常と違うため、読みにくいかもしれません。
理解出来ない事は畏怖であり排除すべきもの。そう警戒するも真逆の思いが溢れる胸の内。如何して良いのか分からずに居ると、柔らかいもんが肩先に触れる。
「包帯巻いてる右腕じゃ洗えないからでしょ?」
足先に思い切り固いもん投げ付けて来たりするけど、心根は優しい女の言葉に胸の内がざわざわする。
ん?ちょっと違うか。何だろ?くすぐったいみたいな柔かいみたいな?心地良い?ん-なんか違う
「それ」
女が手に持ってる白色。今の胸の内が覆われてるもんを言い表すのにぴったりかも。
って、さっきから何かぐしゅぐしゅ聞こえてたけど、ってあの白色ってしゃぼんから出てんの?よく見りゃさっきより小さくなってない?!
忍如きが使えるもんじゃないのに、物の価値が分からないのか女はきょとりと首を傾げてる。
「気にしなくていーよ。はい、泡」
あわ。女が左手に乗せて来た白色。胸の内を埋める柔らかなもんの名にぴったりかも。今胸の内を覆っているのと同じふわふわしていて柔かくて、手に乗ってるのが嘘みたいに軽いもんを潰してしまわない様に掌に収めた。
「そういえばさ、く、も隠さん?と一緒に来ればよかったのに」
女はくもがくれさんと、自分の記憶を辿っているかの様に眉を寄せながら話す。雲隠れ?胸の内を探りつつ女の続く言葉を整理し、才蔵かと問えば女は安堵の表情を浮かべ頷くと、胸の内がざわりと動いた。
「あ、やっぱ爆睡中だった?何か疲れた顔してたもんね」
あれがこの状況で早々に他人を信用し名乗る事等あるのかと考えていれば、女は才蔵をよく見ていた様な言葉を続けた。自分の知らない間に何があったのか。胸の内を探るも、女は口に出していたのと同じく疲労の表情を浮かべていた才蔵を思っていた。
「え?あ、さっき教えて貰ったから?」
何故名を知っているのか問えば、女は躊躇なく答えた。他に他意の無い返答。何も気にする所は無い。なのに。
「ふぅん」
何が気に入らないのか。自分でも分からないが何かが気になる。だがまだ本調子では無いからか、答えは出て来ない。「流すよ」と声が掛かると共に熱めの湯が肩から掛けられ、流され消えたあわと一緒に胸の内を覆っていた白色も無くなる。
「佐助」
名乗る積りなど無かったがぽろりと口から零れた自分の呼ばれ名に佐助は困惑した。同じく困惑顔で振り返る燐を見ると小さく笑み、言ってしまった物は仕方無しともう一度名乗る。
「佐助って名前なのね?」
女の口から自分の名が呼ばれれば再び白色が胸の内に広がる。胸の内の泡と女に何の関係があるのだろうと佐助はじっと女を見詰めた。
この女の事を知れば、泡の正体も分かるのだろうか。佐助は戸惑う女の名を聞くと、自分の状況を今更分かったらしく慌てる女の身に纏う布の裾を握った。
「ちょ、離してよっ」
胸の内を深く探れば本当に自分の事を気にして男湯に入り世話を焼いてくれた事が分かる。真っ赤な顔を顰めて声を荒げる様子に楽しくなった佐助は今度はどんな反応をするのかともう片方の手を伸ばし、頭に走った衝撃に顔を歪めた。
「後は自分で片付けなね?」
そう言い残し燐は再び壁の一部を開け壁の向こうへ消えた。真っ赤な顔で怒ってんのに片付けろって言い残すなんて律儀なこって。佐助は桶の衝撃からかくらくらする頭を押さえ、燐の消えた壁を見た。
「燐、ね。アンタはどこの姫様なのさ」
高価な代物を粗末な小屋に散りばめ、良く分からない言葉を使い忍にも心を砕く女は有るであろう氏を名乗らず、燐だと告げた。佐助は小さく呟き、白んだ空に薄く浮かんでいる丸い月を暫く眺めていた。
「あったまるし、入ればー?」
「浸からば己のみ浸かる」
湯に浸かったまま佐助は白んだ空に声を掛ける。すると湯気からの声。驚く事も無く出た軽口に、湯気からは心底嫌そうな声が返って来た。
「あっそ。背でも流してやろうかと思ったのにさ」
「何を気色の悪い事を」
佐助は湯から上がり、水洗いし固く絞っていた衣をパンッと勢い良く広げ水気を切りながら姿を現した才蔵に目配せる。
「それさぁ、ちょいと拝借して帰ったら一気に豊かな懐具合になると思わない?」
「…ならばやはりびーどろ」
佐助の視線の先に屈んだ才蔵は手触りを確認した後で訝し気に顔を上げた。こんなもんじゃないんだぜ?と佐助は才蔵を促し草屋敷でも無いのに押して開ける透明な壁を通り抜けて板の間に続く扉に手を掛けた。
「長、」
「だろうね。此処にゃ物の価値が分からんうつけが居るんじゃない?」
言葉を切った才蔵の胸の内を言い当てると才蔵は嫌そうに顔を歪めた。あのさ、駄々洩らしてるアンタが悪いんじゃないの?




