174.褒美
異世界の、触っても襲われない普通の花。燐は押し花にしようとそっと掌に納め、視線に気付くと佐助を見た。
「あれ?これ、貰って良いんだよね?」
見せるだけだった?と燐は確認すると、萎れた花に何の価値があるのかと佐助は眉を寄せる。
「いーけど。そんなもんが欲しいの?」
「そんなもんって、だって佐助さん私が見たいって言ったの覚えてて採って来てくれたんでしょ?」
首を傾げる佐助に、くれるんじゃなかったのかと燐は問い返した。
「まぁ、そうだけど…ごめん。筒に入れた時は、綺麗だったんだけどさ」
仕事途中の山道で見付けた花。無造作に懐に入れた花は、仕事終わりには擦れ潰れていたため、新たに花を摘み今度は竹筒で運んだ。が、取り出した花はやはり萎れ、花弁に皺が寄っていた。
「今も綺麗だよ?ありがと」
萎れた花を掌に収め礼を述べ、再び嬉しそうに笑みを浮かべる燐を佐助は不思議な物を見る様に見詰める。
「何?」
「あ、のさ?その萎れた花が、嬉しいの?それ、そこら辺に、生えてる花で…礼を言われるような品物でもねぇのに」
何と言えば良いのだろう。佐助は困惑しつつ、櫛や簪より萎れた花を喜ぶのは何故かと思い問い掛けた。
「あー、だって採って来てくれたんだもん、お礼は言うよ」
当然と笑う燐。佐助は息苦しさと急激に上がる体温に胸元を強く握る。花を紙に包んで雑誌に挟んだ燐は、ついでにと佐助の前にコンテナを置いた。
「欲しいものある?なんか微妙そうだから、物々交換にしよう。はい」
手近なコンテナを持って来た燐は毎回忍のくだりが面倒臭いしと、困惑顔の佐助を伺うように見た。
「物は要らないよ。忍は何も持たねぇの」
そもそもそんな枯れかけた花に価値は無い。律儀な御仁だと燐を見る佐助の顔に自然と笑みが浮かぶ。
「えー。じゃ、食べ物とか飲み物にする?」
さっき皆にもチーズ渡したしと燐は在庫を思い出しつつ問い掛ける。
「手当てして貰ったし、十分」
顔を顰める燐の様子に首を傾げた佐助は、何故そんな顔を?と燐を見た。
「それは何か欲しくて手当したんじゃないから却下。そんじゃ、これ以外の物でもして欲しい事でも何でも良いから言いなよ」
「ほんとに?」
鎌之助のように簡単な調理リクエストや、箱に無いけど渡せる物ならと燐は頷くも、念のためと注意事項を思い浮かべる。
「あ、けど命とか、天女の羽衣的な無理な物はダメね?あと、私の出来るやつね?」
この家から出歩くことも無く、貰った普通の花に大分癒された燐は、感謝の気持ちはあるが生活必需品はあげたくないなと密かに思いつつ答えを待った。
「そんじゃあ、ほっぺにちゅーがいーんだけど」
佐助は冗談なのかヘラリと笑って軽く言った。毛布1枚くらいならと、物凄く身構えていた燐はそんなもんで良いのかと拍子抜けした。
「って、え?!なっ…?!」
何が起こったのか分からないと佐助は動揺したまま目を見開いて燐を見る。
「自分で言っといてそんな顔されても困るんだけれども」
いやいや、自分が言ったんだよね?と燐は無表情になった。
「あ、え…?っと、今…」
ふわりと花みたいな匂いがして、燐ちゃんが近付いて来て。それから柔らかいもんが頬に触れた。離れてった燐ちゃんは俺を見て顔を顰めて、それから物凄く驚いた様に両目を見開く。
「あははッ何その顔!うーけーるーっほっぺにちゅー位で、あははははっ顔、か、おッ真っ赤っってっ」
何がそんなにおかしいのか。俺の顔が真っ赤だと涙を浮かべた燐ちゃんは、物凄く楽しそうに笑ってる。なんかちょっと鎌之助みたいだと思うのって俺だけ?
「おい、夜中に笑茸でも食ったのかー?」
燐の大爆笑に、だらしなく寝間着を着崩した白雲斎が眉間に皺を寄せて現れた。燐は涙を拭うと、そう言えば結構な夜だったわと素直に詫びた。
「…どっか踏み外して転げでもしたか?」
帰宅時より濃くなっている血の臭いに佐助を見ると、佐助はチラと燐を見て緩く掴んでいた手拭いを握る。
「少し擦っただけなんだけどさ」
視線を落とす佐助に、白雲斎はそれ以上聞かずに大きく欠伸をした。
「俺は腹減ったから何か食うけど、その様子じゃ飯未だだろ?お前も食うか?」
食べてないの?!と燐は佐助を見て先程見付けた生麺セットを取って来た。白雲斎は見慣れない箱を凝視する。
「運命的に見付けたので禁断の夜中麺にします」
興味津々の白雲斎は、暫くいろんな角度からパッケージを見て首を傾げた。
「らーめん、だな。かっぷでも袋でもねーのか」
観光客向けの土産用だと燐が言えば、白雲斎はグイと佐助の腕を引きその場に立たせた。
「ほれ、旨いもん食わせてもらうぞ」
「お、れは…いーよ」
立たされた佐助は眉を下げ、白雲斎の腕をやんわりと外す。確かに今食べたら太るもんねと燐は体型維持に気を使ってそうな佐助を見た。
「遠慮すんな。忍は食える時に食うって教えたろ?しっかり食ってさっさと戻せ」
白雲斎は強引に佐助の背を押す。面倒臭いと言いながら意外と世話好きだよねと燐は先を歩く師弟の後姿を湯切り用のザルを持って追いかけた。