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171/196

171.

暴力表現有

もう疲れたから報告はお前に任せる。そう言って消えた白雲斎の代わりに屋敷に赴いた佐助は、控えの間で源次郎を待っていた。


「死に損ないが屋敷に上がって待つとは出世いたしたものよな」


襖越しに聞こえる嫌味に顔色一つ変える事無く佐助は言われた通り下座に控えていた。


「あれは此度の戦の後より送られし者故、お気になさるな」


古参の部屋控えは墨を磨る手を止めぽそりと佐助の方は向かずに話すと再び静かに墨を磨る。


この地で忍がどれ程活躍しているか知らない戯言だと思いが伝わると、我が主仕えの御仁方は寛大だと佐助は小さく笑みを浮かべる。


「死に損ないも事実。気にしちゃいませんよ」


佐助が小さく答えると忍という物は人が持つ感情は無いのかと部屋控えは何を言われても動じる事無く涼しい顔で笑う忍をチラと見た。


「失礼仕る。若に申し上げるべく事柄有らば、宜しいか」


答える間もなく襖を開け入って来た男は、佐助を憎々しげに見る。部屋控えは不遜な態度の男に眉を顰めた。


「未だ返事をして居りませぬぞ。若には是に報告と待つ者が。お控えくだされ」


淡々と述べる部屋控えを露骨に睨んだ男は佐助の側まで来ると無遠慮に佐助を蹴り上げた。忍であれば避けられる筈が佐助は避ける事無く蹴られ畳に擦れた皮膚が赤く滲む。


「忍が畳に身を置く等恐れ多いわっ」


男は部屋控えの制止も聞かず佐助を蹴り続け、乱暴に襖を開け放つと、更に佐助を廊下から庭先へ蹴り出した。


「主より仰せつかりし事ぞ、お控えをっ」


部屋控えが立ち上がり語気を荒げるも、男は知らぬ振りで佐助の血を避け部屋の真ん中まで来ると、どかりと座る。庭先には踏み石に頭を打ったのか額から血を流すも平然と控える忍がいた。


血を拭う事もせず先程の室内と同じ姿勢で主を待つ忍。部屋控えは溜息を洩らすと何か拭う物をと懐から手拭いを取り出した。


「はて?庭石に手拭いなぞ不要。室内の忌々しき汚れを拭うのが先かと」


嘲笑する男に部屋控えは溜息を洩らすも言葉にはせず踏み石に降り、佐助に手拭いを差し出した。佐助は小さく首を横に振りそれを辞退する。


「御履物が汚れますのでどうぞ」


白足袋が汚れてしまうと佐助はやんわり手拭いを差し出す男を制すると、気にも留めていないかのようにグイと腕で滴る顎先の血を拭う。暫くし奥の襖が開くと源次郎が部屋の中を見て眉を顰めた。


「若君に申し上げる事あらば某、」「待たれよ」


恭しく両拳を付き礼を述べた後に話し始める男を制した源次郎は筆を動かす部屋控えに視線を移す。


「何故に佐助が居らぬ」


源次郎の言葉に顔を上げ、今しがた書き上げた物を差し出し、読み進める源次郎の静かな怒りに部屋控えは慌てて部屋を出た。


「んな顔しないでくださいよ」


源次郎が動く前に、不遜な男は慌ててやって来た同僚に引き摺られ連れ出された。庭先に下りた源次郎の表情に佐助はヘラリと笑う。


「処遇に何かあるか?」


「何も。特に何も無しで良いと思いますけどね」


何事も無かったように振舞う佐助に源次郎の顔が歪む。佐助は小さく息を洩らすと懐から今回の仕事内容を認めた物を取り出した。


「手当てが先だ」


「んなもん要らないって」


皺がよった和紙に顔を顰める源次郎。佐助は眩暈を悟られぬ様ヘラリと笑う。


「我が主が忍を酷く扱わねぇのは俺等皆知ってるよ?けど他じゃ忍はこんなもんなの。ここでアンタが騒いだり罰なんざ与えたら事が大きくなっちまうでしょう?」


「それでは俺の気が済まぬ」


戦後に配置された男。それは此方の内情を偵察に来たのだろうと佐助が返せば、それでも気に入らないのだと源次郎は渋る佐助の手を引き部屋へ引き入れた。


「此処からの記しは不要」


源次郎は襖を閉める部屋控えに声を掛けると、席に戻った部屋控えは無言で頷き筆を置いた。


「良いか佐助。ここは俺の屋敷。なれば俺の好きなようにいたす」


「あのねぇ、それが悪いっての。それに我が主があんなのと同じく不遜な振舞いする方が後から色々困っちまうの」


諭すように言えばそれでも納得いかないと顔を顰める源次郎。良い主に仕えられて幸せだと佐助は目元を和らげた。


「ああいうのは罰なんざ与えたら、それこそ腹いせに当たり散らすだろうからさ?此処は我が主が治めてくださいよ」


佐助の言う通り報復で更に忍達に危害が加わるのならばと源次郎は仕方がないと顔を顰めつつも頷く。佐助は忘れてたと懐から主への土産を取り出した。


「今日行った所でさ?ちょいと拝借して来たんだよね。はい、これ食べて機嫌直してよ」


大事に和紙に包み持ち帰った金平糖を広げて見せれば、源次郎は困ったように眉を下げる。


「どうせ屋敷改めがあるって分かりゃ燃やすなり捨てるなりしちまうだろ?」


不正に手を染め、禁止とされる品の取り引きをする屋敷への偵察。戦利品だと佐助は砕けた破片を摘まんで口に入れた。


「ほら毒味も済んだよ」


「其れを気にしたわけではない」


むぅと膨れる源次郎の掌に和紙から転がすように金平糖を乗せた佐助は、数粒残すと口止め料ですとその和紙を部屋控えの文机に乗せた。

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