17.だから、何きっかけの名乗りなの?
動かなくなった様子に、ここに来るまでふら付いていた顔色の悪い赤を思い出し、具合が悪くなったのではと不安になり赤の肩を遠慮がちに叩いてみた。
「えっと、大丈夫?」
「あー大丈夫、大丈夫。ちょーっと考え事してたみたい」
不安気な顔の燐を見上げた赤はヘラリと笑みを浮かべると軽く頭を振る。
「あ、そ。具合悪くないんなら良いんだけどさ」
まぁ本人が大丈夫と言ってるなら良いかと再び泡立てネットでこんもりと泡を作った。
「次、左腕上げて」
「へ?」
肩越しに首をひねって不思議そうな顔で見上げる赤。
「…左腕?何で上げるのさ」
きょとりと自分を見ている赤って結構若いのかもと思いつつ、両手に作った泡を見せながら小さく息を吐いた。
「…包帯巻いてる右手じゃ洗えないからでしょ?」
肘の上から掌の方まで巻かれた包帯。あれ程見せて嫌味を言って来ていたのに忘れたのか?と包帯が巻かれている腕を指す。
「…そっか。んじゃお願いしていー?」
今気が付いた様な素振りで自分の腕を見た赤は、ふわりと笑うと左腕を洗いやすいようにか少し上げた。
普通に笑ったら幼いな。まだ学生?
赤の先程までの何も動じないみたいなヘラヘラした不自然な笑い方と、黒の雰囲気から大人で社会人と勝手に思っていたが。
学生なら草編んだので無謀に山道歩いて怪我しまくっても有りなのかも。まぁどうかとは思うけど
「洗って貰って有り難いんだけどさ、そんなに使っちまっていーの?」
赤の言葉に手元から視線を上げると、振り返ってこちらを見ていた赤はそれ、と石鹸を指していた。
むきになって、さっきから物凄い勢いで泡立てていたから気になったのかな?
赤を見ると、申し訳なさそうな顔をしている。
「夜自販機行くかなーって思って小銭欲しくてさ。両替代わりに管理棟で100円位で買ったやつだから気にしなくていーよ。はい、泡」
夜間だと小銭不足で札が使えない事を経験済みだった燐は理由を述べた。
いや、石鹸位でそんな顔しないでよ
作った泡を後は自分で洗えと赤の手に乗せ、同じ様に申し訳なさそうな顔で猫まんまに土下座級の礼を述べて来た黒を思い出した。
「そういえばさ、く、も隠さん?と一緒に来れば良かったのに」
一緒に風呂に来れば怪我してても洗ってもらえたのに、と赤を見れば泡を見ていた赤は怪訝な顔でこちらを見上げた。
「あ、やっぱ爆睡中だった?何か疲れた顔してたもんね」
何でそんな顔してんの?と思ったが、黒の疲れた感じで悟れよ的な事?と思い直すと怪訝な顔のままの赤に問い掛けた。
「雲隠れって、才蔵の事?」
「え?あ、うん。才蔵さんの事」
うろ覚えだったから間違えてたかな?と言われた名前を繰り返すと何故か赤の表情が曇った。それから赤はいつもの貼り付けた様な胡散臭い笑みでこちらを見る。
「ねぇ。何で才蔵の名前知ってんの?」
「え?あ、さっき教えて貰ったから?」
何が気に障ったのか分からないけど、後は自分で洗えるだろうし早々に戻ってお湯に浸かろう。
「ふぅん」
流すよと断り桶で湯を掬い赤の左肩から背にかけ泡を流すと、ついでに洗い場の泡も排水溝へと追いやった。
「佐助」
「へ?」
何か言ってると振り返り、佐助と突然名乗って来た赤に首を傾げた。
「だから、へ?じゃなくて佐助」
「あ、うん。佐助って名前なのね」
何?忍ごっこ中って急に名乗って来るもんなの?
今何もきっかけ無かったよね?
「そう」
確認するように問い掛けると赤は満足気に頷く赤。じっと肩越しにこちらを見ている赤の視線に嫌な予感しかしない。
「ねぇ、アンタは?」
「え」
「だから、え?じゃなくてアンタはなんてぇの?」
「…えーっと私は燐」
うん。何か分かんないけど名乗ったら名乗れよ的なやつなのね。黒の時と同じ様に本名を告げ、寒さに小さく身震いし、気が付いた。
って、そういやここ男湯じゃん!!呑気に自己紹介なんてしてる場合じゃなかった!
慌てて踵を返すとタオルワンピの裾がクンと引かれる。
「?なっ」
何だと振り返れば、椅子に座ったままの赤が振り返りながら裾を握っていた。
「ちょ、離してよっ」
離せと顔を顰めると赤は楽しそうに笑みを浮かべる。
「んじゃ今度は交換してぇ~俺がしーっかり洗ったげるからその着てるの脱い」
桶を器用に腹に置いたままの座った姿勢でくるりと勢いよく燐の方に体を向けた赤は、着ているタオル地にもう片方の手を伸ばす。
「い゛ったーっ!怪我人殴るとか酷くなーい?!」
突然の事に思わず持っていた桶を赤に振り下ろした燐は、大袈裟に頭を押さえる赤を残して桶を置く。
「後は自分で片付けなね?」
非難の声を背に足早に男湯を出て、しっかりと鍵を閉め念の為とドアの前に使われていない椅子を重ねて置いた。
次は佐助のこころもよう。重複する内容なので不要な方は19.へ




