二十七話 ニルとヨハンナ【1】
二十七話目です。よろしくお願いいたします。一部横暴な台詞があります。
ニルは人が多い場所が苦手だ。そのため、養父の後継者として名は上がっているが、メディアにその姿を見せたのはほんの数回。広く世間に名と姿が知られれば、自ずと大勢の中に入っていかなくてはいけなくなる。
そよそよと心地良い朝の風が頬を撫でる。暖かな木漏れ日と葉と葉が擦れる音がニルの心を落ち着かせる。
木に背中を預け、自然を全身で知覚する。こうして自然と一つになっていると、雑踏は聞こえてこない。
「あら。ちょっとご機嫌斜め?」
頭の上から声が降ってきたので、ニルはゆっくり目を開いた。目の前に立っていたのは、双子の姉のヨハンナだった。二卵性であるためあまり似ていないが、同じ髪色、瞳の色をしている。
「姉様。う〜ん……斜めというか、何というか……」
ニルは煮え切らない答え方をした。
「ふふっ。どうせユルバンのことでしょ?彼、連れて行ってくれなかったものね」
ヨハンナの指摘にニルは慌てた。
「はっ!?な、何で────」
「だって、貴方が不機嫌になるのって大体ユルバンが関わっているんだもの。わかり易いわ」
あはは、とヨハンナは大きな口を開けて笑った。
ぐぬ、とニルは押し黙る。
「またガサツな笑い方しやがって……」
「あら。貴方も私にそっくりよ、笑い方」
「ひっ!?」
ニルは思わず飛びのいた。目の前にいた筈の姉が、いつの間にか真横に屈み込んでいた。
ヨハンナはいつもこうなのだ。前にいたかと思えば真後ろにいたり、左にいたと思ったら右にいる。姉は神出鬼没なのだ。
ヨハンナはふふ、と妖艶な笑みを浮かべる。
「私は貴方、貴方は私。私達は二人で一つ」
「………わかってるよ」
むすぅ、とやや膨れっ面でニルは答えた。
城内にはいくつか中庭があり、そのうちの一つをニルは勝手に自分専用の中庭にしていた。実際、そこはあまり人の立ち入りがない奥まった場所で、他の中庭と比べると日照時間が短いこともあり、王族の間でも不評な庭だった。それでも、庭師が毎日手入れをしているお陰で美しい中庭が保たれている。
中庭に面している廊下も通行人が殆どいないため、ニルはのんびりと過ごすことができた。
改めて木に背中を預け、ぽへー、と惚けているとゴツゴツと重たい足音が廊下の奥から聞こえてきた。
(……?この時間にここを通る人なんて滅多にいないけれど……それにこの足音……)
少なくとも王族の誰かではない。父と母は裸足だからあんな重厚な足音はしない。国務大臣は踵がなくて軽い靴を好むから違う。ヒールの音でもない。
(軍人……?)
城内で軍の人間に出会うことは滅多にないが、城下に降りた時等にすれ違うことはある。その時に聞いた靴の音とよく似ているのだ。
ニルは反射的に木の陰に隠れた。
「何で隠れるのよ?」
ヨハンナが小声でニルに尋ねる。
「いや……つい……反射で……」
それにしても、軍の人間が入城したということは何か緊急事態だろうか?
ニルは、はっと息を呑んだ。
(まさか、ユルバンに何かあったとか!?)
エルフの島で彼の身に何かあり、ユルバン救出の作戦を立てるために、軍の人間が?
いやでも、とニルは冷静に考えた。
(だったら何でこんな裏道を使うんだろ?正面からお父様に謁見すればいいのに……)
この廊下はルシファーの書斎からかなり離れている。急ぎの用件なら絶対に正面の方が早い。
(…………誰?)
足音が中庭に近づいて来たので、ニルは更に姿勢を低くして様子を窺った。すると、重たい足音と共に姿を現したのは大柄な男だった。
男は中庭には見向きもせず、ただ黙々と歩いて行ってしまった。
ニルはほへぇ、と気の緩んだ表情で男を見送った。
ひょこ、とヨハンナが背後から顔を出す。
「あれって、フォルティス長官じゃない?毎朝あぁしてお父様に挨拶をしに行くらしいわ」
「ここを通るのか?」
さぁ、とヨハンナは肩を竦めてみせる。
無関心な姉とは反対に、ニルは真剣な面持ちで考え込んだ後、ぱっと飛び出して長官の後を追うことにした。
「ちょっと、ニル!?」
「まだ不確かだけれど、わからないから調べてみる!」
えぇ〜、とヨハンナは呆れたような声を出した。
呆然とする姉を放置して、ニルは長官の後をつかず離れずで追跡した。
フォルティス長官は中庭を抜けると、城内を迷うことなく進んで行った。途中、何人かの使用人と挨拶を交わしており、女性は何故か長官と挨拶をした後キャッキャッ、とはしゃいでいた。
物陰に隠れながら、ニルは一連の様子を見て眉を顰めた。
(はあぁ〜?)
「ユルバンの方が良い男とか、思ってんでしょ?」
「姉様!?ついて来たの!?」
またしても背後から現れた姉に、ニルは大層驚いて振り返った。
「当たり前でしょ。それよりも、フォルティス長官は背が高いし、礼儀正しいし、かっこよくて女性人気が高いのよ。確か奥様がいらっしゃって、夫婦仲睦まじいんですって」
「何でそんなこと知ってんだよ」
「あら。いけない?でもやっぱり、お父様とお母様以上に仲が良い夫婦はいないわよね〜」
真剣に追跡をしているニルとは裏腹に、ヨハンナは一人でキャイキャイしている。
「あ〜。はいはい」
ニルは浮かれる姉を余所に、長官の追跡を続けた。
「正面から挨拶すればいいじゃない」
ヨハンナの疑問にニルはう〜ん、と唸った。
そうしたいのは山々なのだが、それができない事情がある。
「………まだそうと決まった訳じゃないから、話せない……」
ゴニョゴニョと言い訳を言うと、ヨハンナは不機嫌な顔になった。
「何?はっきりおっしゃいな」
姉の怒声にニルはビクッ、と飛び跳ねた。
「あ……た、確かめたいことがあるから……正面は、無理……」
ふぅん、とヨハンナは頷きはしたものの、その表情は納得していないと言っていた。
ニルはしつこい姉を適当にあしらいながらもフォルティス長官の後を追いかけ、漸くルシファーの書斎に辿り着いた。
ニルが廊下の曲がり角からこっそり様子を窺っていると、長官はノックをした後書斎の扉を開けて入って行った。
「で。フォルティス長官がどうしたっていうのよ?」
さてどうしたものかとニルが考えていると、ヨハンナが横からズイと訊いてきた。
(姉様、どちらかというと薄幸美人な雰囲気なんだけれど圧が凄いんだよな)
仕方ない、とニルはヨハンナの圧に負けて打ち明けた。
「実は────」
「え────?」
一方その頃書斎では、フォルティス長官がぽかんと立ち尽くしていた。
ルシファーはパソコンからフォルティス長官に、その青い瞳を向けた。その瞬間、長官の背筋に悪寒が走った。
「焼きそばパン、買って来て」
「お代は立て替えでお願いします」
心地良い春の風のような声でさらりと更に衝撃のことを言ったのは、タブレットを片手にルシファーの隣に立つ若い青年だった。彼はル・リエ王国のアナーカ国務大臣だ。
「え────」
立て替え、とフォルティスがアナーカ大臣を見つめるとルシファーが怪訝な表情を浮かべた。
「ん?昨日おぬにボコボコにされて忘れちゃった?そなたには毎朝必ずおぬに焼きそばパンを買って届けろ、て命じていた筈だけれど?」
「ボ────」
あぁ、とアナーカ大臣が頷く。
「手合わせのことですね。陛下は容赦ないですから、長官は一方的に殴られて気を失って王立病院送りになったんですよ。複数箇所の骨折があったと聞きましたが翌日職務復帰されるとは、持ち前の頑丈さのお陰ですね」
フォルティスははは、と乾いた笑いしか出せなかった。
「そ、そうでした!焼きそばパンでしたね!すぐ買って参ります」
失礼します、と頭を下げるとフォルティスは書斎を出た。そして扉の前で腕を組み、思いっきりしかめっ面をした。
「焼きそば……パン……」
う〜ん、と唸っていると、
「あの」
と、声をかけられたので振り向いた。
二十七話目を読んでいただき、ありがとうございます。時系列としては、前回のエルフの島と同時進行位であの案件の裏でこんなことが起きていました、といったお話になります。
またあらたな登場人物が一気に増えたので、ブレないように頑張りたいと思います。ご縁がありましたら、次回もよろしくお願いいたします。




