二十六話 千年日記【19】
二十六話目です。よろしくお願いいたします。若干ホラー要素があります。
ユルバン拉致監禁騒動から二日後の朝────
ドサッ、とユルバンはエーアデの机の上にまとめた紙の日記と更にその上にトン、とUSBメモリーを置いた。
エーアデはUSBを手に取り、大量の紙束と見比べてから頷いた。
「成る程。編纂と同時にデータにしてくれたんですね。態々ありがとうございます」
「他のエルフは知らんが、あんたはパソコン使えるだろ?」
マギアが尋ねるとエーアデはふふっ、と笑って、
「えぇ。私は紙よりもこれの方がいいです」
と言ってUSBを紙束の上に置いた。そして、徐に立ち上がると、後ろの壁に立て掛けていた古そうな木箱をユルバンとマギアに差し出した。
「これはお礼です。換金するもよし、保管するもよし。おそらく、ルシファー様なら喜んで大金を出してくれると思いますよ」
ユルバンは木箱を受け取ると、何やら中から不穏な空気が伝わってきた。
「………呪い系っすか?」
ユルバンの問いに、エーアデはカラカラと笑った。
「よくわかりましたね!実はフリマサイトでただで譲ってもらったんですが、私では期待した程のことは起こらなくて。ルシファー様はそういう物を高く買い取ってくださると聞いたので、そのお金を今回の報酬とお考えください」
金という文化に馴染みがない種族だから現金報酬は期待できないと覚悟していたが、まさかいわくつきの物を貰うことになるとは。
ユルバンは木箱の蓋を少し開けて中を見てみた。
「日本人形……?」
中身は着物を着た所謂、市松人形だった。汚れは殆どなく、綺麗に手入れをされているようだ。
エーアデは肩を竦める。
「元の持ち主の話だと、髪が伸びたり、歌を唄ったりするそうなのですが、私の所に来てからは怪奇現象は全く起きなくて。それで、ルシファー様がいわくつきの物を集めていることを思い出したのです」
ルシファーには変わった収集癖がある。仕事柄、世界各地を回ることがある彼だが、行った先で必ずといっていい程いわくつきの物を持って帰って来る。
最初こそ書斎に飾っていたのだが、ギロチンの刃を持って帰って来た時は流石に我慢の限界だったのか妻グウィネヴィアが気味が悪いと激怒したことがあった。
妻もコレクションも捨てられなかったルシファーは、城内の空き部屋をコレクションルームに改装して以降はそこにしまうようになった。使用人の間では夜な夜なその部屋から奇妙な声や物音が聞こえるのだとか。
(これもあの部屋に陳列されるのか……)
どうせだから高値で売りつけてやろうと、ユルバンが蓋を閉じようとした刹那、ふふっ、と鈴を転がしたような笑い声が聞こえた気がした。
「どした?」
肩に乗っているマギアが怪訝な顔で覗き込んできたので、ユルバンはいや、と言って木箱を閉じた。
いわくつきとお墨付きをいただいた人形だから、ちょっとした怪奇現象が起きてもおかしくはない。念のためにとユルバンは魔法で縄を作ると、それで木箱をぐるぐる巻きにした。
マギアはいよいよ険しい顔つきになった。
「いくら何でもやり過ぎじゃね?」
「それなりの値段で売るつもりだから、運んでいる途中で何かあっちゃまずいだろ」
ユルバンの回答にそれもそうか、とマギアは頷いた。エーアデはニコニコしながら一人と一匹のやり取りを見守っていた。微笑ましい光景なのだろうか。
そういえば、とマギアがエーアデの机の上に飛び乗る。
「ミルヒシュトラーセは?あの後大丈夫だったか?」
自分の力とはいえ、かなり勢いよく硬い地面に後頭部を強打していたので、日記を編纂しながらもユルバンとマギアは気が気ではなかった。肉体と精神年齢こそ若いがエルフは完全なる不老不死ではない。意外なことでぽっくり逝ってしまった例もある。
一人と一匹の心配を余所に、エーアデはケラケラと笑うとテラスをさした。
「覗いてご覧なさい」
促されてユルバンがテラスを覗くと、そこには安楽椅子をギコギコとやや激しく揺らすミルヒシュトラーセの姿があった。
(うわ……元気そうだけど、機嫌は悪そう)
ユルバンが何て声をかけようか迷っていると、ミルヒシュトラーセはこちらに顔を向けることなく口を開いた。
「一晩考えました。結論として、エルフの出自のことは島内のエルフにのみ伝えることにします。島外には持ち出しません。無論、ドワーフには絶対に教えません。なので、貴方方も決して口外せぬように」
トゲトゲした物言いだが、どうやらある程度吹っ切れたようでユルバンは安堵した。
ルシファーには、と言おうとしてユルバンはやめた。この件をルシファーに報告した所で意味はない。
おそらく、ルシファーは最初からエーアデの頼み事やその奥にあるミルヒシュトラーセの思惑にも気づいていたに違いない。そして、ミルヒシュトラーセもそれに気づいている。だから敢えて、ルシファーに報告しないようにと釘を刺さない。
「お大事に」
ただ一言だけ投げかけてユルバンが部屋に引っ込むと、
「ルシファー様によろしく伝えて」
と、ミルヒシュトラーセは振り返ることなく言伝を頼んだ。
「体調は問題なさそうだね」
ユルバンがそう言うと、エーアデが頷いた。
「機嫌の悪さは引き摺っていますが、至って健康ですよ。まぁ、機嫌もそのうち治るでしょう。いくら長命のエルフとはいえ、いつまでも怒り続けていられませんから」
それはそうだ、とユルバンとマギアは頷いた。
一人と一匹はエーアデに朝餉に誘われ、喜んでお相伴に預かることにした。相変わらず殆ど無味に近い薄味だったが、徹夜をして急ピッチで編纂を終えたユルバンとマギアにとって程よい温かさの粥は胃腸に優しかった。
(五臓六腑に染み渡る〜……)
野菜なのか薬草なのかわからないが、薬膳粥的なものなのかもしれない。
上陸当初の夕餉の時とは異なり、それ程緊張はしなくなっていた。かといって、彼らと親しく会話をするような仲になった訳ではない。エルフにとって、ユルバンとマギアは何処までいっても異物に変わりはない。
黙々と粥と別皿に盛られたサラダを食すエルフ達を眺めながら、
(一体、何人のエルフがあの真実に耐えられるのだろうか……)
と、ユルバンはこれから起きるであろうことを想像した。きっと、卒倒してしまうエルフもいるだろう。それでも、ミルヒシュトラーセは仲間に打ち明ける決意をしたのだ。
それまで信じてきたものが覆る瞬間、拒絶するか、受け入れるか。それは個人の判断に委ねられる。きっと罵ってくる者もいるだろう。
(ずっと姫だったミルヒシュトラーセは、その声に耐えられるだろうか)
他者から向けられる負の感情は、正の感情よりもストレートに自身の中に流れ込んでくる。気にしなければいいのに、跳ね除ければいいのにと思うがそれができれば苦労はしない。
(ここから先はエルフ間の問題か)
きっとユルバンが介入しても、ルシファーが介入しても何も解決はしないだろう。どう考えても自分達にできるのはここまでだ。
朝餉を終えると、ユルバンとマギアは迎えに来た八咫烏の薄暮と合流し、エーアデと数人のエルフに見送られながら島を離れた。
ゾンネとモーントの姿がなかったが、島の巡回に行っているのかもしれない。禁足地に指定されているため観光客や国民が上陸することはないが、それも絶対ないとは言い切れないため、定期的なパトロールは必要なのだろう。
「エルフも大変なんだなぁ」
マギアがぽつりと呟いた。
「不老で綺麗だけれど、周りが思っている以上に苦労が多いのかも」
マギアはユルバンの言葉にだなぁ、と頷いた。
後日、SNS上に謎のエルフさんというアカウント名で短めのエッセイを掲載する人物が現れた。
二十六話目を読んでいただき、ありがとうございます。中々人物を動かすのが難しく、もう少しこの人のこと書きたかったなと思いつつも、これ以上引き延ばすのも如何なものかと悩んだ末、一旦ここで切り上げることにしました。でもまた別の話で書きたいなと思っています。
ご縁がありましたら、次回もよろしくお願いいたします。




