二十二話 千年日記【15】
二十二話目です。よろしくお願いいたします。
遠い遠い昔、魔法というものは存在しなかった。神やそれに連なる精霊しか扱えない権能という力しかなかった。極稀にそれらの存在と同等の力を持つ者もいたが、それは本当に稀少な存在だった。
旧文明時代が滅び、人が地上に増え始めた頃、人の王とルシファーの手で魔法の基盤が創られた。それは、権能を格下げしたもので誰でも扱えるというものだった。それに伴い、神は権能を自分達と極一部の存在しか使えないようにしてしまった。
それまで使えていたものが使用禁止になったことから、ありとあらゆる所から不満の声が溢れた。特に土着神から零落した悪魔は強く反発したが、ルシファーが己の権能を複製して彼らに譲渡することで、怒りを鎮めた。神もこれには何も言わなかった。
ただ、エルフはこの状況から置いてけぼりにされてしまった。天使から許可をもらい、権能の使用を許されていた彼らはしかし、一気に衰退した。静かに、世界の端で衰えていったのだ。
エクリプセは竜銀の塊を眺めながらふと思った。
(……別にもうルシファーと敵対しなくてもよくない?)
最初こそ神の仇敵は我らの敵と勇んでいたが、よくよく考えればルシファーが表立って神と敵対している所を見たことがないし、そもそも彼が悪魔の大群を率いて天界に侵攻している所を見たこともなければ聞いたこともない。
現長エーアデは争いを好まない性格故、ルシファーと敵対するよりも程々の距離を保っていたいと考えている。フォルモント、ノイモーント姉弟と二人を支持するエルフだけが、未だに反ルシファーを掲げているがそれは本当に極一部であり、大多数が今の平穏な暮らしを享受している。
エクリプセ本人はフォルモントに恩があるため、彼女の気持ちを尊重してはいるが、内心は反ルシファー思想に冷めていた。一応、恩人の面目は立ててはいるが。
あの夕食会の時、ユルバンが差し出してきたこの竜銀。エルフは優れた銀の加工技術を持っている。だがそれも材料となる銀あってこそだ。そして、彼らが扱うのはただの銀ではない。竜の死骸から採取できる竜銀という特別な鉱物からしか作ることができない。
竜銀も大昔は至る所で採取できたのだが、人間が増えたことによりただでさえ少ない竜の個体数が激減し、今やル・リエ王国にしか生息していない。エルフがこの無人島に移住したのも、その竜を求めてという理由が大きかった。
竜の管理はルシファーの妻グウィネヴィアに一任されており、兎に角厳重に管理されている。
まずは王国に対して申請を行い、王族直属の国務大臣の許可を取り、次いでルシファーの許可を得た後更にグウィネヴィアが首を縦に振らなければ竜の領域に入ることは許されない。無断で足を踏み入れようものなら即、竜の餌になる。
(だが、我らには竜銀が必要不可欠。であるならば、ルシファーと事を構えることは避けるべきだ。それに、あれと戦ったところで無駄に命が散るだけだ)
ただでさえ少ない個体数を無闇に減らす必要はない。ならば────
エクリプセは窓の外に目をやる。
「ならば、取るべき道は一つ」
「そういやぁ、お前。あの時我らに目眩しの魔法を使っただろ?お陰で今も若干目がシパシパするんだよ」
ゾンネは指で目をこすった。それを聞いてマギアはうぐ、と声を上げる。
二人と一匹は島を覆う森の中を疾走する。マギアはモーントの肩に乗せてもらっているのだが、この二人とんでもない速さで駆け抜けるため、しっかり掴まっていないと振り落とされる。
ゾンネが話しているのは、マギアとユルバンが夕食会に招かれた時のことだ。あの時、暗闇で一人と一匹を待っていたのはゾンネとモーントだったのだが、二人はただ客人を迎えに来ただけであって、決して襲撃に来た訳ではなかったのだ。警戒心と嫌味のつもりでマギアがユルバンに魔法を使うよう唆したのだが、結果として王家とエルフの間に大きな溝を作ってもおかしくはない事態になってしまった。
「……す、すまん」
風で聞こえているかわからないが、マギアはモゴモゴと二人に謝った。
「まぁいいさ。ミルヒシュトラーセ様を止めるのに支障はない」
ゾンネの頼もしい言葉を聞き、マギアはほっと胸を撫で下ろした。ひとまず、エルフが本土に攻め込んで来ることはなさそうだ。
ゾンネは短気に見えるが、証拠がほぼない中でマギアの言い分を聞いてくれたり、捜索に協力してくれたたり、根は面倒見の良い性格なのかもしれないが、口調と性格の荒さがそれらを上手いが具合に隠してしまっている。
(ルゥも乱暴者だが、思慮深い所もあるしな)
マギアはうんうん、と頷く。人だろうが、精霊だろうが、見た目だけで判断するのは難しいということだ。
ゾンネとモーントは森の中で立ち止まると、辺りを見回した。
それにしても、とマギアは口を開いた。
「ミルヒシュトラーセが結界魔法以外は苦手、ていうのはエルフ全員が知っていることなのか?」
あぁ、とモーントが頷く。
「旧文明時代の話だ。エルフと一人の勇者が村を襲う魔物を退治したのだが、それでも村人の魔物に対する恐怖と不安は拭えなかった。これではいけないと思ったミルヒシュトラーセ様は、村人に忘却の魔法をかけることにした。ところが魔法が暴発してしまい、村人どころか一緒にいた勇者とエルフにもかかってしまった。彼らの記憶に残ったのは魔物が退治されたこと、それを退治してくれた存在のこと。ただ、村人はミルヒシュトラーセ様がただ一人で魔物を退治したと思い込んでしまい、ミルヒシュトラーセ様もそれに乗っかった」
(忘却の魔法、手柄を独り占め……それって某有名な魔法学校の話に出てくる教師みたいだな……本当にそんな奴いたんだ)
モーントの話を聞きながら、マギアは別のことを思い出していた。
「で、我らが何故その話を知っているのかというと、エーアデ様から聞いたのだ。エーアデ様はミルヒシュトラーセ様がべろんべろんに酔っ払った時に聞かされたらしい」
周囲を見回しながらゾンネが答えた。
マギアはん〜、と唸ることしかできなかった。
(……勇者のその後の方が気になる)
マギアが勇者の心配をしていると、ゾンネが大きなため息を吐いた。
「駄目だ。森の中にはいない」
「館にも気配はなかった。だが、島から出るとは思えない」
ゾンネとモーントのやり取りから察するに、ミルヒシュトラーセは行方不明のようだ。この小さな島で行方不明というのもおかしな話だが事実だ。
マギアも千里眼で探してみたのだが、やはりそれらしい気配は見つからなかった。
(隠遁の魔法を使っている?けれど、結界魔法以外が苦手な奴にできるのか?考えられるとすれば、最初からそんな魔法がかけられた建物か、場所にいる?)
建物、とマギアはぽつりと呟いてあることを思い出した。
「なぁ!あの星見塔、てルゥ────ルシファーが建てたのか?」
森の中に聳え立つ星見塔。大理石で建てられたエルフの館とは異なる質素でごついデザインは、オークが作る家屋に似ている。
ゾンネがモーントの肩に乗るマギアを見上げると
「そうだ。ルシファーが色々島の整備をしてくれた時に建てたものだ。あれだけ妙にオークっぽいから誰もあまり使いたがらないがな。かといって、折角建ててもらったものを壊すのも無礼だという意見もあって、あのままだ」
「そこだ!」
静寂な森にマギアの声が響き渡る。ゾンネとモーントは大きな声に耳を塞いで怪訝な顔を浮かべた。
二十二話目を読んでいただき、ありがとうございます。名前を考えるのも苦手、地理も苦手と苦手分野が多い私ですが、先人達が残してくれた知識のお陰で何とか書き進めることができています。全くもって未知の分野もあるので、その道のプロが残してくれた資料が読めるのは非常にありがたいです。はい。
次回もご縁がありましたら、よろしくお願いいたします。




