二十一話 千年日記【14】
二十一話目です。よろしくお願いいたします。
円柱の建物から飛び出したマギアは、勢いよく何かにぶつかって弾かれた。ゴロンゴロンと転がって腹這いで止まると、痛みや驚きよりも我ながらゴムボールのように跳んだな、と感心した。
「はっ!違う違う!そうじゃなくって────」
感心している場合ではないと起き上がったマギアに、何者かの影が覆いかぶさった。
「お前はルシファーの所の鼠。何をそんなに急いでいる?」
頭上から声が降ってきたので、マギアは声の主を見上げた。そこにいたのはゾンネとモーントだった。
マギアは少し後退りをした。エーアデとミルヒシュトラーセを気絶させて逃亡したのだから、それは気まずい。マギアもそこまで神経が図太い訳ではないし、一応は良心を持ち合わせている。
ゾンネはおずおずとするマギアを見下ろし、ふぅん、と頷いた。
「やはり、エーアデ様とミルヒシュトラーセ様をやったのはお前達だったのか」
ゾンネの言葉にマギアはムッ、として言い返した。
「殺した訳じゃないぞ。気絶させただけだ」
「同じことだ。お前達もルシファーの身に何かあれば、奴の生死問わず死刑にするだろう?」
マギアはイッ、と牙を見せて威嚇する。
「ルゥは阿呆だけれど、裁判は公平だぞ。独裁者と一緒にすんな」
それに、生死問わずと言うがルシファーは完全なる不死であるため死なない。唯一、彼を殺す術があるとしたらそれは────
ブンブン、とマギアは頭を激しく横に振って思考を戻す。
「今は言い争いをしている暇はない!────なぁ!ミルヒシュトラーセを見なかったか!?」
ゾンネが首を傾げたので、マギアは経緯を説明した。
「ミルヒシュトラーセがユルバンをどっかに連れて行った!あの女、ユルバンに忘却の魔法をかけるつもりだ!急いで見つけないと、最悪ユルバンの記憶が全部飛ぶ!」
ゾンネは相変わらず首を傾げていたが、モーントは何かを察したのか眉間に皺を寄せて口を開いた。
「……それは、我が主がお前達に頼んだ事と関係があるのか?」
マギアはモーントに視線を移すと大きく頷いた。
「そうだ!守秘義務で詳しくは話せないが、この案件が片付こうが失敗しようが、ミルヒシュトラーセはオレらの記憶を消すつもりだったんだ!」
そう。彼女は最初から日記の件に関わった者の記憶を消すつもりだったのだ。おそらく、ルシファーに対しても忘却の魔法を使うつもりだったのだろう。
そもそも、エルフのルーツがルシファーの虫垂であると話した時点で記憶の消去は決定事項だったのだ。
「証拠はあるのか?ミルヒシュトラーセ様が狢に忘却の魔法をかけようとしている証拠は」
ゾンネの追及にマギアはうっ、と身構える。
「し、証拠は……ない。現行犯で捕まえないと……」
はぁ、とゾンネは大きなため息を吐いた。
「証がなければ我らは動かん。そも身内をお縄にするなぞ、もってのほかだ」
ゾンネの言うことはもっともだ。もっともなのだが────
マギアはブルッ、と全身を振った。
「証拠はないが、確証はある!ユルバンの杖の記憶を読み取った!物は嘘をつかない!」
そう言うとマギアはユルバンの杖を袋から取り出して、ゾンネとモーントに突きつけた。二人は顔を見合わせ、杖を受け取るとオブジェクトリーディングを開始し、暫くしてからゾンネはゆっくり頷いた。
「成る程な。忘却の魔法を使うつもりかどうかはさておき、ミルヒシュトラーセ様が何かを企んでいることは確かなようだ」
ゾンネはマギアに杖を返した。その隣でモーントが渋い顔をしていたので、マギアは杖を腹部の袋にしまいながら首を傾げた。
「どうした?主の凶行がそんなにショックか?」
いや、とモーントはゆっくり首を横に振ると黙ってしまった。元々そんなに口数が多い方ではなさそうだが、状況が状況なだけに黙られると何だか不安になる。
「何だよ……」
マギアが怪訝な表情を浮かべると、モーントは少し唸ってから口を開いた。
「その、ミルヒシュトラーセ様は結界魔法においてはあの方の右に出る者はいない。ただ、それだけなのだ」
「……………あ?」
何言ってんだこいつ、と思いながらマギアはぶっきらぼうに聞き返した。
つまりだな、とゾンネが言葉を繋ぐ。
「ミルヒシュトラーセ様は結界魔法に特化した魔法使いで、それ以外の魔法は不得手なんだよ」
「……………はあぁ!?」
マギアは素っ頓狂な声を上げた。
旧文明時代ならいざ知らず、大抵の魔法使いがオールラウンダーな昨今、更にいうと例え特化型の魔法使いだったとしても、一応は他の魔法も使えるこの現代において正真正銘の純粋特化型魔法使いがまだいたとは。
(あ。ミルヒシュトラーセは旧文明時代の生き残りだ……)
なら仕方ない、とマギアはスンと全てを悟った御仏のように穏やかな無表情を浮かべた。
ゾンネは腕を組むとむむぅ、と渋い顔で考え込む。
「忘却の魔法……よりにもよって忘却の魔法……」
マギアはすかさずゾンネに尋ねる。
「何がそんなにやばいんだよ。ただ不得手、てだけだろ?」
それがまずい、とモーントが答える。
「ミルヒシュトラーセ様の不得手はそんじょそこいらの不得手とは訳が違う。一人に対して忘却の魔法を使ったのなら、この島全体に影響が及ぶ程だ」
(こいつら、仮にも上司の身内をえらいディスるな……)
敬っているのか、莫迦にしているのか。もしかしたらルシファーと自分達の関係と似ているのかもしれない。
(お互い阿呆な主を持って苦労している、てことか)
そう考えると、マギアは何だかこの憎らしかったエルフに親近感が湧いて思わず笑みがこぼれた。が、すぐにはっと我に返り慌てる。
「────て、呑気に話している場合じゃなかった!ミルヒシュトラーセを止めない……とぉ!?」
突然脇腹に手を差し込まれたかと思うと、ひょいとマギアはモーントの肩に乗せられた。あまりにも突然なことに呆然とするマギアに、ゾンネが声をかけた。
「主の愚行を止めるのも家臣の役目だ。行くぞ!」
そう言うと、ゾンネとモーントは風の如く走り出した。
昔、マギアがまだ人だった頃にルシファーがこんなことを言っていた。
「如何に優れた王とて、過ちを犯すことはある。絶対なんてことはない。だからこそ、家臣が必要なのだ。王の行いを諌めてくれる家臣がな。だが、彼らがもし口を閉ざしてしまったのなら、その王の治世は終わったのだとおぬは考えている」
(あぁ。エルフはまだ大丈夫なんだ)
マギアは揺られながら、この二人のような存在がいることに安堵した。
マギアがエルフ二人と島内を駆け回っている中、ある場所でミルヒシュトラーセはユルバンから奪った日記に目を通していた。
(…………成る程。トネリコという魔法使いから聞いたのねぇ。それにしてもこの時代に魔法使いだなんて)
日記の日付からして、旧文明時代の終わりの頃の記録のようだ。
(霧深い山脈の文献庫に行けば、トネリコのことがわかるのだろうけれど、あの山はルシファー様が管理しているから、入山するには許可が必要なのよね)
ル・リエ王国にそびえる山々の中腹に、人が立ち入れぬ書庫がある。最古の古文書や文献、著名人の随筆等も納められているという。それらは元々は王家の書庫塔にあったのだそうだが、どういう訳か態々山脈に移された。そして、そこはルシファー以外は入れないようになっている。申請すれば入れるらしいのだが、許可が下りた者は一人もいない。
ミルヒシュトラーセは日記を分厚い本に挟むと、くるりと振り返った。そこには椅子に縛られながらも、何故か呑気に寝息を立てているユルバンがいた。
(ルシファー様もそうだけれど、何で化け物って肝が座り過ぎているのかしら!?)
天敵がいない絶対的強者の余裕からか、それともただ単純に莫迦で阿呆なだけなのか。
(わからない────!)
ミルヒシュトラーセは物凄く渋い表情を浮かべると、すっと右手の掌を突き出した。
二十一話目を読んでくださり、ありがとうございます。以前、後書きで登場人物の名前を考えるのが大変と言ったと思うのですが、地理も大変です。何しろ小学生の頃は地理が一番苦手でしたから。漠然と頭には浮かんでいるのですが、形にするとなるとかなり頭を抱えます。山脈って、何処に配置しよう……。
ご縁がありましたら、次回もよろしくお願いいたします。




