十九話 千年日記【12】
十九話です。よろしくお願いいたします。
海を越えた遠くの国に、鬼神という言葉がある。神のような力を持った鬼のことらしいが、鬼という存在がどのようなものかはわからない。だがもしかしたら、目の前に凜然と立つあれのような者のことを言うのかもしれない。
小柄で、華奢で、武器は己の爪と牙のみ。対するこちらは剣と槍、そして弓等多種多様な武器を携えて応戦した。
だが、それは武器を全く受けつけず、たった一匹で鍛え上げた戦士達を次々と屠る。重傷者多数、死者数名。圧倒的な力の差を見せつけられた我々に、最早対抗する術はない。
おぉ、我らが神よ。何故このような化物を地上に解き放ったのだ。何故この化物を野放しにするのだ!
「…………死人も出たのか。まぁ、戦だから全員無傷とはいかないだろうなぁ」
ユルバンはある日の日記をじっくり読んでいた。それは、エルフとルシファーが初めて戦った時の日記のようで、エルフがルシファーの強さに恐怖した時の様子がまるで詩のように記されていた。
日記を読み終えると、ユルバンはそれを分類分けした山に戻した。
エルフがいつ、どの段階で、自分達のルーツを知ったのかわからないため、日記を一つ一つ読んで確認していくしかなかった。
虫垂のことだけ記されているのか、それとも何かの記録と一緒に書かれているのか、それすらわからないまま。
「はぁ……」
ユルバンはふと手を止めた。
「事前に整理しておけば、こうはならなかっただろうに。それにしてもミルヒシュトラーセはどうやってルーツを知ったんだ?」
日付さえわかれば、分類分けの魔法は知らずとも手作業で時間をかければ見つけられないことはない。それをした様子がないということは、ルーツがどの日付の日記に書かれているのか知らないのだろうが、ミルヒシュトラーセは虫垂がエルフのルーツだと知っていた。
「もしかして、父親から直接聞いたのか?」
酔った勢いか、それとも死の間際か、何かの折にミルヒシュトラーセがこの日記を記した父親からエルフのルーツを聞いていたとしたら。そして、それを日記に書いたと聞いていたら。
ユルバンは一枚の日記を手に取る。
「ミルヒシュトラーセの目的は隠蔽か?」
最高齢のエルフを突き動かすのは種族のプライドか、それとも父の願いなのか。きっとそれは孫のエーアデですら知らないのだろう。
ユルバンは、手に取った日記を読み上げる。
「………水場を巡ってドワーフと争った記録か。エルフ、負けているな」
戦の記録は少ないが、その少ない戦績全てがエルフの敗北だった。エルフが戦いが下手なのか、単に戦力不足なのかわからないが、どの戦でも負けているのだ。
「負け戦が続いている中で、よく師匠に喧嘩をふっかけたな……」
身体が小さいから勝てると思ったのか、それとも自分達には神の加護があると思っていたのか。頭がいいのか莫迦なのか、ユルバンはエルフのことがよくわからなくなってきた。
日記によればエルフはルシファーに何度か戦いを仕掛けているのだが、段々ルシファーも負け続けるエルフにしのびなくなってきたのか、徐々にルシファーの戦意が失せていく様子が窺える。最終的にルシファーはもう自分の負けでいいよ、といった感じで戦いを放棄したようだ。
エルフ視点では、自分達の不屈の精神が勝ったと記されているが、ユルバンは己の中に流れるルシファーの血の記憶を辿ることができるため、日記と照らし合わせるとどうやら最後の方はルシファーがエルフと戦うことに飽きてしまっていたようだ。
(何て都合のいい解釈……)
きっと、この日記に書かれていることは全部が真実ではないのだろう。所々ルシファーの記憶と照らし合わせてみると、エルフの都合のいいように書かれている部分もある。
ユルバンはフゥゥ、と静かに長いため息を吐いた。
(何割が、ポンコツだって言ってたっけ……?)
最早エルフ全てがポンコツに見えてきた。犬猿の仲であるドワーフも何となくそれには気づいているのだろうが、世間に公表するとかそれをネタにエルフを脅すことはしていない。
「うん?」
ユルバンは首を傾げた。
「脅す……?」
いやいや、とユルバンは想像していたことを振り払って日記と向き合った。まさかそんなことは起きないだろう。
う〜ん、とユルバンはこめかみに人さし指を押しつけて唸った。
(師匠の血の記憶は本人の記憶力によらず、本人が経験したことを血が記録しているものだから、まず間違いはないんだよなぁ。まぁ、日記は書いた本人の主観だから多少脚色することもあるかもしれないけれど)
それにしても、とユルバンは改めて紙の山を見渡す。
「虫垂についての日記はどれだ?」
まだまだ目を通していない日記は沢山あるが、それでも見つからないというのは中々骨が折れる。
エルフのルーツだけを綴っているのか、それとも別の話題と一緒に綴られているのか。身内でも探し切れないのだから、部外者であるユルバン達が探し出せる訳がない。
(できることなら早急に終わらせたい。じゃないとマギアさんのメンタルがもたない!)
ユルバンは両手で頬をパチンと叩いて己を鼓舞する。エルフのためではない。師のためでもない。マギアと自分のためにやるのだ。
(俺も早くこの地下室から出たい!気が滅入ってくる!)
以前、マギアが日本の有名なゲームをプレイしていた時に、ボスを倒さないとその空間から出られないというのがあった。
ユルバンはマギアがプレイしているのを隣で見ていたのだが、永遠と続くモノクロの世界に気が滅入りそうだった。そしてまさに今、その時と同じ気持ちである。おまけにずっと同じ姿勢で座っているから、絶対血行が悪くなっている。
(埒があかない……もういっそ偽造してしまおうか?)
邪な考えが浮かんだ刹那、一枚の日記が床に落ちた。
ユルバンは気怠げにそれを拾って目を通した。トネリコなる魔法使いとの出会いが記されている日記のようだ。
そういえば、とユルバンは杖を振って何枚かの日記を抜き出して宙に並べた。
「気にはなっていたけれど、トネリコって魔法使いの名前がちょいちょい出てくるんだよなぁ。旧文明時代に魔法使いは珍しいから、何者だろうとは思っていたけれど……」
魔法使いという存在が登場するようになったのは今の時代が始まってからで、何しろそれまで魔法という概念はなく、神や精霊といった極一部の存在が使っていた権能という神通力のようなものしかなかった。
旧文明時代が滅んだ後の新時代で一人の人間の王が、権能を人間でも使えるようにしたのが魔法である。つまり、魔法とは権能の劣化版である。
要するに、旧文明時代に魔法使いなる存在がいる筈がないのだ。
「────けれど、このトネリコは自ら魔法使いと名乗っている。神が遣わした天使か、それとも全く別の存在か。わっかんない……な〜……」
ユルバンは一枚の日記に目を留めるとビョンッ、と跳んで掴んだ。
何度も何度も読み返し、幾度も幾度もまばたきをしてから日記を天高く掲げた。
「あったあぁぁぁぁぁ!」
十九話目を読んでくださり、ありがとうございます。早いもので後一話で二十話に到達します。これからも楽しく書いていけたらと思います。
次回もご縁がありましたら、よろしくお願いいたします。




