十八話 千年日記【11】
こんばんは。十八話目です。よろしくお願いいたします。今回から前書きに少し挨拶を入れていきたいと思います。
種族の独自設定が含まれています。
ゴンッ、とノイモーントはグラスをテーブルに荒々しく置いた。その額には青筋が浮かび、歯を食いしばっている表情から並々ならぬ怒りが窺える。
フォルモントは読んでいた本を静かに閉じた。
「ノイモーント。果実酒は静かに嗜むものですよ」
「けれど姉上────!」
フォルモントは荒れる弟に鋭い視線を向けて制した。ノイモーントは姉には頭が上がらない。
エルフは地上で最も優美な種族。神に愛され、短命種である人間から羨望の眼差しを向けられる高貴な存在────だった。
今やかつて人々の敵だった悪魔が昨今では様々な媒体で取り上げられ、中には美男美女の姿で人間と大恋愛をするというストーリーのものまである。そう、時代は変わったのだ。
ダンッ、とノイモーントは両腕でテーブルを強く叩く。
「時代変わり過ぎだろおぉっ!しかも何!?ニッポンていう国では執事やっちゃったり、悪魔のみならずエルフに負けじと劣らずの綺麗な鬼まで出て来ちゃったりさぁ!エルフより美男美女じゃん!?」
「落ち着きなさい!卑屈にならない!後、うるさい!」
三度姉に叱られノイモーントはぐぬぅ、と下唇を噛んで押し黙った。
怒りを抑えられない弟を見やると、フォルモントは大きなため息を吐く。
「確かに悪魔は神の仇敵ではありますが、人間の中にはそうは思わない者達もいます。特に昨今の人間は悪魔を魅力的に描くことに長けています。外見のみならず、内面までもかっこよく、丁寧にキャラ設定を練り上げており、これに惹かれない者はいません。かつて、我々が敵として屠ってきた者達は今や人気コンテンツに昇華しているのです」
「………詳しいですね、姉上」
フォルモントはんんっ、と咳払いをしてノイモーントに向き直る。
「兎に角!エルフは古来より神から愛されてきた種族です。貴方はどんと構えていればいいのです!」
はっきりと言い切る姉の圧に押され、ノイモーントは釈然としないながらもはい、とぎこちなく頷いた。
チッ、とゾンネは鋭い舌打ちをしながらユルバンとマギアを見下ろした。
エーアデとミルヒシュトラーセを気絶させて部屋を出て来たものの、地下室にはエーアデがいないと入れないことに気づき、一人と一匹は地下室の入り口前で途方に暮れてしゃがみ込んでいたのだ。
チッ、と二度目の舌打ちをするゾンネにユルバンは苦笑いを向けることしかできなかった。
「いや〜……困った困った。ははは……」
「ヘラヘラしやがって……」
ゾンネはユルバンのへラァ、とした笑顔を見て三度目の舌打ちをした。流石に三度目ともなるとマギアも見過ごせないようでジジジジジジ、と竜鼠特有の警戒音を出して応戦した。
「やめなよ」
ユルバンはマギアを窘めると、臨戦体勢の彼を抱えて立ち上がった。
「頼まれた以上、何があろうと最後までやらせてもらうので!」
キリリッ、とユルバンは爽やかなキメ顔を作った。経験上、爽やかさを演出していればまず悪い印象は与えない筈。
「清々しい……」
モーントがそう呟くとゾンネはえぇ、という表情を浮かべた。
「この一切悪びれない感じ、ルシファーにそっくりだ。何か腹立つ」
(あれ!?印象悪いな!?)
ゾンネとモーントの反応が想像していたものと違い、ユルバンは困惑した。どうやら爽やかさが裏目に出たようだ。
ゾンネがやや引き気味に何かを差し出したので、ユルバンは怪訝に思いながらもそれ受け取った。見るとペンダントよりも一回り位大きな円形の銀細工だった。
ユルバンがあんまりにもしげしげと眺めるものだから、ゾンネは呆れた様子でため息を吐いた。
「魔法使いのくせにタリスマンを知らないのか?それにはエーアデ様の魔力が込められている。もし、自分に万が一のことがあったらお前らに渡してくれと頼まれていたんだ」
ほぉ、とユルバンは頷いた。
無論、タリスマンは知っていたが、あまりにも綺麗な銀細工だったので感動していたのだ。
流石、白銀の種族と呼ばれるエルフ。細く伸ばした銀を幾重にも折り重ね、その中にさりげなく紋章を組み込む緻密さはまさに職人技だ。
「励めよ」
短めの激励を贈るとゾンネとモーントは去って行った。その背中に向かってマギアはシュシュシュッ、と素早く連続パンチを繰り出した。
(抱えておいてよかった……)
ユルバンは、魚眼をめいっぱい剥き出しにしてパンチを続けるマギアを見下ろしながら安堵した。
受け取ったタリスマンを円柱にかざすと、入った時同様扉が開いた。やはりこの扉を開けられるのはエーアデだけなのだ。或いは、彼の祖母であるミルヒシュトラーセも開けることができるのかもしれないが。
極一部の者の立ち入りしか許されない地下空間。そこに隠されたエルフのルーツ。美しく、気高く、誰もが憧れる種族としてのプライドなのか、虫垂から派生したという事実を余程隠したいことが窺える。
(そんなに虫垂が嫌なのかなぁ。ルーツがわかっただけでもいいと思うんだけれど……)
ユルバンはマギアを抱えたまま昇降機に乗り込んだが、マギアは相変わらず警戒音を出しっぱなしである。そんな相方にユルバンは頭を抱える。
(どうして師匠はマギアさんを同行させたのかなぁ?こうなるってわかっていただろうに)
どうせならニルに来てもらいたかった、とユルバンはここにいない、よくできたルシファーの養子を恋しく思った。それに、ニルはルシファーの養子ではあるがエルフから一目置かれているので、マギアよりは話が通り易かったのではないかと思う。
昇降機が最下層につくとマギアはピョンッ、とユルバンの腕から抜けて着地した。
「………悪ぃ」
マギアは振り返ることなく、ユルバンに背中を向けたまま謝罪した。項垂れており、毛艶も何となく悪く見えた。
ユルバンはいや、と言ったもののそこからどう言葉を繋げばいいかわからず、黙ってしまった。
マギアはルシファーに敵意を向ける者達が嫌いだ。それは彼と親しい者の間では周知されており、本獣が嫌がるようならなるべく関わらせないという暗黙の了解があった。
無論、ルシファーも知っていることだが今回彼は敢えてマギアをエルフに関わらせた。頭ごなしにルシファーを否定するエルフとマギアを鉢合わせたらどうなるか、想像できない訳ではなかっただろう。結果として、マギアは今おそらくとんでもないストレスを抱えている。
ユルバンは島を訪れた時のマギアの様子を思い出していた。あの時、マギアはユルバンの肩の上で何やらブツブツ呟いていた。何を言っていたのかは聞き取れなかったが、もしかしたらそんな自分を抑え込もうと自己暗示をかけていたのかもしれない。
フゥ、とユルバンはマギアに悟られぬよう静かに息を吐いた。
(帰ったら師匠をとっちめてやる)
もしかしたらルシファーは荒療治のつもりなのかもしれないが、それでもこれはあんまりだ。流石のユルバンも師を一発殴らなければ気が済まない。
ユルバンは杖を取り出して軽く一振りすると、魔法の鞄を取り出して鍵を開けてマギアに無言で差し出した。
しょぼくれた様子で振り返ったマギアは、ペコリと頭を下げるとすごすごと鞄に入って行った。
マギアが鞄に入るのを見届け、ユルバンは静かに鞄を閉めた。
(さっきは意気込んでいたけれど、虫垂の頁は俺一人で探そう)
ユルバンは鞄を自分の見える所に置くと、杖を振って作業を再開した。
十八話目を読んでいただき、ありがとうございます。早いものでもう書き始めて後二話で二十話目になります。最初はこんなに書き続けられると思っていなかったので、正直自分でも驚いています。
次回もご縁がありましたら、よろしくお願いいたします。




