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十七話 千年日記【10】

身体の欠損等の表現があります。

 虫垂(ちゅうすい)とは、盲腸から少し飛び出した五センチから十センチ程の大きさのひょろっとした臓器である。普段は存在感のない臓器だが、ある時とてつもない激痛を発して己の存在を誇示して摘出されるので、一体何のためにあるのだろうと疑問に思われてきた。

 だが、近年虫垂が免疫機能に関わっていることが判明し、ようやくその役割が世間に周知されるようになった。


 虫垂、と叫ぶミルヒシュトラーセに圧倒され、ユルバンとマギアは半歩身を引いた。彼女が一体何に対してそんな感情的になっているのか、一人と一匹にはわからなかった。

 ミルヒシュトラーセは虫垂と絶叫した後、ワナワナと身体を震わせて両の目から大粒の涙を溢し始めたので、ユルバンは更に半歩引いた。これではまるでユルバン達が泣かせたみたいだ。

 取り乱しつつある祖母を見かねたエーアデが説明を引き継いだ。

「大天使ルシファーが堕天した際、地上に全身を強打して肉と骨をぶち撒けたのはご存知ですか?」

「そんなゴミをぶち撒けたみたいな言い方しなくても……」

 ユルバンが渋い顔で言い返しても、エーアデは構うことなく話を続ける。

「飛び散った彼の肉片や骨から様々な生き物が生まれました。幻獣、魔獣、そしてドワーフ等────様々な不思議生命体を次々と地上に送り出しました。そして、我々エルフもまた()()()()()()()()()()()()

 エーアデの言葉にユルバンとマギアは揃って眉間に皺を寄せた。何故ならそれはあり得ないからだ。エルフは神が対ルシファーのために創造した────そう言われている。

(あ────)

 そこでユルバンはあることに気がついた。エルフは神が生み出した神聖なる眷属、そう周知されているがあくまでそれはエルフが周囲に言って回っていることであって、神自ら宣伝した訳ではない。何より彼らの正確なルーツはわかっていないのだから。

 成る程なぁ、とマギアが口を開いた。

「つまり、エルフはルゥの虫垂から派生した生き物なんだな?」

 マギアの問いにエーアデは無言で頷く。

(あぁ。それでさっきミルヒシュトラーセは虫垂って叫んでいたのか)

 ユルバンは納得しながらも、虫垂とはまた微妙な器官からこんな綺麗な種族が生まれたものだ、と思った。虫垂が悪いとは言わないが、ファンタジーの中心にいるエルフならもっとメジャーな臓器から派生しそうなものだが。

 ワッ、とミルヒシュトラーセが声を上げてくずおれた。

「虫垂なんて、何のためにあるかわからない臓器な上に痛みを生じたら即摘出対象!そんな物から生まれたなんて、一族の皆に言える筈がありません!」

「最近の研究で免疫系に関係していることがわかったんだぜ?それに、何も切り取らなくても薬で散らすってこともできるからよぉ」

 マギアが精一杯のフォローをするものの、ミルヒシュトラーセは頭を左右に激しく振って否定する。

「その情報が全世界に周知されているかなんて、わからないじゃないですか!」

 彼女は両目をクワッ、と見開いて喚き散らすその顔は般若のようである。

 確かに、とユルバンとマギアが揃ってぎこちなく頷くと、彼女はわあぁん、と幼子のように泣き出してしまった。

 つまり、あの日記にはそのことについて書かれたページがあるということだ。だから、身内にあの部屋の片付けを命じることはできない。事情を即座に理解し、尚且つ口が硬いルシファーならと日記の整理を依頼しようとあの魔王を拉致したのだ。

(ゾンネとモーントに指示を出したのはエーアデだけれど、計画を立てたのはミルヒシュトラーセなんだろうな)

 ユルバンは人目も憚らずに大泣きするミルヒシュトラーセを遠い目でみつめながら確信した。

 ユルバンとマギアはそこまでしっかり読み込んでいないから、いつの日付けの日記にそれが書かれているのかはわからない。だが、ミルヒシュトラーセはそれを誰よりも早く見つけ、身内に知られる前にどうにかしなくてはと慌てたのだろう。

(編纂という名目で、そのページだけ抜いて処分するつもりだったんだろうな)

 ユルバンはチラリと肩に乗るマギアに視線を向けると、竜鼠(りゅうそ)は目も口も半開きの状態でオイオイ泣くエルフを見下ろしていた。多分、呆れて何も言えないのだろう。

 そう、先日のルシファー拉致未遂事件も今回の編纂も、エルフにとっては絶命してしまう程重大な案件かもしれないが、それ以外の者にとってははっきり言ってどうでもいいことなのだ!

 ユルバンはじっくり思案してから、くるりと身体の向きを変えて部屋を出て行こうとしたのだが、ガッシと背後から凄まじい力ではがいじめにされてしまった。

「うわっ!?」

 突然のことにマギアはバランスを崩して、危うくユルバンの肩から落ちそうになり、思わず野太い声を上げた。

 当のユルバンは身体が動かないので首だけをめぐらせて後ろを振り返ると、エーアデが必死の形相でしがみついていた。まるでホラー映画のワンシーンみたいだ。

「おばあ様が泣いてしまったでしょうが……!責任を取って最後までお付き合いをお願いします!」

「脅されているのか、お願いされているのかわからない……」

 エーアデの脅迫とも懇願とも取れる言葉に、ユルバンは呆れてつっこみを入れた。

 マギアは大きな溜息を吐くと、腹部の袋から彼の身の丈よりも大きいハリセンを取り出し、くるりと向きを変えてまずユルバンにしがみつくエーアデの脳天に一発、次いでその勢いのまま宙に跳ぶと大泣きするミルヒシュトラーセの脳天にも一発くらわせて華麗に着地をした。二人のエルフはギャッ、ミッ、と鳴いてその場に倒れた。

 ユルバンはやれやれ、と気絶したエーアデを剥がすとキリッ、とした表情でハリセンを肩に担いで直立するマギアに歩み寄った。

「そのハリセンって、魔法的補助効果がついていたりする?」

 そうユルバンが尋ねるとマギアはうん、と頷いた。

「叩いた相手を一時的に気絶させる力を付与してある。ルゥが時々暴走するからな。それ対策だよ」

 そう説明するとマギアはハリセンを腹部の袋にしまった。暴走、と聞いてユルバンはふと過去の記憶を遡ってみた。

(………()()も暴走に入るのかな?)

 さて、とマギアは気絶するエルフ二人を見比べる。

「まぁ、正直オレらにとってはどうでもいい案件ではあるが、引き受けたからには最後までやってやろうじゃないか。それに日記を見つけることができれば、何かの時に使えるからな」

 それもそうか、とユルバンは納得した。エルフに恨みはないが、弱みを握っておいて損はない。

 マギアは気絶するエーアデとミルヒシュトラーセを魔法で浮かせると、モコン、と雲を二つ創り出すとその上に二人を寝かせた。

「羊雲────さて、取り敢えずこれでいいだろ。オレ達は作業に戻って虫垂の日記を見つけるぞ」

 そう言うとマギアはスタスタと扉に向かって歩き出したのだが、すんでの所でビタッ、と立ち止まった。

 どうかしたのだろうかとユルバンが歩み寄ると、マギアは振り返らずに口を開いた。

「駄目だ。外に二つの気配を感じる。多分、ゾンネとモーントだ」

 有事の際に、とエーアデかミルヒシュトラーセがこっそり配置したのだろう。エルフはポンコツと言っていたが、中々(したた)かな種族だ。

 ユルバンは首を傾げる。

「さっきのやり取りは部屋の外に聞こえなかったのかな?かなり騒いでいたと思うんだけれど……」

 そもそも、ミルヒシュトラーセが大泣きした時点で部屋に突入して来ないのはおかしい。主人の悲痛な泣き声が聞こえたら、理由はどうあれ血相を変えて部屋に駆け込んでくる筈だ。

 怪訝な表情を浮かべるユルバンとは反対に、マギアは得意げに荒々しく鼻息を吐いた。

「邪魔が入らないよう、入室前にオレが遮音の結界を張っておいたからな!中の物音は外に絶対に漏れない!」

 マギアの説明が終わるか終わらないかの所でユルバンは彼を小脇に抱えると、突如テラスから外に飛び出した。直後、扉が開く音と誰かが喚き散らす声が頭上から聞こえてきた。おそらく、喚いているのはゾンネだろう。

 ユルバンはテラス下に生い茂る木をクッション代わりにワンバウンドして地面に下りた。エルフ達が居を構えている所は輝かしかったが、下は鬱蒼としていて何かが潜んでいてもおかしくはない雰囲気だ。

「あっ!」

 ユルバンはあることに気づいて思わず声を上げた。

「……しまった。あの地下の鍵開けられるのエーアデだけじゃん」

 ユルバンが突きつけた事実に、マギアは魚眼をキョロキョロさせて思考を巡らせてから全身の毛を逆立ててヒャーッ、と悲鳴を上げた。

 





 

 十七話目を読んでくださり、ありがとうございます。

 自分で書きながら登場人物の名前がゴチャゴチャになってしまうことがあり、特にエルフの名前はやたら長かったりするので、何度もノートを見返しながら書き進めていました。多分、これからもそうやっていくんだと思います。

 冒頭でも少し書きましたが、虫垂にそんな重要な役割があったことは私も最近知ったばかりで、人体の不思議解明の瞬間でした。世の中まだまだ知らないことが沢山あります。小説を読んだり書いたりしていると、知らなかったことを知ることができるので、勉強になります。

 長い後書きになってしまいましたが、ご縁がありましたら次のお話もよろしくお願いいたします。

 

 

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