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十六話 千年日記【9】

既存の種族に独自設定を加えています。

 ミルヒシュトラーセ────現エルフ長エーアデの祖母であり、島に住む最高齢のエルフである。可憐な容姿と柔和な性格だが、扱う魔法は苛烈なものばかりで、見た目で判断するなという良いお手本とユルバンはルシファーから聞いたことがあった。また、フォルモントの魔法の師でもある。

 いざ本人を目の前にしてみると、確かにふわふわしていて一見隙だらけに見える。素人なら即座に何かしら仕掛けるのだろうが、魔法の心得があるユルバンは試そうという気は起きなかった。

(この人、自分の周りに結界を張っているな。余程の感知能力を持っていないとわからない位薄いけれど、強力な結界だ)

 常に発動しているのか、それともユルバンとマギアを警戒して張っているのかはわからないが、この手の結界は大抵攻撃を術者に跳ね返すカウンター攻撃を兼ねている。下手に手出しすれば、こちらが痛い目を見る。

(師匠なら突破できそうではあるけれど……)

 どんな結界でも無効化してしまうルシファーならば、拳一つで彼女をノックアウトさせてしまうだろう。だが、ユルバンにその(ちから)はない。

 ミルヒシュトラーセは、ふふっ、と可愛らしい笑みを浮かべる。

「貴方、賢いのね。それとも高い感知能力の持ち主なのかしら?」

「獣の勘、みたいなものかな」

 ユルバンが否定すると、ミルヒシュトラーセはふぅん、と顎に人差し指を当てて頷いた。

「成る程ねぇ。ルシファー様も以前同じことを言っていたわ。貴方はルシファー様の写し身みたいなものだから、似ているのかもねぇ」

(写し身────成る程。そういう風に見られているのか)

 ユルバンは接点の少ないエルフから何故毛嫌いされているのか、合点がいった。

 要は彼らが嫌っているルシファーとユルバンが、性格はさておき何から何まで似ているから気に入らないのだ。所謂、コピーみたいなものだから彼らにとっては目の上の瘤が二つあるようなものだ。

 マギアはユルバンの肩の上で何度か首を傾げてから、

「あんたはルゥのことを悪く言わないんだな」

 と、言った。

 マギアの言葉にミルヒシュトラーセはきょとんと目を丸くしたが、コロコロと鈴を転がしたような声で笑った。

「あら!ご存知ないのね。ルシファー様は実は女性人気が高いのよ。元は天使達をまとめていた大天使だし、今は魔界を治める魔王。必ず頂点を極めるお方なのに、それを自慢したりせず威張らない所が良いのよ」

 頬に両手を当ててキャッキャッするミルヒシュトラーセを遠い目で見つめながら、ユルバンとマギアは同じことを思っていた。

(エルフがルシファーのことを嫌う最大の理由がわかった────!)

 神の仇敵だとか、悪魔の首魁だとか、そんな高尚な理由などではなく、おそらく単純にモテるから嫌いなのだ。

 マギアは魚眼を半開きにして、呆れた表情を作った。

「……あいつ、阿呆の中の阿呆だぞ?」

 この珍獣、とても親友と豪語している(ひと)の発言とは思えないことを言う。

「あら!でも、浮気はしないでしょう?グウィネヴィア様一筋ですもの!」

 ミルヒシュトラーセはまたしてもキャッキャッはしゃぐ。どうやら彼女は殿方の噂話や恋話が好きなようだ。

 ルシファーに側室はいない。現在記録されている彼の子ども達は全て正室グウィネヴィアとの間に設けられた。

 グウィネヴィアは非常に嫉妬深い妃で、ルシファーが側室を持つことを認めなかった。ルシファーはグウィネヴィアの身体に負担をかけまいと側室の話を持ちかけたことがあったらしいが、妃はそれを頑として認めなかった。ただ認めないだけならまだしも、自分以外の女性に手を出したらその相手を殺すとまで言ってルシファーを脅したという噂があり、それは堪らないとルシファーは側室を諦めたという。

 ユルバンはうぅん、と小さく唸った。

「浮気したら、王妃に殺されちゃうからねぇ……」

 へぇ、とミルヒシュトラーセは意外と言いたげな表情をした。

「グウィネヴィア様って穏やかな方だけれど、そういう所はちゃぁんと竜種なのねぇ」

 うふふ、とミルヒシュトラーセは悪戯っぽく笑うとやや冷めた目をユルバンに向ける。

「────貴方は、どうなのかしら?」

 ユルバンはおっ、とやや身構える。どうやら彼女はユルバンの過去を知っているようだ。

(それはそうか。気になる殿方の後継者だもんな。色々調べてはいるだろう)

 ミルヒシュトラーセは噂好きな所がある。ルシファーの最有力後継者であるユルバンのことを調べない訳がない。噂にしろ歴史資料にしろ、何かしらの方法で調べたのだろう。

 ユルバンはニコッ、と微笑み返す。

()()、問題ないよぉ〜」

 うふふ、あっはっはっ、とお互い笑い返すが二人共目が笑っていない。この状況に流石のマギアもハラハラしているようで、ユルバンの肩の上で二人を交互に見比べている。

 んんっ、とエーアデが咳払いをして場の空気を変えた。

「お祖母様。話が逸れています」

 孫に注意され、ミルヒシュトラーセはぶぅ、と頬を膨らませて拗ねる。

「わかっているわよぉ。くそ真面目な子ねぇ」

 もしかしたら、エーアデの一族はミルヒシュトラーセのような性格のような者が殆どで、エーアデは突然変異体なのかもしれない、とユルバンとマギアは思った。

 ミルヒシュトラーセは不貞腐れながらも本題を話し始めた。

「あの日記は、あたくしの父の物ですの。最初はこうした部屋に置いていたんですけれど、日に当たって紙が劣化してしまうので、ルシファー様に相談したらあの地下空間を造ってくださったのです」

 何も地下に部屋を造らなくてもカーテンや布等で光を遮ればいいような気もするが、エルフの居住にはカーテンの類が一切ついていないので、カーテンという物の存在すら知らない可能性がある。

(ブラインドなんて物はもっと知らないだろうな……)

 ユルバンはミルヒシュトラーセの話に黙って頷いた。何も言うまい。

 ミルヒシュトラーセは話を続ける。

「正直、あの量の紙束を整理するのは嫌でした。だって何百年かかるかわかりませんもの。それでも、父の日記ですから娘のあたくしがどうにかしなくてはと思って整理をしていたんです」

 突如、ミルヒシュトラーセは俯くとフルフルと小刻みに震え出した。ユルバンとマギアは訳がわからず、思わず身構えた。

「見て、しまったんですの……」

「な、何を……?」

 マギアが聞き返すと、ミルヒシュトラーセは恐怖の表情を浮かべながら顔を上げた。

「虫垂……でしたのよ……!」

 彼女が溜めに溜めて絞り出した回答に、マギアは魚眼を半開きにして首を傾げた。


 

 十六話目を読んでくださり、ありがとうございます。

 登場人物が増えて把握するのが大変ですが、その分書くのが楽しいです。自分の頭の中で考えたことが実現できてしまう、とても便利な世の中になったものです。

 次回もご縁がありましたら、よろしくお願いいたします。

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