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十二話 千年日記【5】

 差別的な表現があります。

 ユルバンは杖を振りながら、膨大な日記を年代順にまとめていく。

 当初はどうなることかと思ったが、マギアが書類整理の魔法を教えてくれたため、当初の予定よりどうにか早めに終わりそうではあった。

 マギアは元は人間であり、死後自身の魂と記憶を竜鼠(りゅうそ)の死体に移して定着させた。一国の王だったマギアは膨大な情報整理のために、この魔法を考案したのだとか。

 手を動かしながらマギアはユルバンに声をかけた。

「年代順にまとめたら、次は分類ごとにまとめるぞ」

「分類?」

 ユルバンが聞き返すと、マギアは頷いた。

「日常的なこと、歴史的なこと────書いてあるテーマごとに分けてそれぞれにまとめる。何も一冊にしなくてもいいだろ。分厚くなっちまう」

 確かに一冊にまとめろとは言われていない。編纂してくれと頼まれたのだ。最終チェックはエーアデがするにしても、ある程度はこちらのやり易いようにさせてもらってもばちは当たらない。

「うん。そうだそうだ」

 ユルバンはうんうん、と頷く。

 文句を言われたらその時考えればいい。批判、誹謗中傷、罵倒は経験済みのユルバンはそれらの回避方法を知っているから問題はない。問題なのはこれらの日記が片付かないことだ。

 雑談等はしつつも一人と一匹は決して手を休めず、ひたすら仕分け作業を続けた。そのお陰か紙束の山は少しずつまとまっていき、徐々に部屋の様相が見えてきた。

 紙に埋もれてよく見えなかったが、この部屋には長机と椅子が元々いくつか配置されており、どうやら机の上と床に日記が重ねて置かれていたようだ。机も椅子も向きはバラバラでやや乱雑に置かれており、ただ置かれているという感じで使ったような形跡は見られなかった。

 日記を年代順にまとめ終えると、ユルバンとマギアは今度はそれらをジャンルごとにまとめ始めた。

 手近な長机の上に分類され終えて積み上がった日記を見ながら、ユルバンとマギアは遠くを見るような目でそれらを眺めた。

「歴史的な記述が圧倒的に少ねぇ……」

「その代わりに愚痴や悪口枚数が全体の八割を占めている、かな……」

「まぁ、日記だもんな」

 まさかエーアデの高祖父も、後年になって自身の日記がこんな風にまとめられるとは思ってもみなかっただろう。

 エーアデとしては、一族にまつわる歴史的な出来事を期待しているのだろうが、所詮日記は日記。流石に清少納言のような文才はなかったようで、直で暴言が書かれていた。

 ユルバンはう〜ん、と唸った。

「俺はエーアデの高祖父に会ったことはないけれど、この人もしかしたら日記でストレスを発散していたんじゃないかな?」

 (おさ)としての重圧と責任、それらから一時的に逃れるためにも、彼はただひたすら綴ったのかもしれない。己を保つために。

 他種族への悪口が殆どだが、中には身内に対する愚痴も多々見られる。内側と外側に対して、とてつもないストレスを感じていたことが窺える。

 マギアは二足で直立すると、前脚を組んだ。

「裏表が激しいというか、とてつもないストレスに晒されていたんだなぁ。エーアデの高祖父といえば、ルゥと真っ向からぶつかった珍しいエルフだ。ただ、案の定返り討ちにあったみたいだが……」

 ユルバンは杖を振ると、仕分けされた山の中から一枚の日記を取り出してマギアに渡した。

「多分、これは師匠のことだと思う」

 マギアは魚眼をぱちくりさせると、渡された日記に目を通した。そこにはこう記されていた。


「零落した身でありながら、我が軍を壊滅寸前まで追い込む醜い化け物。しらす王、許すまじ」


 マギアは首を傾げる。

「しらす王……?」

「師匠のことだよ。ほら、師匠は小柄だし、色がとても白いだろ?だから、しらす王」

 ルシファーは病的なまでに白い肌をしており、美しさを通り越して顔色が悪く見られることがある。その異様なまでの白さと小柄な体躯から、小さくて白い()()()に例えられたのだろう。

 ケッ、とマギアは大きな舌打ちをした。

「負け犬の遠吠えが!帰りに奴の霊廟にドリアンをお供えしちゃろう」

「そんなことしたら、師匠に言ってカード止めてもらうから」

 ユルバンが脅すとマギアはギシャアァッ、と威嚇音を出して背中の毛を逆立ててキレた。

 マギアはルシファーからクレジットカードを渡されており、それでゲームを買いまくっている。無論、購入前にはルシファーに許可取りをする約束になっている。ゲーム好きなマギアにとって、カードを止められることは死活問題なのだ。

 アリクイのように直立して威嚇態勢を取るマギアを余所に、ユルバンはある程度片付いた部屋の中を歩いてみることにした。

 改めて見ると物凄く広い空間だが、生活に必要な設備は見られない。机と椅子が適当に置かれてはいるものの、調べてみると殆どががたついたり、老朽化しているため何か作業をしたりということも難しそうだ。ただ、部屋自体は掃除が行き届いているようで、埃っぽさはない。

(誰かが定期的に掃除をしているのか)

 考えられるとしたらエーアデだ。ここに入る時魔法による施錠を解除した所を見ると、彼以外はここに立ち入れないようになっているのだろう。

 ユルバンは振り返り、積み上げられた紙束に目をやる。その横で相変わらず威嚇しているマギアは放っておこう。

(この部屋にあるのはあの日記だけ。そして、ここに出入りできるのはエーアデだけ。けれど、この日記整理のために彼は態々師匠を拉致しようとした。その計画は頓挫したけれど、師匠の代わりに俺とマギアさんが派遣された……)

 ユルバンは日記から目を逸らす。

(師匠はこの日記の存在を知っている)

 何しろここの空調設備をエーアデに売ったのはルシファー本人だからだ。

(ただの日記なら、態々外部の者に整理を手伝わせたりしない。けれど、エーアデは師匠に頼もうとした。身内に頼めばあんな拉致事件なんて起こさなくて済んだのに。それってつまり、この日記を他のエルフ達に見せたくなかったから?)

 エルフの歴史や価値観を百八十度回転させるだけの情報がこの日記の中にある。そして、そのことをルシファーは知っている。だからこそ、エーアデは事情を知っているルシファーに頼もうとしたのだ。

(エーアデの高祖父は一族に秘密があって、それを日記に記した。そして、その秘密を師匠は知っている)

 ユルバンは腕組みをして思考を巡らせ、ある可能性が浮かんだ。

(………まさか、脅迫、とかしてないよな?)

 ルシファーの昔からの手口で、権力者の秘密を握ってそれをネタに脅して大金を巻き上げることが多々あった。主に王族や貴族に対してやっていたようだが、それと同じことをエルフにもやっていないとも限らない。

 エルフとルシファーの確執がいつからあったのかはわからないが、もし脅されたことで一族の危機を感じたエーアデの高祖父がルシファーに戦いをふっかけたのだとしたら納得がいく。エルフも軍や戦闘技術を持っているが、ただ神の仇敵というだけでルシファーを攻撃するような種族ではない。何かもっと別の決定打があった筈だ。

(日記を整理すれば、それがわかる……?)

 確証はないが、その可能性はある。何しろエーアデの高祖父の日記は人の悪口や暴言が殆どだからだ。全部に目を通していないが、もしかしたらまだルシファーのことを書いている日記があるかもしれない。

 ならば、とユルバンが思い立った刹那、ガブリ、と頭に何かが覆い被さってきた。訳がわからずきょとんとしていると、次いでジンジンと痛みが伝わってきた。

 がばっ、と頭を両手で触るといつの間に近づいていたのか、マギアがユルバンの頭頂部にがっつり噛みついていた。竜鼠(りゅうそ)の細かい牙がギリリとユルバンの頭に食い込む。

「痛たたたたたたたたたっ!?」

 ユルバンは何とかマギアを剥がそうとするが、執念なのか中々離れない。そこでユルバンはあることを約束した。

「わかったよ!わかったから!カードは止めないから!」

 するとマギアはぺっ、と頭から離れてユルバンの肩に乗っかった。

「わかりゃぁいいんだよ。わかりゃぁ」

 ユルバンは既に再生した傷口を撫でる。たかがカードで暴力に出るとは思わなかった。

 ユルバンがしょんぼりしていると、部屋全体に鈴のような音が鳴り響いた。どうやら発生源は昇降機付近のようだった。

  

 十二話目を呼んでいただき、ありがとうございます。

 まさか十二話まで続くとは思ってもみませんでした。でも、ここまできたからには程よい速度で駆け抜けて行きたいと思っています。

 ただ、書いていて思うのは物語を書くのって難しいです……。

 次回もご縁がありましたら、よろしくお願いします。

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