十一話 千年日記【4】
独自設定があります。文化に関する記述がありますが、実在する個人や団体とは一切関係ありません。
ユルバンとマギアがエーアデに連れて来られたのは、館の最奥にある地下空間だった。
一行は鬱蒼と生い茂る渡り廊下を進み、蔦が何重にも絡みついて手入れがされていない円柱の建造物まで案内された。扉も窓も見当たらないそれは、一見ただの柱のようだがエーアデが手をかざすと紋章のようなものが浮かび、低い音を立てながら扉が開いた。中は薄明かりが灯された何もない空間が広がっているだけで何もなかった。
エーアデが一人と一匹を中へ促すと、彼自身は部屋の中央に立ち、ぐっと床を踏み込んだ。すると、起動音と共に床が降下し始めたではないか。どうやらこの円柱の建物は地下に降りるための昇降機になっており、床の中心にそのスイッチがあるようだ。
降下中は真っ暗闇で何も見えない。風と、機械音と、肩に乗ったマギアの爪が自身の身体にギリギリと食い込む激痛しか、ユルバンにはわからなかった。
どれ位降りたのかはわからないが、昇降機が徐々に減速し始めかと思うとゴォン、と重い音を立てて昇降機がゆっくりと止まった。
最深部は薄暗い明かりに照らされた地下空間になっており、その室内には大量の紙束が積み上げられていた。
エーアデが先に下りると、ユルバン達も続く。
所狭しと紙束の山が置かれているからわかりにくいが、いざ歩いてみるとこの地下空間自体はそれなりに広さがあるようで、中々奥が見えなかった。
ユルバンが部屋の広さに感心していると、肩の上でマギアがブルルッ、ブルルッ、としきりに身震いをしていることに気がついた。
これはマギアの癖で、本人が拒絶反応を示した時に現れる。先程、エーアデが部屋に入ってきた時も全身の毛を逆立てて震えていたのは、ルシファーを嫌悪するエルフという種族に対する拒絶反応だ。
ユルバンはなるべく気にしないようにしていたが、何しろ毛が頬に当たるためどうしたって気になる。
ちらりと横目でマギアを見ると、やはり時々ブルルッ、と全身を振っている。
「マギアさん。大丈夫?」
ユルバンがこそっ、と尋ねると、マギアはうぅ、と唸って頭を抱えると肩の上でうずくまってしまった。拒絶反応ではなく、具合が悪いのだろうか?
(それにしても────)
終わりの見えない広い空間に、ユルバンはただただ圧倒されていた。かなり歩いているように思えるが、一向に壁に当たらない。これだけの書物が入る部屋を態々工事をして造ったとは考えにくいため、おそらく魔法で空間を拡張しているのだろう。窓は見当たらないが、積み上げられた紙がそれ程劣化していないところを見ると、空調設備が整っていると思われる。
部屋の様子を見たユルバンは、エーアデに尋ねた。
「空間内の湿度と温度が適切に保たれているんだね。魔法かい?」
エーアデは振り返ることなく首を横に振った。
「いえ。ルシファー殿が寄贈してくれた空調設備のお陰です」
「買ったのかい?」
「いいえ。銀と交換しました」
それは買ったのだ────と、ユルバンは言いたかったが、そう、と頷いて流すことにした。
エルフは金銭感覚というものが乏しい。そもそも、あまり外の種族と交流をしない彼らに金というものは不要なのだ。
彼らは食料も衣服も武器も日用品も、全て内々で賄えるから敢えて外交をして外の物を輸入する必要がない。輸入の必要がないなら、輸出の必要もない。身内間でのやり取りなら、物々交換で成立してしまうため通貨は不要。
おそらく、ルシファーは当初彼らに通貨というものを教えようとして空調設備の購入を勧めたのだろうが、エルフはその設備に銀で価値をつけた。その時点でルシファーは彼らに通貨について教えるのを諦め、相手のやり方で取り引きに応じたのだ。
ユルバンは以前ルシファーが渋い顔でぼやいていたことを思い出す。
「ドワーフは頑固者だが、金に価値を見出している点ではエルフより賢い連中だ」
そうかもしれない、とユルバンは内心で頷いた。
ドワーフは自分達が作る物に自信を持っている。そして、それを第三者に評価されることを好む種族だ。ルシファーはそこに目をつけ、彼らに他種族にそれらの品を売ってみないかと提案したのだ。最初は訝しんでいたようだが、品物と金の流れ、何より彼らの自慢の品々をより多くの種族に見てもらえることを丁寧に説明したところ理解を得ることができた。
ル・リエ王国で出回っている工芸品の殆どがドワーフ製で、観光客からの評判は上々だ。
頑固者だが自分達の品を通じて他種族と交易をするドワーフと、賢いが身内だけで完結しているエルフ────きっと人間はそんなことは知らないのだろう。
(世間では、エルフは美しければそれでいいんだもんな)
美しく、賢い種族────本人達が別に何かしなくても周りからの評判は良い。
それにしても、とユルバンは前を歩くエーアデの後ろ姿を見ながら渋い顔をする。
(お金に関心がないから、買ったという感覚もない。ここの空調設備も銀と交換をしたという認識。彼らからすれば、ただの物々交換でしかない。
色んな文化があるから一概には言えないけれど、ある意味ドワーフより話が通じないかもしれない)
面白半分で引き受けてみたものの、ユルバンは少し後悔していた。同時にエルフという種族の一つの側面しか知らなかった自分を恥じるばかりだ。
ユルバンがう〜ん、と悩んでいると、エーアデがピタリと立ち止まった。急に止まったので、ユルバンは危うく前につんのめりそうになったが、何とか耐えた。驚くことに肩で相変わらずうずくまっているマギアはバランスを崩していない。
くるりとエーアデが身体ごと振り返る。
「ここで作業をしていただきます」
ユルバンはキョロキョロと周りを見回す。部屋一面紙束の山なので、正直何処で作業をしても変わらないと思うのだが、きっと何か意図があってここまで連れて来たのだろう。
ユルバンが訝しんでいると、マギアがむくりと顔を上げた。
「────よし。やるぞ」
「えぇ〜……唐突なやる気スイッチ……」
エーアデはぺこりと静かにお辞儀をする。
「よろしくお願いします」
そう言うと、彼は来た道を戻って行ってしまった。
どうすればいいんだ、とユルバンがオロオロしているとマギアが肩からコロリンと転げ下りて床に着地した。
マギアは足の裏をしげしげと眺めるとぐるりと周囲を見回し、
「ユルバン。まずは日付順に整理するぞ」
と、ユルバンに指示を出した。
マギアの指示にユルバンは首を傾げた。
「日付順……?」
そうさ、とマギアは頷く。
「ここにあるのは全部日記だ」
「日記……全部!?」
ユルバンは頷いたものの、あまりの膨大な量の日記に驚く。
マギアは両前脚を広げてみせる。
「そう!これら全て!エーアデの高祖父の日記さ!」
あぁぁ〜、とユルバンは頭を抱えて膝から崩れ落ちた。
好奇心は猫をも殺す────面白半分で首を突っ込むべきではなかった!
第十一話を読んでいただき、ありがとうございます。
エルフとドワーフといえば有名な種族で、私は勝手にファンタジー小説の常連と思っています。
両者は住んでいる環境の違いなのか、不仲に描かれることが多いです。どちらも長所と短所があって魅力的な種族なので、どっちが好きかと訊かれると悩んでしまいます。選べません。
次回もご縁がありましたら、よろしくお願いいたします。




