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第14話 慧可③

 ――突き刺さった瞬間、天海は危機を悟った。


「あ、コレやべーな」


 当然のことである。脚を振り降ろすだけの攻撃で地面に浅いクレーターができるほどの怪物が倒れ込んできたのに、それを少年の体重だけで支えられるはずがない。突き刺さってから僅かコンマ数秒、天海の腕は軋み、悲鳴を上げ始めていた。


「たいたいたいたいたいたい痛い!」


 このままでは2秒と持たず天海は押し潰されてしまう……かと思われたが、その心配はなかった。頸部の核を刺し貫かれ力を失った魔族の肉体は、ボロボロと崩れて消え始めたのだった。天海の腕は途端に軽くなり、今まで魔族の体重を支えるために屈めていた腰は力の拠り所を失ってバランスを崩し、彼は尻もちをついてしまった。


「イタタタ……」


 尻もちをついてしまったことよりも、体に地面からの強い衝撃がかかったことによって、戦いで負った傷がより一層沁みたことが、彼の痛覚には響いた。身体中に沁みる痛み。四肢や腹筋の筋肉痛、魔族の攻撃で負った細かい切り傷や打撲。そのすべての痛みは、彼の体内の興奮剤アドレナリンの分泌が終了していること――即ち“戦いの終わり”によるものだった。


 人生で初めての喧嘩……否、戦闘が終わったことに、天海は強い安堵を覚える。戦いを乗り越えた達成感と、生きているという実感が彼の心を満たす。戦っていたのは僅か3分程度。それでも、この戦いは彼の記憶に一生涯刻まれるものになるであろうことは疑いようもない。天海は全身の疲労を感じながら、初めて覚える部類の達成感に身を委ねて固い夜の土の上に寝転んだ。


「あああぁ……終わったぁ……。お」


 天海の頭上からゆっくりと降りてくる細長い影……ナイトだ。彼の参戦が無ければ、天海が先ほどの魔族に勝利することは不可能だっただろう。


「サンキューな」


 天海はナイトを抱きしめる。ナイトの体長はせいぜい30cm程度、天海の腕の中にすっぽりと納まった。主人に抱きしめられてか、ナイトも嬉しそうにきゅぅんと鳴いた。夜空の元、二人で勝利の余韻を噛み締める。小さな腕から生えた爪は天海の胸元の傷をつついたが、天海は一切気にならなかった。




「……うん、OK。心構えは問題なし」


 遠くから見守っていた皇城は、車の中でカップラーメンを啜りながら呟く。


(悠斗は俺が戦いを促してからすぐに臨戦態勢に入った。あの魔族に特段恨みがあるわけでもない。それを怪物とはいえ、生き物を…生き物のように動くモノと、戸惑いなくりに行ける。それに、初めてにしてはそこそこ動けてるんじゃないか?)


 天海に勇者としての素質があるかは、現時点ではまだわからない。それでも、最低限の実力が彼にあることを確認した皇城は、とりあえず安堵した。安堵していたところに、ちょうど天海がナイトを抱えてこちらに向かってきている。天海が到着し、助手席側にある車のドアを開けると、


「おー、おあえい(おかえり)」


と麺を頬張りながら天海を迎える。


「ただい……まぁっ!?」


 疲れ切った声で助手席に座ろうとする天海は、車内に充満するしょうゆベースの香ばしい香りと、モゴモゴとした喋り方に違和感を覚え、皇城に驚愕する。


「先生……俺が頑張ってる間……そんなモン食ってたのか……」


「あぁ。3分くらい戦ってただろ?湯を注いで待つ間の暇つぶしにはちょうど良かったぞ」


 皇城は容器の中に余ったスープを一口飲んで、飄々と答える。匂いにつられたナイトは、天海の手から抜け出して残ったスープにあやかろうとしていた。


「ふっざけるなぁぁぁ!!!」


 天海は突如叫んだ。皇城に対して怒り爆発。ブチギレスイッチ全開で、再びアドレナリンが身体中を巡り始めた。


「確かにアンタみたいな武神からすれば俺のような雑魚はカップラーメン片手、いや両手で眺める程度のモンでしょうよ!でもねぇ!俺は頑張ったんだぜ!?即興で!!見たこともないバケモンを相手に!!それを育ての親のアンタがカップラーメンだとぉ!?息子の部活の試合をスマホ見ながら観戦してるようなモンだぞぉ!!」


 烈火のごとく怒り狂い、早口でまくし立てる天海。悪い悪い、とヘラヘラする皇城を前に、彼の怒りは到底収まるはずもない。


「あまり子どもをぉぉ!!!!ナメないでいただきたいぃぃ!!!!」


 人里離れた山奥で、少年の強烈な怒号が響いた。

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