第13話 慧可②
トカゲ型の魔族を前に、天海は意外にも冷静であった。本人が自覚しているようにこれは単なる虚勢なのかもしれないが、それでも魔族の腕からの大量の流血を見て、この状態なら勝てるかもしれないという期待が膨らんでいた。まずは皇城から渡された武器の鞘を抜く。そのナイフ状の武器は、殺傷能力の高そうな鋼が鈍い光を放つ、鋭いものであった。天海は皇城の言っていたことを思い出す。
(先生はコレがあればあのトカゲには勝てる……みたいなこと言ってたよな。全然そんな気はしねぇけど、とりあえず戦れるってことで)
こういう戦いは受け身だと負けると悟ったのか、天海は自分から攻撃を仕掛けることを決意。皇城の蹴りによって損傷した右の前足を攻撃の足掛かりにできるのでは…と考えた。とはいえ、相手は6本足。1本くらい失ったところで、バランスを保つことは容易だろう。まずは他の脚も狙い、この魔族の重心を崩して戦闘を有利に進めることが適切だと判断した。天海は魔族に向かって一直線に駆け出す。
しかし、魔族側もただやられるだけではない。先ほど脚を落とされた怒りからか、目の前の人間を何としてでも殺そうという強い意志を見せる。魔族は、後方の脚2本と長い尻尾を土台にして立ち上がった。
(立った!立った!トカゲが立った!これじゃあマトモな攻撃が入らねぇ!……やっぱり、脚を狙うしか)
先ほどまで天海は、体長は5~6メートルと巨大ではあったものの、体高は2メートル程度……この魔族は倒せなくもないだろう、と見立てていた。
魔族は真ん中に付いている一対の脚を振りかざして、移動する天海に対して攻撃を仕掛ける。人間の胴ほどはあろうかという巨大な足の裏が天海の頭上に迫る。
「ナメんなよ……ドッヂボール、避けるのは上手かったんだぜ」
本当に彼の運動神経がドッヂボールで鍛えられたのかについては要審議だが、頭上から降り注ぐこれを天海は間一髪で避けた。魔族の足が直撃した地面からはズドォン!という音が鳴り響き、この怪物の攻撃を一撃でも食らってはいけないということを再認識させられる。
魔族の攻撃を掻い潜った天海は、支点となっているであろう後ろの2本足をナイフ状の武器で重点的に攻撃し始めた。恐らくは尻尾のバランスも崩すことができればこの魔族は恐らく地面に倒れ込み、天海にとって頸を狙いやすい状況は作れるだろう。しかし、
(前に爬虫類図鑑で、ワニとオオトカゲは尻尾の攻撃も強いって書いてあった気がするしな。コイツの尻尾もヤバいだろ)
この魔族相手に尻尾を狙うのは危険だ。むしろ、直立を維持するために可動範囲の広い尻尾を動かさないでくれている今は良い状況なのかもしれない。天海はひたすらにトカゲ型魔族の攻撃を間一髪で回避しながら、ひたすら足などの低位置にある部位を斬りつけ、刺し続けた。
◇ ◇ ◇
魔族との戦闘が開始して2分程度が経過。天海も、魔族の攻撃をすべて完璧に回避できているわけではない。軽い打撲や切り傷が増え、息切れも激しくなってきたころ、身体中のヒリヒリとした痛みに耐えながら彼はあることに気付いていた。
(コイツ……傷が治りかけてる!)
それは、魔族の傷の修復速度が異常に早いことであった。始めに皇城が蹴り飛ばした1本の脚も、とうに血は止まり、その大きな傷口からは血管がビチビチと生え始めている。
魔族は再生能力が凄まじい。人間やその他の脊椎動物レベルの複雑な身体構造を持っているのにも関わらず、である。かなり低級の部類であるこのトカゲ型魔族すら、たとえ身体組織が欠損しようとも、他の動物よりも圧倒的に早く、かつ驚異的な効力の再生能力で回復する。頸部にある核を破壊されない限りは。天海はそれを、戦いの中で直感的に理解していた。
だからこそ、天海は一刻も早く頸を狙いやすい状況に持ち込まなければいけないのだが、戦況は依然として劣勢である。疲弊も相まって、敗色濃厚の天海。
「やっぱり、鍛えてもないのに魔族との戦闘は厳しかったか……」
車の中で遠くから戦いを見守っていた皇城は、天海の救助および魔族の討伐をするべく車のドアに手を掛ける。
その時であった。今にも天海を殴り潰そうと襲い掛かる魔族のもとに、影がよぎる。
「!!」
その存在に最も早く気付いたのは天海。先ほどまで座席で眠りこけていた蛇型の“使い魔”……ナイトだ。主人の危機を察する能力でも持っているのか、ここまで駆けつけてきたのだ。
「マジ最高、神!今にも叫びだしたい気分、叫んでもいいですか!?」
魔族がナイトに気を取られた瞬間を、二人(一人と一匹)は見逃さない。天海は魔族の攻撃が当たらない範囲に逃げ、距離をとる。
そしてナイトは高く飛翔し、魔族の頭部まで移動。6つの目玉を尻尾でつつき始めた。いくら魔族の眼球が頑丈であるとはいえ、痛みに悶えずにはいられない。
グッ……グヲアアアアアア!!!
脚や尻尾を振り回して、周囲をがむしゃらに攻撃する。ついに魔族のバランスが崩れ、グラついて地面に倒れ込みそうになっていた。
「よっしゃ。待ってたぜ」
天海は腰を落として重心を低く構え、ナイフの先端を頭上に突き上げた。その直上にいるのは、倒れ込みそうになる魔族。ダメ押しをするようにナイトが魔族の後頭部を叩きつけ、卒倒を促進する。目の前に巨大な怪物が倒れ込んでくる恐怖感。それを鮮烈に感じながらも、天海は構えを崩さない。
ズンッ!
――遂に、魔族の喉元に天海のナイフが突き刺さった。