第01話 カップラーメン
第1話、掲載です!
話の本筋に入るのは次回以降になりそうです、申し訳ありません…!
気長にお待ちくださると有難いです!それではどうぞ!
2023年8月 埼玉県 さいたま市
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少年は、スマホを手早く操作し音楽アプリを閉じた。
「こういうのは広告が終わるの待つよりも、閉じて開いたほうが早いんだよなー」
彼の名は、天海 悠斗。短い黒髪に、170センチメートルくらいと、中学3年生にしては少し高めの身長。体格は細身ではあるがやや筋肉質で、学校支給の青いジャージと相まってちょっとしたスポーツマンのような雰囲気を醸し出している。至って普通の少年だ。
さて、先ほどの呟きからもわかる通り、天海は独り言が多い。まぁ、こんな独り言を呟いても問題ないのだが。
そもそもこの街には人が少ないし、今は真夜中――と言っても大体12時を過ぎないくらい――であるため、彼の独り言を意に介する人間は周囲にいないのである。
しっかり条例違反をしながら夜道を歩いている彼は今、同居人によってパシリに行かされ、カップラーメンとポテチ、サイダーを買うためにコンビニへ向かって歩いている。向かう先は最寄りのコンビニだが、ここは駅から遠い、それなりに寂れた住宅街、ということもあり少し時間がかかる。
「カップラーメン、カップラーメンって…。あれのどこがラーメンなんだよ。全人類”カップヌードル”に呼び方を改めなきゃだよな」
音楽アプリを再開しプレイリストを操作しながら呟く彼もまた、あのインスタント食品のことは”カップラーメン”と呼んでしまっている。
そうこうしているうちにコンビニに着いた彼は、自動ドアが開くまで立ち止まるコンマ数秒にすらも小さなストレスを感じながら店内に入り、爆速でカップヌードルが陳列しているエリアに向かう。今まで幾度となくパシられてきた天海は、カップヌードルを取ったのち、そのほぼ真正面にあるポテチを、そこから壁沿いにあるドリンクコーナーからサイダーを取るのが最速の動きだと心得ている。
(…そういや、カップラーメンのサイズ聞いてなかったな。まぁ、とりあえずビッグサイズにしとけばいいか。オプションの注文までしてこなかったあの人が悪いし)
自分の失態を心の中であっさりと責任転嫁し、彼はワイヤレスイヤホンを一旦外してレジの前に立つ。
目の前にいる店員はいかにもチャラく、接客が面倒だという態度を隠す気もないように映ったが、それでもイヤホンは外して会計に臨むのが天海の礼儀であった。
「あざしたー」
気怠げに呟く店員を後目に、天海はイヤホンを再び装着しながらコンビニを後にした。
「あのチャラチャラ店員…。こっちから言わなきゃレジ袋を付けるかどうかすら聞いてこなかったなぁ」
ひとり小声で鬱憤をぶちまけながらプレイリストの再生ボタンを押す。曲の再生が始まり、再び興に乗りながら前を向く。そして彼は唐突な異変に気付いた。
「何だあれ!? 火事か?」
どのくらい離れているのか皆目見当もつかないが、少なくとも普通に目視できる程度の距離、暗い夜闇がごうごうと燃え盛る炎で鮮やかな赤に染め上げられていた。数か月前にも市内で駅前のファストフード店が火災で燃えたことはあったが、最寄りの駅ではなかったし、彼の住む家は駅からかなり歩いたところにあり、あまり親近感の湧くニュースではなかった。しかし今回はそういう火事とはわけが違うのである。
生まれて初めてメディア媒体を通さずに肉眼で見るその巨火は、彼の眼に映る動揺と不安を明るく、そして鮮明に照らす。
そこで天海はもう一つ気付く。同じなのである。火が燃えている方向は、彼の家がある方向とまったく同じなのである。
「――っ!」
先ほどまで彼の中を渦巻いていた動揺と不安は、数秒前とは比較にならないほどまで増大し、彼の脳内を支配するに至る。
考える間もなく彼は走り出した。イヤホンを介して耳元で奏でられるメタルチックなメロディは、彼の鼓膜を微塵も通らない。その曲を止める時間など彼には惜しい。
(無事でいてくれよ――)
一刻も早く駆け付け、我が家と同居人の安全を確認しなければ。その一心で彼はとうに息切れをしているその体を酷使して走る。イヤホンはすでに彼の耳には付いていない。おそらく走る彼の耳穴から抜け落ち地面に落ちてしまったのだろう。そんなことに気付く余裕などなく、ただひたすらに走った。