今夜の夢は苦い夢
夜、LINE通話で陽菜と長話してしまった。
眠い目を擦りながら朝の用意をして、学校に向かう。
大欠伸しながら教室に入ると、すでに陽菜は学校に来ていた。いつも早いなぁ。
私は陽菜に近付くと、「おはよっ」と声を掛けた。
「昨日はあの後どうだった?大丈夫だった?」
陽菜の前の席に座りながらそう声を掛けると、陽菜も欠伸をしながら、それがね…、と首を振った。
「昨日、あの後にスマホ取り上げられてね。今日から、10時以降はスマホを取り上げられる事になったの。しかも中間テストの成績が悪かったのもバレて…期末で50点以下だったら、スマホ取り上げだって」
「それは・・・災難だったね」
「んー、まぁ確かに受験生なのに勉強してなかったもんね。それは悪かったと思うけど。でも、友達との付き合いも大事じゃん?あ~あ、早く一人暮らししたい!そしたら自由にできるし」
「そうだね。家事は助かるけど、小言言われるのは鬱陶しいよね」
「そうそう。食事なんてコンビニもあるし、なんとかなるから、早く自由になりたいわー」
やっぱりひと揉めあったんだと、顔を顰める陽菜に話を合わせながら、うんうん頷く。
「高校生になったらバイトもしたいな。そしたらスマホ代も自分で払って好きにできるよね」
「うん。私、カフェでバイトしたいなぁ。カッコいい男の子との出会いとかありそうじゃない?」
「アパレルとかも良くない?あと、憧れるのは海の家のバイトかな」
「日焼けしたイケメン男子。いいね!でも、海の家ってドラマの世界だよー」
ガラッ
「おーい、全員席につけー。出席とるぞー」
いつの間にかチャイムがなっていたんだ。
くぁっと欠伸を噛み殺しながら、私は前を向いた。
◇
ガチャンッ ギャハハッ
物音にハッとなって目が覚めた。
「・・・・・・夢?」
木箱の上、膝を抱えるようにして眠っていた私。さっきまでの学校でのやり取りが夢か、今が夢かなんて考えるまでもない。
家も金も何もない『一人暮らし』をしている今が現実。
溜息を吐きながら箱からおりる。軋む体をゆっくり動かして固まった体をほぐしていく。
この世界に来て一週間。もう日本には戻れないんだろうなって気づいてる。
ーーー 毎日、反省してる
一人暮らしだなんて、自分で働いてお金稼ぐなんて、何も知らない私の甘えだ。
今、私は1人では何もできない。
「お腹減ったな」
ぽとぽとっ
私がお腹減ったなって呟くと、精霊達がくれるブルーベリーみたいな果実。両手一杯分ほどのその果実が、最近の私の食事だ。
木箱に座り、精霊がくれた木の実を食べる。育ち盛りの体にはこの量では正直足りない。でも、この果実がなかったら私は確実に餓死している。
「いつもありがとう」
私の膝に座り、心配そうに見てくる精霊へと感謝を伝えると、ニッコリ笑って嬉しそうに体をくねらせている。
他の人には見えない精霊達。この子達が今の私の支えだ。
今は冒険者として活動しているが、武器もなく、生き物を殺す勇気もない。だから採取活動をしているが、まだわずかな金しか収入がない。食料調達もまともにできず、住む場所も確保できないから、門番さん達の近くの塀にもたれるようにして夜を過ごしている。
夜の街は怖いし、何かあってもすぐに門番さんが来てくれそうだし。まぁ、これも甘えといえば甘えだよね。
お風呂にも入れないけど、体や衣服は精霊達の不思議パワーで綺麗にしてくれる。ありがたい。
日本にいる時は自分の事は自分でできると思ってたけど、実際には私は1人では何もできなかった。
まぁ、環境は日本とは全然違うから、仕方ないと言えなくもないよね!
それにしても……何であんな事考えてたんだろうな。一人暮らししたいなんて。
確かに想像していた一人暮らしとは違うけど、でも、なんであんな事考えられてたんだろう。
テレビも何もない世界。夕方になるとする事もなく、ボーっと考え事をする時間が増えた。そのせいか最近、悔やまれる事が多すぎて、日本での生活が恋しくて。でも、日本での思い出に縋っていると生きていけない気がして。
学校でおしゃべりして、帰りにマックに寄って…なんていう私の青春が日々消えていく。
ふうっ
小さく吐いた溜息も、風の音にかき消されてしまう。
食べ終わり、採取に行こうかと立ち上がった時、
「お~?お前、こないだ冒険者登録した新人冒険者だな?確か誰でもできる常設依頼の薬草採取ばかりしているド新人。今日は俺達と一緒に行くか?魔物の討伐の仕方も、金以外のお礼の仕方ってのも、俺が手とり足とり腰とり教えてやるよ」
ゲヘヘっ
誰でもわかるタチの悪い連中。男4人組の冒険者達が黄ばんだ歯を見せながら近づいて来るのに嫌悪する。
(逃げなきゃ!)
そう思った時、
ガンッ 「何をしている!お前達!」
槍を地面に打ち付ける音と、大人の男の声。見ると門番をしていた兵士が1人、こちらに来ていた。その姿を見て舌打ちしながら門の外へと去っていく冒険者達。出て行ったのを確認してホッと息をついた私の頭を、優しくポンと撫でる手が。
「最近、冒険者にとって稼ぎの良いこの街にたくさんの人が流れてきている。その中には誘拐して人身売買をおこなう者や、暴力的な者までたくさんいる。気をつけなさい」
「はい、あの、ありがとうございます」
このマグレイブに来た時に帽子をくれた門番さんとは違う人。私の頭をもう一度撫でてから、自分の持ち場へと戻っていく後姿を見ながら、父親を思い出して思わず泣きそうになる。
母と比べて会話は少なかったが、いつも仕事して家庭を支えてくれていたことを今になって感謝している。
ーーー 遅いよね
ありがとうって言っておけば良かったな。
じわりと涙が出てくるけど、それを大きく深呼吸して奥に押し戻す。泣いてる余裕なんか今の私にはない。
テストの点が……最悪!死にたい!
聞いてよ!彼氏が浮気してたの!許せない!
今月の小遣い使い切った…どうやって生きて行こう…
学校やバスの中でよく聞いた周りの悩み事をふと思い出した。本人達はもちろん真剣なんだけど、中身の切実さは今の私とは比べようもないほど明るい内容だったなと思ってしまう。
あの悩みをまた聞きたいなぁ。
不幸を人と比べるべきではないとわかっているけど、それでもふと比べてしまう。情け無いなぁと思いながらも、よし、今日も逞しく生きて行こうと真逆の事を考えながら気合いを入れ、外へと向かう。門番さんに挨拶をし、今日も私の仕事場である森へと向かう。
字の読み書きも勉強しないといけないな。
戦い方、一般常識、文字の読み書き。この世界に来てもう一度学び直しだ。
「勉強したいなぁ」
でも、まずは生活費を稼がないと。勉強が出来るって幸せなことだったんだなぁ。
これから、この世界で生きていけるのだろうか。
この世界で幸せを見つけられるだろうか。
ひとりぼっちで……