現れし魔の断罪者
足元の魔法陣らしき円が突然激しく光り始めた。その光のあまりの眩しさに思わず目を閉じてしまった。
目を閉じても痛烈な光は続いて、足元がぐらつく。まるで落とし穴に落ちたような浮遊感。そんな不思議な感覚に陥り、フワフワした感覚がなくなりやっと瞼の外の光が落ち着いたのだと判りそっと目を開けた。
「……?」
煙に包まれているように視界が悪い。
窓からの風だろうか、その煙が薄れ視界が明るくなってきた時に、私の目の前に信じられない光景が広がっていた。
足元には魔法陣。その魔法陣をぐるりと囲むように目深に被ったローブを着た魔導師風の人達。ほぼ倒れている魔導師を更にぐるりと中世ヨーロッパの貴族を彷彿とさせる服装の人達が囲み、その奥、階段の上に設えられた椅子に座り此方を眺めるいかにも王様・王子様風の人。
そして、私のすぐ隣に居る…フワフワのピンク色のドレスを着た少女。
ーーー え?
どこかのクラスの出し物?文化祭でこの規模の出し物?っていうか、ここ、どこの教室?
召喚されたなんて発想、普通は出てこない。しかも文化祭当日のこの状況に、私は文化祭の出し物と考えてしまい、行動が遅れた。
文化祭?これ、騒いだら後でキャッキャ笑われるやつ?と状況を整理することに集中して静かにしていたら、脇に控えていた騎士がピンクドレスの少女を守る様に周りを固め、私に抜き身の剣を向けてきた。
「……?」
演技うまいなぁと思いながら、ポカンとしていると、騎士が私に向かって吼えた。
「この、化け物が!!」
「悪魔だ!悪魔の化け物だ!」
そして納得した。
私、今、ゾンビのコスプレの真っ最中だった。
私を速攻排除しようとしてる騎士に、王様っぽい人の側に立っていた派手な刺繍のローブを着たおじさんが焦ったように声を上げた。
「お待ちください!精霊の愛し子様を呼ぶこの場所で殺生などとんでもございません!お考え直し下さい!万が一精霊の機嫌を損ねたら加護が…寵愛がもらえません!!」
必死の叫びに王様っぽい人が考えるように顎に手を置き、王子様っぽい人に指示を下した。
王子っぽい人は階段を降り、魔法陣を踏み此方にやってきた。均整のとれたがっしりとした体格の若い男で、背が高い。二メートルはあるだろう。
顔を見上げた私は、映画の撮影現場なのかと思った。
ちょっと見ないほどの整った顔をしている。整いすぎてて人形みたいな人だ。表情が乏しい。それでも立っているだけでも絵になる色男だ。きっと名高いスターなのだろう。あいにく、私は知らないが。
頬を染めポーッと見つめるピンクドレスの少女を騎士同様背に庇い、私に向かって口を開いた。
「この場で王都から去ればなにもしない。言葉が通じるのならさっさと去りなさい」
ーーー 私は今、何を試されているのだろうか。
見た事もないような美形による迫力ある演技と凝った会場作り。どう演技するのが正解かわからない。しかも「精霊の愛し子を呼ぶための召喚」「精霊の加護や寵愛」って設定もしっかりしている。
どうして良いかわからないまま、無難に無言でコクリと頷いてこの広間の扉から出た。ザワザワとざわめきが聞こえる。私を殺すべきだという声も背後から聞こえた。
扉を出ると、目の前には長く続く廊下。その廊下には誰もいない。
私はだんだん不安になってきた。窓から外を見ると、外はすでに夜。暗い夜空を照らすように、満月が煌々と輝いていた。
「満月……夜?!……え?」
おかしい。文化祭のレベルじゃない。プロジェクションマッピング?いやいや違う。明らかに本物の夜空だ。しかもうちの学校にそんな予算はない。
夢?いや、夢にしてはザラつく石壁の手触りも、夜風の感覚もリアルすぎる。
ふと視線を動かすと、絵本で見たコロポックルのような生き物がフワフワと漂いながらやってきた。そういえば、さっきの部屋でも少し離れた場所でぼんやり光が漂っていたな。
「……もしかして、精霊さん?」
さっきの派手なローブの人が言ってたな。精霊の愛し子がどうのこうのと。
驚いた。本当に精霊いるんだ。
精霊に驚いたが、それよりも先に私は考えないといけない事がある。さっきまで私を殺すべきと言っていた人達が演技ではなく本当に殺しにくるかも…ということだ。
夢ならいいけど現実だったら…?
朝だったはずが夜。地球人そのものに見えるのに、まるで過去にでも戻ったかのような文化形態。そして、精霊。
非常識なあり得ない事態ではあるけれど、私はとりあえず現実を受け入れることにした。
マスク取って「人です!」って言うべき?いやでも、ピンクドレスの少女がいたし、召喚って言ってたけど、召喚したかったのはあの少女でしょ?私はオマケ?召喚失敗作?
それって私、邪魔なんじゃ……。邪魔者って排除されるのかな?そういえば「殺せ」って言ってた人がいたし…逃げるべき?
「でも、どうやって逃げれば……」
撫でるような風が吹き、私の目の前に精霊がやってきた。しきりに窓を指差している。
「わわっ!」
廊下の窓を指差され、大きなその窓を開けば、背に風があたったかと思うとフワリと体が浮き空に舞う。
精霊の力なのかフワフワ浮いても飛ぶ感覚がわからず、一旦中庭に足を着けたら、そこにいた精霊が私の肩にまた乗ってきた。
「えいっ!!」
降りた反動でもう一度ジャンプすれば次は問題なく空を飛べた。
私、ゾンビの格好で空飛んでるよ。
空飛ぶゾンビって作品、見た事ないな。
斬新!
しかし夜で良かった。満月で明るいが、まだ昼間よりかは目立たないだろう。マスクを外すと頬にあたる夜風が気持ちいい。
ピーターパンになった気分だ。
「思わず逃げてきたけど、これからどうしよう」
私の呟きに、私と並行して飛んでいる精霊が目の前を指差して身振り手振りで何か言っている。
「あっちに行けばいいの?」
広大な森が見える方角。仕切りにそっちを指差す精霊。声は発せないようだから察するしかないが、おそらくあってると思う。
頼れる知り合いもいない中、徐々に増えてる小さな同行者に頼るしかない。
ーーー 夢ならいいな。
もし、夢じゃなかったら?着の身着のまま、カバンも何もない今の私がもし帰れないのなら、この世界で生きるためにどうすればいいのだろう。
「今日は食事当番だったのに、作れないかなぁ」
夜遅い両親の代わりに、兄と夕飯を作っていた。今夜は私の番だったのに……。
「どうしよう…お兄ちゃん……」
知らない世界。
味方などいない。
孤独の世界に連れて来られた。
「ん?あぁ、皆んなはそばにいてくれるの?ふふっ、ありがとう」
精霊達が交互に飛んできてはキスしたり目の前でアクロバティックな飛行を繰り返している。可愛い。可愛いけど…でも……
夢じゃなかったら……
生きてさえいれば、帰れる日だってくるかもしれない。会えるかもしれない。
私の家族にーーー
「それにしても、私はどこにいるんだろう」