平穏と怠惰は夢とともに〜マリーの過去〜
朝食を済ませ、少し話をしようと紅茶を飲みながら二人でソファに座る。
今日は一日かけてお互いの世界の話しをする事にしたのだが…
「マリーの世界はどんな所だ?」
「私の世界かぁ……」
私が生まれた日本は四方を海で囲まれた島国で、日本にも四季があり、日本人は季節の移り変わりにも敏感だ。そのため、繊細な季節の変化を目一杯楽しむことに重点を置いた日本文化も多くある。正月に節分、お花見に祭りに月見、クリスマス。行事は沢山ある。
魔法は存在しない。そのかわり科学技術が発展している。乗り物や家電も豊富で、この世界よりも生きやすい世界だ。
私は両親と5つ上の兄の四人家族。共稼ぎの両親は帰りが遅く、兄と私の早く帰った方が夕飯を作っていた。
でも、朝食だけは家族で食べる決まりになってる。唯一の家族団欒の時間。それから学校へと向かう。15歳までは全員義務教育で学校に行って学ばないといけないからね。
最後の授業は何だったかな。
そうだ。一時限目は世界史だった。ひたすら眠気と格闘した。あの教科書の文字の羅列、どこかにスリープの魔法でも仕込まれてるんじゃないかってくらい眠い。文字を羅列するんじゃなくて、簡潔に年表にしたものを教科書に載せてくれたらいいのに。そして大事なところはその横に注釈みたいに書いて欲しい。ずらずら書かれても眠気が増すだけだし。もっとわかりやすい教科書誰か作ってくれないかなって思いながら聞いてた。
欠伸を噛み殺しながら、二時限目の体育に備えて体操着に着替えたんだ。今日はバレーだって、という誰かの声を聞きながら、バレーかぁ、と溜め息を吐く。
身体を動かすのは別に嫌じゃないんだけど。ボールを受けた時の手が痛いんだよなぁ。はぁ。
数学、英語、国語……と授業を終えて帰宅する。
家に帰り着くと誰も帰宅してなかった。着替えて冷蔵庫を漁る。
あ、パンが切れてる。ご飯もない。炊いておいた方がいいかな。
炊飯器に米を研いでセットする。
冷蔵庫から野菜を何種類か取り出して、冷凍された肉をレンジに突っ込む。
今夜はカレー。物色中にカレールーを発見してしまって、どうしてもカレーが食べたくなったから、カレーで決定。
鍋を取り出して、野菜を切る。ナスとカボチャが入ったカレーが好きだから、それも取り出して切る。カボチャはレンジで柔らかくしてから切る。ほうれん草も発見したから入れよう。野菜たっぷりだ。
鍋に油をひいて、肉と切った野菜を一緒くたにぶち込み、炒める。
玉ねぎが柔らかくなったら、水を入れて、沸騰してきたらアクを掬う。
火を弱めてから、スマホを取り出し、ネットを見ながらたまに鍋を掻き混ぜる。
手が止まっている事に気づき、スマホをテーブルに置くと、一回火を止めて中辛カレールーを投入した。
お玉と箸を駆使してルーを溶かし、また火に掛ける。お玉でグルグルしながら出来上がりを待った。
トロトロになったところで火を止めて、
冷蔵庫に張り付いているホワイトボードに「カレー作ったから食べてね」とだけ書いている所で炊飯器がピーと鳴った。そのタイミングに合わせるように「ただいまー」と兄も帰宅する。
「おかえりー。カレー作ったけど、食べる?」
「おー、食う」
ご飯にカレーを掛けて、テーブルへ。手を洗ってきた兄がその間に麦茶を淹れてテーブルにつく。
「「いただきます」」
なんとなく、今日あった事をテキトーに話しながらカレーを食べる。昔は兄がよく作っていたが、最近は私が作る事が増えたな。
空になった皿を手に持ってキッチンへ。
キッチンで皿を洗ってから、飲み物を片手に部屋に戻った後は、スマホやゲームをする事が多かった。
「料理はよく『母の味』っていうのがあるんだけど、私の場合は兄の作ったナポリタンが思い出の味かな」
「仲の良い兄妹だったんだな」
「うん、仲は良かったと思う。今20歳で私の5つ上だから、よく面倒を見てもらったな」
「20歳か。俺の1つ上か」
「えっ?!19歳?」
「そうだが?見えないか?」
「いや……年相応ですよ」
お人形さんみたいで年齢不詳だったんだよなぁ。
「………家族に会いたいか?」
「会えるなら会いたいけど」
ここ最近、食事も睡眠も取れて余裕ができたせいか、日本にいた頃の顔触れを思い出してしまう。私は日本ではどうなっているんだろう。
ツーンと傷んだ鼻は咳払いで誤魔化して紅茶を一口飲む。
ーーー 会いたいなぁ
「会いたいと思う事はあるよ。帰りたいと思う事も」
どうして?なんで?私はどうしてここにいるの?
この世界に来て、問いかけても答えの無い理不尽さは何度も経験して来た。大変だった。
今頃、元いた場所では悩み事はあれど、それなりに今まで通りの安寧な生活を送れていた筈なのに。
相次ぐストーカー被害や、冒険者の襲撃なども一定回数あった。そのたびに逃げ回るか門番さん達に助けられるか……。
少しでも身も心も休められる場所を求めて歩き回って。いくら私が精神的にも多少打たれ強い性格だったとしても、このままだと心も体も壊す未来しか見えない。でも、
「逆境を乗り越えて生きる……か」
「ん?」
「私の名前の由来。私の世界には『花言葉』があって、花一つ一つに意味があるの。マリーゴールドっていう花には『逆境を乗り越えて生きる』という意味があって、私の名前はその花からつけられたんだ」
「逆境を乗り越えて生きる…」
「ふふっ、今の状況にピッタリでしょ?本当はね、私の2つ上に姉がいたんだけど、産まれてすぐに病気で亡くなったんだって。だから、私には何がなんでも生きて欲しいって願って名前を付けたんだって」
オレンジや黄色など、鮮やかで元気が出るような色のマリーゴールド。その中でも草丈が高くて大輪の花を咲かせる力強いアフリカンマリーゴールドが私の名前の由来。
両親も私がこんな目に遭うとは考えてなかっただろうけど、私にピッタリの名前を付けたなと思う。
「もう、1人で泣ききった。泣いても何も解決しないし、何があろうと必ず時間は進むし明日は来る。だから、過去はもう振り返らず、息してる限りは生き抜いてやるって決めたんだ。名前に恥じないように」
「そうか。強いなマリーは」
そう。決めたんだ。でもね、ロワクレスが来て、温かい料理も人肌の温もりも思い出してしまって…恋しくなって…弱くなった気がする。
ーーーーー…参ったなァ。