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淡々とした戯れ




 チチチ、と小鳥の囀る音が聞こえて徐々に覚醒する頭が肌にあたる感触がいつもと違う事に気づく。


(布団だ)


 懐かしい布団の感触。ここ最近は布団無しの生活だったから、この体が沈む敷布団の感覚も、体を包む掛け布団の感触も懐かしい。もうちょっとだけ……寝返りを打った瞬間に、私は寝る前の状況を思い出した。


「!」


 ゾッとして一気に覚醒した私は慌ててベッドから身を起こした。


 どうか夢であってくれ!と祈るマリーだったが、その祈りは虚しく見知らぬ部屋に呆然とする。部屋は広く、起き上がった視線の向こうでは第三王子であるロワクレスが朝食の準備をしていた。


「おはよう。よく眠れたか?ちょうど朝食の用意ができたところだ。さぁ顔を洗うのを手伝おう」


「えっ?!」


 果実水をグラスに注いでいる所だったのだろう、ロワクレスがグラス片手に微かに口角を上げ「おはよう」と朝の挨拶をした。

 テーブルにはリゾットらしきものを盛り付けた皿がそれぞれ置かれている。2人分並んだ皿は料理の量が明らかに違うから、昨日の食事量から私の胃袋をロワクレスなりに察してくれたのだろう。

 私は寝起きの顔を見せてしまったことが恥ずかしくて、簡素に挨拶を返し慌てて布団の中に潜る。


 ーーー なにこれ?どこ?


 ちょっと待て。昨日確かに私のボロ宿に王子様はいた。食事もした。髪に香油もつけてもらった。うん。そこまでは覚えてる。その後は?


 まったく記憶にない。もしかして寝落ち?寝落ちで運ばれた?服は……よし、昨日のままだ。着替えまではされてない。でも、寝顔はバッチリ見られた。嘘でしょ?あんなイケメンに呑気に寝落ちしたとこ見られた。ベッドまで運ばれて…。

 

 ベッドの中、一人悶えていると「朝食が冷めてしまうぞ」と声が掛かった。これ以上の醜態はまずい。涎は…よし、大丈夫。目ヤニは…大丈夫かな?顔洗いたい。


 そっと布団から顔を出すと、思いの外近くにあったイケメンの顔。城から追い出された嫌な思い出があるにも関わらず、それでもイケメンと思える顔はもはや芸術作品だな。



 手から腕のラインの綺麗なこと。

 朝だからか上半身はピッチリと体にはりつくインナーのみ。そのインナーからは割れたシックスパックが手に取るように分かる。

脇腹から腰にかけてのライン………良い体だ。ヨダレが出そう。



「どうした?一人で起きれないなら……」


「いえ!大丈夫です!起きます!」


 1人妄想していると声がかかる。

 これで起こされたら悶絶死確定。そそくさと布団から出る。


 起き上がった私を待っていたかのように、ほかほかと温かい濡れタオルをロワクレス自らが顔に当てがい、優しく拭う。「自分でできます」の言葉はタイミングよくタオルで塞がれ言葉が出ない。


 顔を拭い終わると手を引き、朝食の乗ったテーブルへ優しくエスコート。


「あの…ここ…どこ…?」


「私の取っていた部屋だ。さあ、冷める前に食事にしよう」


 座る椅子を引いて待っていてくれたロワクレスが、戸惑いながらも座ったタイミングで椅子を調整してくれる有能ぶりだ。

 よくわからないながらも食事をしようと手を合わせて、スプーンを持とうとして私は気付いた。また、一組しかないことに。


「………へ?」


 また?

 またなの?


 マリーが恐る恐るロワクレスを見れば、目元を微かに緩めた(気がする)ロワクレスと目があった。


「ほら、口を開けろ」


「いやいや待って…!私一人で食べれるから!」


 首を振って止めろと拒絶するのにロワクレスは意に介さないようで、真剣な表情でこちらに向けるスプーンを下げる様子はーーー ゼロだ。

 いやいや、せめて…せめて……戯れてますばりに笑って欲しい。「あーん」は真剣な表情でやる事じゃない。


 口を開けるようリゾットが乗ったスプーンを唇にツンツンと当ててくる。優しい味つけのリゾットが唇について、思わず舌で舐めてしまい、その隙間を狙ってスプーンを突っ込まれた。何?その反射神経の良さ。

 あまりの力技に早々に諦めてカトラリーを買おうと、私は堅く心に誓った。



 本来なら甘々になるはずの「あーん」の食事が、「食わすか食わされるか」の勝負食事に、私は精神的にクタクタになっているのにロワクレスの“お世話”は終わらなくて、食事の片付けをした後に椅子に座らされて丁寧に髪を梳かされ結われ、あろうことか着替えまでしようとしてくるから、丁重にお断りした。

 髪を結う手のひらはとても器用で、どうやってあの大きな手で結われたのか判らない編みこみの髪型にされ、ロワクレスが用意した綺麗な髪飾りをつけようとするから必死にお断りした。こんなの落としたら弁償できない。

 用意されてた服だって、こんな上等なヒラヒラした服着て薬草採取しろって言うのか?って服だった。白地に金色のラインと装飾の施されたワンピースタイプの服に若草色のローブを見せてきたが、これもどうしたら良いかわからないので丁重にお断りした。


 朝の押し問答だけで私は息も絶え絶えだ。


 ロワクレスは一々距離が近いし、一々褒めてくる。しかも真顔で。笑いながらではなく真顔で。


 かわいいとか、きれいだ、とか。


 王子様ってこんな感じだとは思わなかった。




(裏切られるよ)



 私の中の誰かが囁く。



(忘れたの?)


(ここは……ヒドイ世界でしょ?)



 体格の良い冒険者に追いかけまわされ


 空腹に眠れず


 謎の虫に怯え


 家もなく


 夜の暗闇に怯え


 目の前で霊鬼に殺される人も見た


 そんな生活を忘れたわけじゃない。それは誰が原因だ?


 私の心に囁く何か。信じられるか?と。



「こっちの服の方が似合うと思うんだが…」

「綺麗な髪だ。こんな艶やかな髪は見た事がない」


 褒めるねー。でも。いつもこうやって私はほいほい騙されてちょろいと言われるんだ。気をつけなきゃ。

 ロワクレスにだって色々とあって、私の機嫌をとっているだけに違いないのに、褒められて熱病に掛かったように浮かされてしまいそうになる。

 王城ではあの少女を大切にしていると知っているのに、私は愚かな思い違いをしそうになる。私は黒子。キラキラ可愛い女の子を引き立てる裏方の担当。調子に乗ってはいけない。

 信じきれない。心の中で自分に必死に言い聞かせる。



「食事と布団、ありがとうございました。私はお仕事しに行きますので、これで失礼します。さよなら」



 溜息を一つついて、部屋を出る。



 後ろからロワクレスの気配が付いてくるが私は無視して宿屋を出た。

 宿屋を出てギルドのある方角に足を向ける。

 この街のギルドは街の入り口近くにドーンとある。

 今、私達がいるのは街の中心地、貴族が住む地区だ。ギルドからはずいぶんと離れた場所にいる。


 私が通行人にチラチラと見られるが当然だろう。私の服装はこの地区にいる人間の服装ではない。早くここから離れなければと早足になるが、背後のロワクレスは難なくついてくる。足の長さが違うのは仕方ないとしても……チクショウと心の中で舌打ちした。



 このまま王城について行った方が楽かな。ご飯は食べれるだろう。飢える事はない。暖かい布団で寝れる。でも、私は立場はどうであれ、日陰者としてあの少女の影にされ、いいように使われるのがオチだな。だって、召喚された私の姿を見た人なんていないのだから。どうとでもなる。

 嫌だな。どんな待遇を申し出られようと、冒険者として自由に暮らすほうが未来への道が広がる。

 そんな軟禁のような生活が待っているから……それが判っているから、人身御供のようにロワクレスが私のお世話をしているのかな。第三王子自らこんな甲斐甲斐しい真似をしてまでも愛し子として少女を引き立てたいのかな。

 考えれば考えるほど苦々しい想いがこみ上げてくるが私はそんな考えしか出来ない自分も嫌だった。


(信じれば楽になるよ)


 いや駄目だ。認めたくない。


 妙な囁きが聞こえるのは、私の心がまだ幼いからだ。


 ロワクレスは本当に私を助けてくれるかもしれない。


 捨てられないかもしれない。


 でも許せない。


 悔しい。



(良い人かもしれないよ)



 ーーー でも…もし、信じて裏切られたら?




 それは、なんて惨めで滑稽で可哀想なんだろう。




 自分の思考に囚われ顔を顰めていたら前方から名前を呼ばれた。


「マリー!今日もギルドに行くのかい?気をつけるんだよ」


 古着屋の奥さんが、開店準備をしながら私に声をかけてくれる。着替えの服を買った時におまけでショルダーバッグをくれ、それ以降見かけるたびに声をかけてくれる人だ。


「うん、いってきます」


 知り合いも少しずつできてきた。このコミュニティがリセットされるのも嫌だなぁ。背後についてくるロワクレスをチラリと見て私は小さく溜息を吐いた。



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