我道を征く者〜ロワクレス視点〜
「はぁ?!なに言ってっ…!! え……?メアリーの風呂の世話も……?」
不審者を見るような目で見られる。そんな目で私を見る者などいないぞ。いや、そんな事よりメアリー嬢と風呂など恐ろしい事を言わないでくれ。
「いや、メアリー嬢には頼まれたが侍女に任せた。しかし、ここは城ではないから私がするしかないだろう。やったことはないが、風呂くらいなんとかなるだろう。ただ、嫁入り前の娘だからな……まぁ、私が責任をとるか」
マリーは15歳。婚姻可能な年齢だ。
誰かと婚姻なぞする気がなくて騎士団にはいったが、マリーならば……まぁ。
荷物からタオルを取り出し、ふと気づく。この宿、風呂はどこだ?
風呂を探してキョロキョロしているうちに、「精霊さんお願い!洗浄の魔法をかけて!」と精霊に頼み洗浄魔法をかけてしまった。
その凄さに少しも気づいていないのか、ふふんっと得意げな顔を見せるマリー。
「本当に精霊が言うことを聞くんだな……」
マリーへの奉仕活動が出来なかった。しかし少女相手ならこれで正解だったのかもしれない。
「では、次はこちらだな。髪に香油をつけよう」
それにむぅとしたマリーが、今にも口をへの字にしそうなものだから、私はその頭をポンポンしようとして、自分から異性に触れ続けている事に気づいた。しかも私の顔は今きっと緩んでいる。
私は王族にしては珍しく婚約者がいない。貴族はだいたい18歳で結婚する。だから18歳で婚約者がいない私は珍しい。
貴族女性達からの過去の接触により、女に嫌気がさしてしまい、独身者ばかりの騎士団に逃げ出した私が自主的にマリーに触れようとするとは。
第3王子というちょうど良い立場のせいか、見た目のせいか、子供の頃に貴族によく狙われたのは嫌な思い出だ。まぁ、それがあったから自衛のためにと必死で体を鍛えたが。
マリーには、あの貴族女性達のような嫌な表情がない。いや、考えている事が全て顔に出るから、何を考えているかわかるのが良い。
シャーッと威嚇するのが疲れたのか、大人しく椅子に座っているマリーの髪に香油をつける。サラサラとして艶やかな黒髪は、ずっと撫でていたいくらいに気持ちがいい。撫でられるまま目を細めて気持ちよさそうな顔をしたマリーが黒猫のようで可愛くて、私はそのまま手をマリーの頬に滑らせた。抵抗もない。
「気持ちいいのか?」
「ふっ…あ、はい…」
疲れた体に、久しぶりのまともな食事。とっくに限界はきていたのだろう。マリーの体は前方に傾いていった。
「おっと。マリー?」
私の腕の中、すぅすぅと寝息を立てながら眠るマリーに無防備だなと思いながらも自分の腕の中で警戒心を解いている姿に思わず暖かい気持ちになる。
「殿下」
背後からかけられた声にハッとし意識を引き締める。
「宿を変える。荷物を頼む」
「はっ」
腕の中のマリーから室内へと視線を向ける。
日も落ち、夜風が入らないよう閉められた木窓のせいで月明かりすら入らない暗い室内の中、私の持ち込んだランプの明かりだけが灯されている。
普段は明かりもない隙間風の入り込む部屋の中、少しの果実を食べ、空腹に耐えながら一人夜を過ごす。
「……今まで、どんな気持ちで一人過ごしていたんだ?」
突然現れた王族に、助けを乞うでもなく泣き言を言うでもなく、小さな体でしっかりと前を見つめ生きているマリー。
「………お前は強いんだな」
掴んだ腕は細く、少し力をいれただけで折れそうなほど頼りない。それでも……私はマリーより弱い男だ。