森の中の少女〜ロワクレス視点〜
ーーー なんだ?この森は
鬱蒼と生い茂る木々の合間から射し込む光。
それが妙に綺麗だなと思った。
まるで祈りの間のステンドグラスを見た時みたいな気分だ。
私が子供の頃に精霊は眠りについてしまった。そこから森は暗く澱んだ枯れ木が目立つ場所となってしまったはずが…。こんなに空気が澄んでいる場所もあるんだな。
精霊が目覚めているためか、魔物がよく生息している。しかも弱い小物の魔物がたくさん。他の地区では、生態系が乱れ、魔物も強者しか残っておらず、霊鬼と言われる黒く淀みを纏った生き物が多く生息しているはずだが……。
出てくる魔物をサクサクと倒しながら進んで行くと、少し開けた場所に出た。草花が咲き誇る平地、その奥には、水が日の光をはね返して鱗のように輝き光る湖が広がっている。
精霊達がキラキラと輝きながら空を舞い、その下には茶色い帽子を被った子供が何か作業をしている。
一歩、草原へと足を踏み入れる。
サッと精霊達が飛び去ってしまった。私は嫌われているのだろうか?少し残念に思いながらも視線を前方へと戻す。
先程まで座って作業していた子供が立ち上がり驚いた顔でこちらを凝視している。その子を守るように5匹の精霊が飛んでいるのが微笑ましい。
一歩一歩近づくと、目の前の子供は怯えるように後退りをし始めた。何も脅してはいないのに何故だ?
「子供……少年…いや少女か……。精霊の気配を追い、マグレイブまでやって来たが……。そうか、お前は……姿こそ違うけれど、あの召喚の場に居た者か?」
威圧を与えぬよう、ゆっくりと私は話しかけた。
普段から無表情で怖いと恐れられているのは自覚している。だからこそ、怯えさせないように優しく問いかけた。
精霊達の動きを見ても間違いなくこの子供は愛し子だ。少女相手だ。甘い言葉と態度でついてくるだろう。私が城からの迎えだと知って喜んで着いてくるだろうから、このまま王城に連れ帰って……。
「何の話でしょう?人違いじゃないですか?」
ーーー え?
ニッコリと笑い、私の傍をすり抜け街に向かい歩き始めた。避けられてる?
後を追いかけ確認するが、やはり顔が違う。だが、この反応は間違いなく私を、あの召喚を知っている。
「あの時はどうやってあの姿になっていたんだ?瞳はあの時と同じ焦茶色か。肌の色も透けるように白い」
「あっ!」
そういえば、黒髪と言っていたな。帽子を取ると、見た事もない漆黒の髪が光を受けながら風に靡く。
「やはり、髪も綺麗な黒髪だ」
長い黒髪、白い肌。華奢な肢体が儚く見え私の興味をそそる。どうやってあの化け物に変身してたんだ?不思議だな。もっと見てみたい。そんな欲求にかられて顔を私に向けさせる。
大概の女はこうして顔を近づけると顔を赤らめて言う事を聞くから……
「やめて!!」
顔を掴んでいた手を払いのけられ、帽子をもぎ取り逃げるように走り始めた。逃げられた。何故だ?
思うようにいかず、とりあえず逃げた少女を追う。本人は必死に逃げているのだろうが、あっさり追いつく速度に思わず可愛いと思ってしまった。
いや、それよりも何故こうも逃げられる。
「お前は私を知らない風ではないな。あの時の格好はともかく、お前は『私が何の話をしているのか』理解しているんだろう?精霊に守られているということは、愛し子はお前のことだろう。愛し子ならば城で優遇する。だから逃げずに私と城まで来てくれないか?」
私の一言に、少女は怒りの眼差しを向けたかと思うと、そのまま私を無視するように再び走り始めた。
「待ってくれ!」
私の言葉など聞こえていないのか、少女は私を無視して精霊へと語りかけた。
「お願い精霊さん、風で土煙をおこして。あの男を撒きたい」
ーーー は?
ーーー 精霊にお願い?
突然の突風。小さな竜巻が目の前で発生し俺の視界を塞ぐ。間違いなく精霊の力で発生したものだろう。
風が止むと、すでに姿はそこになく、精霊達もいなくなっていた。
「はっ……これは……凄いな」
参ったな。今、城にいる召喚者と比べるでもなく、これは精霊の愛し子確定だ。
「逃がさない」
私の任務はあの子供を同意の上で連れ帰る事。なかなか上手くいかないが、国のためにも達成しないと…。
今住んでいる宿に行ってみよう。もう、戻ってるだろうか?
「私は宿に戻ってないか確認に行く。1人冒険者ギルドに立ち寄ってないか様子を見に行ってくれ」
「はっ」
影が一人、走り去っていく音が聞こえる。これでよし。
さて、愛し子様をお出迎えする準備をするか。メアリー嬢の我儘と同じ事を叶えてやれば満足するだろうか。