遅すぎた両想い
登場人物
鉄板印刷
・波佐間 敦史・・・超有名大学の経営学部を卒業し、現在は「華の営業部」の課長として、大活躍をしている。
・並木 沙也・・・高校卒業後、鉄板印刷に入社。誰からも気軽に話しかけられる愛されキャラ。現在は、経理課長に昇進。数年前まで、副業でモデルをしていた事を、皆に隠している。
序章 2人について
波佐間 敦史(以降、敦史)は、その精悍な顔つき、そして高い学力から、常に周囲に一目置かれていた。小さい頃はジョークも言えない「堅物」だったが、年を重ねていくにつれて、周囲とのコミュニケーションも円滑に図れるようになった。
こうなると、もう「鬼に金棒」。充実した学生生活を送り、鉄板印刷に営業マンとして入社した。
一方、並木 沙也(以降、沙也)も、そこそこの学力を維持し続けていた。才色兼備な彼女もまた、充実した学生生活を送り、鉄板印刷に高卒で入社した。経理職だった。
共に明るい性格で、多くの同僚と、良い関係を作り続けていた。上層部からも一目置かれ、敦史は営業部課長、沙也は経理部課長へと昇進を果たしていた。共に部下からも慕われ、時には残業代が出なくても、会社の為に懸命に残業を買って出た。
お互いの顔は知っていたが、それ以外は、経理と営業の連携。つまり、仕事上の、最低限の付き合いしか無かった。しかし、お互いに、仕事の実績。そして、職場に味方の多い二人は、少しずつではあるが、お互いの存在が気になり始めていた。
しかし、二人ともシャイな性格で、恋愛には奥手であり、更に仕事人間であったため、廊下で会うと挨拶、会釈をするだけの関係に「とどめていた」。それだけ仕事に注力していた二人だった。
第2章 10年目の懇親会
鉄板印刷は、大手の印刷会社だ。全国に支店があり、総従業員数は5万人にも上る。しかし、今回は、その中の本社での二人の物語だ。沙也は高校、敦史は大学を優秀な成績で卒業し、共に同じ年に新卒で入社した「同期」だった。
沙也は、会社に勤める傍ら、会社に内緒で「読者モデル」の仕事を副業でやっていた。街を歩いているとスカウトされ、生活費の「足しに」、会社に内緒で、何度か仕事をしていた。経理課の人間であるため、自分で処理し、同僚には、その「稼ぎ」の額のみ知らされていた。
だが、仕事を覚えていくうちに、仕事量、責任が増え、本職の経理一本で頑張ることにした。どうせ年を取ったら、モデルは出来ない。会社の人たちにも知られたくない。彼女なりに、賢明な選択をした。
一方、敦史は、入社時点から熱量がすごく、営業マンとして、時には夜遅くまで仕事に励み、
「将来、営業をしょって立つ男だ」
と噂されるほどだった。
業務成績も安定し、社内の人間関係も良好。残業を志願するほどで、正に「仕事に励むために、生まれてきた」と言っても過言では無かった。
この二人の話は、入社当時にさかのぼる。敦史と沙也は、共に本社への配属が決まり、会社の懇親会では、二人ともに、皆の前で挨拶した。
そして、新入社員同士で固まって、先輩たちから言われるがままに、右も左も分からず行動し、段々と同じ部の先輩たちに引き取られて、それぞれの部に溶け込んでいった。
やはり、仕事をする上では、長い時間同じ部署の先輩たちと過ごすのだ。だから、皆そういうものだと理解し、「軍団」は、段々と解消した。
それでも、敦史と沙也の二人は、お互いの事が気になっていた。しかし、二人とも自分から話しかけなくても、皆が寄ってくる「人気者」であったため、お互い話をせずに、営業部、経理部に吸収されていった。こうして、1年目の懇親会では、「ニアミス」(すれ違い)に終わった。
2年目以降は、段々と雰囲気が分かるようになり、新人を歓迎しつつ、普段よくかかわる部署の塊へと、出向いて挨拶などをしていた。特に、「お偉いさん」達に挨拶し、歳が近い若者同士で、長い時間を過ごしていた。
勿論敦史は経理部にも行ったが、4歳下の異性であり、皆に囲まれている沙也には、話しかけづらかった。そして、二人とも5年目で各部署の課長に昇進し、それ以降は自分の課を見守る懇親会となっていたため、接点は更に減った。
毎年、こんな感じでニアミスを起こし、気づけば、もう十年目の懇親会を迎えようとしていた。この頃になると、二人とも「結婚」を意識し始め、少しずつお互いの存在が気になり始めた。
しかし、相変わらず自分から行動を起こせない二人は、経理部の集団の中で、時々目を合わせるくらいだった。そんな分かりやすい行動をとる二人に周囲は気づき始め、少しずつ二人だけにしようと、話を切り上げて別のグループを形成していった。
敦史は、ようやく沙也が一人で近くにいることに気づき、勇気をもって話しかけた。
「こんにちは。並木経理課長ですよね? いつもお世話になっています」
「あ、こんにちは。こちらこそ、いつもお世話になっております」
「いつもお世話になりながら、ご挨拶が遅れてしまいました。営業部課長の波佐間 敦史と申します」
「存じております。いつも頑張っておられる姿を拝見しております。確か、同期入社の方ですよね?」
「ええ。並木さんこそ、いつも残って仕事をしておられますよね。お噂は兼ねがね」
「ありがとうございます。私なんかより、波佐間さんは、残業を志願してまで頑張っておられるので、尊敬します」
「お褒めの言葉、ありがとうございます。お互い、仕事バカになりましたね(笑)」
「そうですね。会社の為に、生活のためにと、必死になっていました」
「これからも、鉄板印刷のために、お互い頑張りましょう。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
そこで挨拶が終わると、また無言で、お互い見つめあっている二人だった。
敦史は、営業のグループへと帰り、ビールのジョッキを一気に飲み干し、先ほどの会話の余韻に浸っていた。その向こうで、沙也は、また大きな女子グループを形成するのだった。
そして、敦史が沙也を見ていたり、また、沙也がグループの向こうから見つめていたりして、十年目の懇親会はゆっくりと幕を閉じた。
第3章 日々の仕事の中で
十年目の懇親会で、お互いに手ごたえは掴めた。敦史も沙也も、この頃からお互い、関わる時間を探すようになった。またどこかで、話がしたい。それを、日々の日常の中で模索するようになり、ボーっと、頭の中でシミュレーションする時間が出てきた。
「どうしたの?」
と言われることが、時々あった。それでも、どこかでいい関係になればと、お互いの部署へと行き来するときは期待した。
しかし、お互いに、将来を期待される「若き中間管理職」であるため、相変わらず仕事量が多く、相手が来ても気づくことができず、頭のメモリから、段々とお互いの存在が消えていった。そうでもしないと、日々の業務に追いついていかなかったのだ。
そして、忘れた頃には、仕事を多くこなし、会社に貢献することが喜びである生活に「満足していた」。つまり、元の木阿弥に終わった。
敦史は、個人の力の発揮。そして、部下の指導に忙しく、沙也も監督業務、そして所内の人間関係に時間を使わざるを得ない。そんな、会社にとっての大きな歯車となっていた。だからこそ、1日も休めない。ましてや、恋愛など、できる環境に無かった。
敦史は、大学の時から上京し、一人暮らしを14年も続けていた。自炊、洗濯、掃除などの家事はお手の物だったため、女性にそこを求める「思い」が、全くなかった。平日出来ないことは、休日にまとめてこなす。
そんな、パワフルで手を抜かない習慣は、会社だけでなく、家でも形成されており、結婚しなくても、全く困る事は無かった。
今日も深夜帰りの敦史は、たまにはコンビニで晩御飯を済ませようと、いつもの道すがらにある、その場所だけ明るいコンビニにフラフラと入った。
仕事で体力を使い果たして、何気なく店内を彷徨う敦史は、ふと「雑誌コーナー」が気になった。見知った顔があったように思えたのだ。近づいて、手に取ってみると、
「復刻‼ 5年前の超新星読モ!」
それは、忘れもしない、並木 沙也経理課長の顔であった。
思わず目を疑った。何でこんなところに並木課長の写真が写っているのか? 確か、彼女はうちの正社員で、とても忙しいはず。
確かに社則では、副業は認められているが、こんな副業をしているとは、夢にも思わなかった。
しかし、現実にそこにはあどけない頃の彼女の姿が写っていた。
並木課長の「秘密」を知ってしまった。晩御飯と一緒にその写真集を買い、うちに着いても、その写真を見ながら、まだ驚きが抜けなかった。あの真面目で人気者の彼女が?
ただ、直接本人に聞いたり、周りに言いふらすなどと、野暮なことは考えていなかった。ただ、心の奥底に留めて、この事実は墓場まで持っていこう。そう決めた。
それにしても・・・女性は分からないものだと、舌を巻いた。
次の日、敦史は廊下で沙也とすれ違い、思わずドキッとした。その反応に、沙也は首を傾げた。結局、お互いに挨拶もないまま行き違ってしまった。敦史は、ため息をついた。
「何で俺がビビらないといけないのか」
と。
冷静になれ。切り替えよう。そのために、煙草を吸いに外へ向かう敦史だった。
外に出て、頭を冷やすと、沙也が読者モデルをしていたことなど、なんでもない。よくある事だと思い始めた。そんなことに、いちいち敏感になっている自分が、とても馬鹿らしく、矮小に見えた。一本煙草を吸い終えると、また激務へと戻っていく彼だった。
その日、会社の社員食堂で、またしても沙也と会った。少し遅れてきた彼は、他に空いている席が無く、腹を決めて沙也の向かいに座った。今朝の後だ。少し気まずい。沙也はと言えば、隣の女性社員、おそらく経理の同僚、と二人で和やかに話しながら箸を進めていた。
「こんにちは。先ほどは失敬」
「あら、波佐間さん。じゃなくて、波佐間課長。何かあったんでしょうか?」
「いや、お気になさらず。もう済んだことなので」
「うーん?」
敦史は、ゴホンと咳払いで、無理やり会話を途切れさせた。そして、その後は黙ってお昼を食べる事に徹した。
一方の沙也は、まだ敦史の態度に引っかかっていた。なぜか、最初は自分を見てのけぞり、先ほどからよそよそしく無言でカレーうどんを食べ続けている。同僚と会話を続けながらも、もしかしたら、この一連の行動は自分に好意があるのでは? と思い始めた。
しかし、そうなると、
「もう済んだ」
と言ったのはどういう意味なのだろう?
敦史が席を立ち、
「それではお先に」
と、そそくさと戻っていったあと、同僚のアラサー女子も、
「波佐間課長、先輩に好意があるんですよ。いいなぁ、華の営業課長との結婚かぁ」
と、沙也をからかっていた。
その夕方、沙也は久しぶりにコンビニを訪れた。宅配の荷物を、「コンビニ受取」にしていたのだ。そのついでにフラフラと雑誌コーナーに吸い寄せられると、
「あっ」
と思わず声を上げた。
そこには、
「復刻‼ 5年前の超新星読モ!」
と書かれた昔の自分がいた。
そう言えば、つい1か月前に、お金欲しさにそんな電話に応じた覚えがある! 特に撮影などされず、受け取った額も多くないために、すっかり忘れていたのだ。
もしかして、波佐間課長に見られた? それなら、あの意味深なコメント、
「もう済んだことなので」
も理解できる。あの時は少し浮かれていたが、モデルの副業をしていたことがばれたのだ。
社内で広まったらどうしよう? いや、そんな人には見えないが、万一ということもある。特に、お酒が入ると、その万一もありうる。次の忘年会は欠席しようかな? と思い始めた。
しかし、今まで皆勤した事もあるし、出ない方がまずい事もある。そう。逆に怪しまれたり、経理課の皆との付き合いもある。もうちょっと頑張ろう。
何故だろう? 涙がこぼれてきた。あの人にだけは知られたくなかった気がする。それでも、何事も無かったかのように振る舞ってくれた敦史を思うと、胸の中が熱くなり、その日の帰り道は、ずっとぐずっていた。
「これが、恋なのかな?」
もう暗い夜空を見上げると、ひとかけらの流れ星が、返事をくれた気がした。
明日も頑張ろう。そう思わせてくれる、一瞬の出来事だった。
第4章 余命半年
鉄板印刷に、今年も一斉健康診断の季節がやってきた。この会社では、いつも忘年会シーズンの少し前に、健康診断を行う。それだけ、取引先などと飲み会が多く、また、気を引き締めるためでもある。
忙しい社員(営業や管理職)は、この時期をパスすることができ、その場合、後日会社がお金を出し、会社の近くにある病院で「個別に」健康診断を行う。
沙也は、日程通りに健康診断を受ける事が出来た。今まで、「経過観察」にもならず、全て「異常なし」で来ていた彼女だったので、順調に検査が進み、今回も再検査0で皆のお手本になるんだ。そう思っていた。
しかし、一週間後に結果が届き、初めて異常が出た。「白血球数」が基準値よりも少なかったのだ。AからGまでの判定の中で最悪の「G判定」。すぐに、病院に駆け付けたが、原因は「敗血症」と診断をされて、即入院した。
医者の説明によると、「敗血症」とは、ウイルスの侵入などにより、「サイトカイン」という物質が体中に放出され、それが体中の炎症を引き起こす。また、血管を広げて血圧を落としたり、細い血管を固める効果があるため、体中の内臓にダメージが及ぶ。沙也の場合は、「敗血性ショック」と呼ばれる、輸血を行っても低血圧が続く状態になっているために予断を許さない状態である。そんな説明だった。
今まで何ともないと思っていたが、会社を休めないため、咳や下痢を市販薬でごまかしたり、頭痛はこの所毎日だったな。休んで病院に行っておけば、こんなに重症にならなかったのに。そう、ベッドの上で後悔の念に苛まれていた。
それでも、必ず回復する。そして、また仕事へ奔走する生活に戻るんだ! そう決めたら、今までの疲れが重なり、スヤスヤとベッドの上で寝てしまった。
その頃、ようやく敦史も健康診断を受けていた。こちらは、営業の付き合いで、残業や飲酒が多かったため、既に「再検査」を連発していたが、大事にならなければよい。そんな考えだった。
しかし、一週間後、敦史も入院してしまう。肝臓が悲鳴を上げ、もう限界まで来ていたのだ。こちらは、さほどショックはなく、
「運悪く、入院になりました(笑)」
と同僚に伝え、笑いながら病院へと行った。
そして、ベッドの上でもせかせかと、取引先や会社にお詫びの電話を入れていた。電話が終わった頃に主治医の先生がやってきて、
「あなたは、肝硬変です」
と診断されてしまった。
敦史は、その病名を聞いても、よく分からなかった。そう言えば、テレビなどでたまに出るキーワードだよな。そんな、「?」の顔をしている敦史に、病院の先生が説明を始めた。
肝硬変は、慢性的に肝臓の炎症が起こる事で、細胞分裂、再生を繰り返す中、硬い肝臓に置き換えられていき、段々と肝臓が、硬く小さくなっていく末期の症状だ。何故そんな事になったかと言えば、「慢性肝炎」を放置してきたツケが回ってきた。最悪を覚悟してほしい。そんな説明だった。
敦史は、みるみる青ざめ、生まれて初めて「死」を身近に感じた。死ぬかもしれない? まだ32歳なのに? まさに、地獄へと落とされた結果だった。
そんな命の危機に苛まれていた二人は、憂さ晴らしに、屋上へと空気を吸いに上がっていった。そして、偶然鉢合わせたのだ。まさか、同じ病院だとは知りもしなかった。
「波佐間課長・・・」
「あ、並木課長。どうしてここへ? 」
「実は敗血症で入院になってしまって・・・」
「僕は肝硬変です。もう末期だとか」
「私も予断を許さない状況だそうです。二人とも、無事に帰れますかね?」
「僕は難しいでしょう。何せ末期だから」
「私も、今回ばかりは自信が無いです。辛い体が、そう言っている気がします」
そこで会話が止まり、いたたまれない空気が辺りを支配した。二人は椅子に座り込み、次の話題を探していた。
「そう言えば、同期入社だったんだよな」
ぽつりと敦史がつぶやいた。沙也は、落としていた視線の先を敦史の方に向けた。
敦史は、更に、
「これから知り合いは二人だけになる。キツイ治療と闘病生活で、誰かに話を聞いてもらいたくなる時もあるだろう」
とポツリ、ポツリと弱音を吐いた。
沙也は、
「だったら、いっそ2人部屋を希望しますか? 勿論カーテン付きの」
と、気丈に振る舞いながらも、実のある提案をした。
「いや、お互いの辛い姿は見たくないだろう。また屋上で会おう」
そういうと、敦史は病室に戻っていった。
一人取り残された沙也は、ますます悲しい気分に支配された。辛い時も、誰か身近な人がそばにいてくれるだけでも違うのに・・・
それだけではない。その見知った人が辛い治療に耐える姿を見れば、お互いに、自分も頑張ろうと思えるはずだ。明日、波佐間さんの機嫌が良ければ、もう一度提案してみよう。そう決めると、沙也も屋上を後にした。
翌日、沙也は、時間の許す限り屋上で待っていた。もちろん敦史のことである。風をひきそうな冬の空。どこまでも、希望が吸い込まれていく様な錯覚を起こしながら、それでも敦史を待っていた。
一旦、お昼ご飯に戻り、午後にまた屋上に上がると、いた! 敦史はいつもの迫力がなく、ただボーっとしていた。思わず駆け寄り、
「波佐間課長」
と、声をかけた。
敦史は、無理やりか、自然に出たものかも分からない微笑みをこちらにくれた。
まだ、病気を受けられていないんだ。沙也は、必ず回復すると信じているから、平静を保てるのであって、「余命宣告」を受けたら、こうは行かないだろう。途端に敦史が可哀想になった。
「波佐間さん。やはり、同じ病室にしませんか? 愚痴でもなんでも聞きますよ」
と、精いっぱいの思いを乗せて、声を掛けた。
敦史も、ようやく言わんとすることが分かり、
「ありがとう。ナースステーションで交渉しないといけないな。いや、まずは医者か」
と、つぶやいた。
そして、二人で、また屋上で会おうと約束し、医師にそれぞれが交渉すると約束した。しかし、敦史の容態が日に日に悪くなり、
「個室でないとだめだ」
主治医にきっぱりと、そう言われた。
また、沙也も段々と動けなくなり、二人で会う事も叶わなくなっていった。
それでも、闘病の最中、敦史は沙也を。沙也は敦史を思い続けていた。どこかでまた会う事はできないものか?
それが生きるモチベーションだった。特に、追い込まれていた敦史は、終末医療を受けて、大分心が折れかかっていた。
しかし、沙也も容体は悪かった。逆に、入院してから悪くなっているのではないかと思うくらい、免疫力が仕事をしていなかった。嗚呼、こんな事なら・・・。と、後悔することがとても多く、色々思い当たりながら、二人は病院で過ごした。
せめて、あの人が一緒にいれば・・・。
そうしているうちに、沙也も医者に見限られてしまい、初めて希望を聞かれた。そう。敦史と同じ病室で、最期を過ごすかどうかという、以前の要望である。
自分もそんなに悪くなったんだと、とても寂しかったが、勿論同じ病室を希望した。また、敦史も同じく同部屋を希望してくれたようで、すぐに2人部屋が実現した。
その頃の敦史は、憔悴した時期を乗り越えて、達観し始めていた。鉄板印刷の営業部員が、毎日のようにお見舞いに訪れるほど。そこで馬鹿な話をしながら、人の温かさを実感し、暗い部分は、見せなくなっていた。それ故、心の奥底を知っているのは、沙也だけという事になる。
一方の沙也の来客は、同じ経理部の同僚だが、皆気遣いをしてくれて、なんだか暗い雰囲気を纏った見舞客が多かった。そのため、敦史が羨ましかった。どうして男性はあんなに明るくできるのだろう? 自分にも、そういう来客が欲しかった。
二人だけになると、必ず最期の事について語り合った。敦史は、どうやら気の知れた仲間と旅行に行き、皆の笑顔を見て死にたい。そんな希望を語っていた。
沙也は、まだ何も考えておらず、応援してくれる見舞客の方々達のためにも、復活することへの「一縷の望み」に懸けていた。
ある日、いつものように、沙也の見舞客が来た。その場で、沙也は高らかに宣言した。
「退院して、波佐間課長と旅行に行く!」
もう、闘病生活とはおさらばしたかった。もう、うんざりだったのだ。今まで、悲しそうに、沙也との時間を大切にしてきた経理の同僚たちは驚いた。もう助からない。だからこそ、この時間を穏やかに、実りあるものにしたかったからだ。
一瞬、沙也の気が触れたのかとも思ったが、沙也は本気の目をしていた。
向かい側のベッドにいた敦史も驚いた。それと同時に、とても嬉しかった。これで、二人の意見は一致した。沙也の見舞客が帰ると、二人で「最期の」旅行を、どう過ごし、どうやって、この短すぎる一生を終えるのか、真剣に考え始めた。奇しくも入院以来、二人の関係が一番充実したひと時だった。
やはり、冬に行く旅行なら北海道か、北陸か。本場に行って蟹を食べようか?
そして、そのあとは雪かきの体験でもすれば、こちらは新鮮で、現地の人は喜ぶだろう。二人は、そんな旅行の話に、あれやこれやと話に花が咲いた。
それから、2人は入院生活の長い時間を、旅行の計画に充てた。行き先は石川県の金沢市周辺。兼六園や、輪島の朝市。そして、絶景の東尋坊。九谷焼で知られる伝統工芸品。噂では、「金」を買えるお店もあるようだ。最期に貯金をはたいて買ってみても良いかもしれない。そんな話で、話題が尽きなかった。毎日が、「いつの間にか消灯時間」だった。
しかし、この旅行が、二人の本当の最期になると、悲壮な決意を固めていた。それ故、楽しい中でも、真剣にプランを練っていた。こんな時、同じ部屋で、同じ目的を持ち、同じ境遇にさらされている人がいると、こんなにも心強いんだと、二人は改めて思い知らされた。そして、長い時間一緒に居て、段々とお互いに情が移ってきた。つまり、恋をして、それが両想いになりつつあった。
ある日、突然二人は、主治医に
「終末医療はもうやめる」
と同時に伝えた。理由は、もう何をしても助からないことが明白であること。そして、旅行へ行くためだった。
二人とも、人生最期の旅行を、とても楽しみにしていた。旅行代理店にチケットの手配を頼んだが、帰りの切符は頼まなかった。向こうは訝しがったが、沙也の笑顔で何とか乗り切れた。
敦史は、舌を巻いた。病院の一時的な外出許可だというのに、こんな「ビッグスマイル」を見せつける沙也は、流石は元モデルで、流石は会社のアイドルだった。今頃になって思い知らされるとは、夢にも思わなかった。
ともかく、二人は平日に、北陸新幹線で最期の地を目指すことに決めた。あとは、楽しんで最期を迎えるだけ。まさに天にも昇る思いで、気持ちがスーッと楽になった。
最終章 最期の旅行
二人は、退院した。症状は、極めて良くなかったが、何故かその日だけは、二人ともウキウキ気分で、比較的高いテンションで話が弾んだ。
「いよいよ旅立つのね!」
「能登半島か。初めて行くから楽しみだ」
「え、あれだけ出張があったのに、行った事なかったの?」
「そう。北陸新幹線が開通したのは、最近だからね」
「そうなんだ! 死ぬ前に乗れてよかったわー」
「そのことは秘密なんだから、大声で言われたら困るよ」
「大丈夫。解釈次第で、どうとでも取れるように、計算して喋っているから」
「とてもハイになっているね。ちょっと、顔を洗って、さっぱりして来るかい?」
「波佐間さんが、煙草を吸いたいだけなんじゃないの?(笑)」
「まあ、そう言うなって。半分は、本当に君のためを思って言っているんだから」
「じゃあ、行こうか?」
そんな感じで、テンポよく会話が弾んだ。沙也は、もともと煙草は苦手だったが、この先、生きられないことを知ると、健康被害や臭い、副流煙など、どうでも良くなってしまい、そのうち敦史の煙草の臭いを好きになるほどだった。
何と言うか、敦史が近くにいる実感が湧いてきて、とても落ち着くようになったのだ。
敦史も、そんな沙也がいてくれることが、とても嬉しかった。片道4時間の旅を楽しんで、二人は金沢に降り立った。
「トンネルを抜けると、そこは雪国だった」
まさにそんな感じで、積雪のある中、行き交う車。厚着の人たちを眺めるだけでも、とても新鮮で、まだ駅からどこにも行っていないのに、雪のせいだろうか。
幻想的な光景に目を奪われた二人は、辺りを写真に収め始めた。もう永くないのに、写真にする必要があるのだろうか? そんな疑問を感じる二人の行動だった。本当は、もっと生きたい未練心があるのかもしれない。しかし、二人はこの一瞬一瞬を楽しむことに集中した。
そんな二人が最初に寄ったのは、お土産屋さんだった。その土地の名産品をリサーチする狙いもあったが、もうお土産屋さんには戻ってこないだろう。そんな悲壮な決意からだった。
それからの時は、ゆっくり、とても穏やかに流れた。色鮮やかな「九谷焼」を初めて手に取ってみたり、「紙ふうせん」というお菓子に惹かれたり、金箔をあしらったお土産も買う事が出来た。
二人は、九谷焼についても、お土産屋さんで教わった。江戸時代に「加賀百万石」と言われたこの地で、それに見合った鮮やかな「古九谷」が作られ、日本だけでなく、世界からも買い付けられた「九谷焼」は、現在、とても格調の高いお土産となり、贈答品にもなって、石川県を、いや、日本を代表する伝統工芸品となっている。
その説明を聞くと、二人とも目の前に陳列されている陶磁器が、とても素晴らしいものに見えて、大枚をはたいて買った。どうせ最期の旅行になる。後先考えずにお金を使っても大丈夫でもあり、また、それだけの価値を見出したのだ。
その日は、辺りを散策し、ホテルにチェックイン。この「おやすみなさい」が最期になるかも知れないのに、二人は、別々の部屋を取った。
翌朝、ホテルをチェックアウトし、二人は「兼六園」に向かった。雪のパラパラと降る中で、日本三名園の一つといわれる「加賀百万石」の庭園はどんなだろう、と期待に胸を弾ませながら。
敦史も沙也も、こういう趣のある場所へ来たことは、今まで無かった。入場料を払って一歩入ると、そこには言葉で言い表せないくらいの、幻想的な世界が広がっていた。積雪のお陰でもあるが、日々を都会の喧騒の中で暮らしていた二人には、初めての感覚だった。
平日で、観光客が少ない事も幸いして、しんしんと降る雪の中で、灯篭やお堂は白く染まり、静かに二人を待っていた。二人は、石橋を渡り、朱色の上に白を称えるお堂に参拝した。そして、小一時間、その場を離れるのを惜しむ様に歩いていた。しかし、段々と体が冷え、庭園内のお茶屋さんで抹茶を堪能し、凍えた体を温めた。
そして、二人はその場を後にし、最期の地へと向かった。そう。福井県の「東尋坊」である。石川県から隣県の福井へと向かう列車の中で、名残惜しむ様に、二人は最期の会話を楽しんだ。
「沙也、満足できたかい?」
「ええ。もう未練はないわ」
「僕もだ。この季節に旅行に来れて良かったね」
「本当。雪がこんなにも綺麗で、しんしんと降るのを見たのは初めて」
「ああ。風情があったね」
「敦史さんは、ここで人生が終わっても良いと思う?」
「ああ。もう十分だ」
「東尋坊は凄いらしいの。楽しみね」
「そうだね。でも、もうすぐ最期か。長かったような、短かったような、ジェットコースターみたいな人生だったよ」
そんなことを話していると、最寄り駅に到着した。兼六園に長く居たため、現地に着いた頃には、もう夕方だった。
優しく夕日が照らす中、その切り立った崖に日本海の荒波が叩きつけ、水しぶきが遥か上の観光客のいる崖の上まで上がってくる。とても、雄大な場所であった。
二人とも、その素晴らしい光景に放心し、しばらくの間眺めていた。しかし、ここで全て終わらせると決めたのだ。
二人は、最後にお互い微笑み、優しいキスを交わすと、敦史は履きなれた革靴を、沙也はハイヒールを脱ぎ、そこに遺書を詰め、手をつなぎながら、ゆっくりと断崖絶壁の先端の方へと歩いて行った。
その短い距離を歩く間、走馬灯のように、今までの想い出が浮かんでは消え、幸福な気持ちに浸っていた。これまでの約30年、こんなにもいい事があったんだ。そして、苦しかった終末医療も終わり、あとは雄大な日本海に飲まれるだけ。思わず、どちらとも言わずに涙をこぼしながら崖から下を見つめた。
敦史と沙也を途端に怖さが襲ってきた。10、いや20mはあるだろうか? しかも岸壁にたたきつける波の強さも半端ではなかった。それでも、二人はもうここで最期にすると決めていた。
敦史は、沙也に向かって、
「行くよ!」
と言うと、二人は勢いよく、日本海の荒波に飲まれていった。
後日談 遺された者たち
二人は、会社の同僚たちに告げた日を過ぎても帰って来なかった。その代わりの知らせは、「遺書」だった。金沢や、福井で買ったお土産も後日郵送されてきた。
皆、二人がもう永くないことは知っていたが、まさか東尋坊にて、自らその人生を終わらせるとは思ってもみなかった。あれが二人のハネムーンだったのだろうか? 結婚こそしていなかったが、二人は、周りの目にも明らかであるほど、「くっついていた」。
二人の遺書には、同じような事が書いてあり、まずは旅行についての感想、感動や驚きなどが記されていた。
そして、遺された同僚たちへ、「健康第一」で、私たちの分まで長生きしてほしい。最後に、もっと部署ごとの連携を密にして、中間管理職の負担を軽減させるシステムを考えてほしい。そこで遺書は終わっていた。
それ以来、鉄板印刷は残業時間の管理を厳格に行った。それについて、誰も会社に不満が無く、かえって生産性は上がった。
そして、印刷業界の中でもその地位を保持し、社員の満足度も他の追随を許さないほどだった。二人の中間管理職の命と引き換えに、会社は時代の先端へと舵を切る事ができた。これこそが、まじめで仕事人間だった二人が会社にもたらした「かけがえのない」財産だった。
二人の葬儀には、本社で働く社員全員が参列し、新入社員への教育にも、二人の事例が取り上げられた。二人の短い人生は、美談となり、会社に。そして同業他社にも働き方革命をもたらした。
この教訓から学びを得ることこそが、21世紀を乗り切る術となり、パラダイムシフト(既成概念の破壊。新しい常識の確立)となった。