前編
「ボクの坊やとして生まれて来てくれてありがとう。ようこそ、この世界へ」
それが、俺がこの世界で初めて聞いた言葉だった。
贈られたのは愛の祝福。
俺は地球からの転生者だ。
前世では重い病に罹りそのまま病院にも連れて行ってもらえず衰弱し独りで死んでいった。
転生するにあたって神が現れ様々なスキルを授けてくれた。
俺は、それに加えてひとつある事を願った。
『俺の事を愛してくれる家族の元に生まれたい』
つまらない願いかもしれない。
だけど俺は家族のぬくもりを渇望した。
それ程までに前世の俺は家族から邪険にされていた。
いや、家族にとって興味の対象外だったのだ。
姉は芸能事務所に所属しているモデル。
弟もアイドルグループに所属し最近はドラマの主演にもなっていた。
対して俺は大した才能もなく顔も平均以下。
何をやっても姉や弟には勝てなかった。
弟がかつて主役を務めたヒーロー特撮を見ながら『俺だって』と言いつつ指をくわえているだけであった。
だから、新しい世界で俺を迎えてくれた母親の言葉に俺は泣き出していた。
赤ん坊ってのは生理的欲求を唯一の手段である『泣く』という行為で伝えているらしいが俺の場合は純粋に『泣いて』いた。
もしかしたら前世の母親だってかつてはそんな言葉をかけてくれていたかもしれない。
それでも俺にとって新しい母からの祝福は心を振るわせるには十分だったのだ。
「ありがとう。ああ、息子よ。本当にありがとう」
父親と思しき男が俺を抱き上げてくれていた。
神から与えられたスキルで俺は普通の赤ん坊より成長している。
時間をかけて成熟していく視力なども成長しておりはっきりと周囲が見える。
俺を抱き上げてくれている男には前世の父親の様な気難しさは感じなかった。
更に視線を動かすと周囲には他にふたりの女性が居て俺の方に愛おしいといった視線を向けてくれていた。
何者だろうかと思い神から貰ったスキルで鑑定してみると彼女らも父親の妻だった。
おやおや、どうも新しい父親は随分と色男の様だな。
どうもこの国は一夫多妻の文化がある様子で見た感じ家族関係は良好そうだ。
更に小さな女の子が3人入ってきてはしゃぎキラキラした目で俺を見つめている。
どうやら俺の姉に当たる子ども達らしい。
心が少しざわついた。前世では姉や弟はよく出来る子だったので親の興味もそっちに行ってしまった。
俺はバカにされ、家でも肩身が狭かった。
またあんな想いをするのは……
「うはぁっ!この子がボクの弟かぁ」
「ちょっとアリス!『ボク』のじゃないでしょ?『私達』の弟よ」
「いいじゃないリリィ。アリスはようやくお姉ちゃんになったんだもの」
「でもケイト、私達にとっても初めての弟よ。こんなワクワクする事って無いわ!!」
あ、意外と大丈夫かもしれない。
姉達の全身から『弟かわいいオーラ』みたいなものが吹きだしている。
3人を鑑定してわかったのは
長女がケイトことケイトリン。
次女がリリィことリリアーナ
三女がアリスことアリソンで彼女は母親が同じだ。
「よし、お前には最高の名前をつけてあげるからな!」
俺の頭を撫でる父親の笑顔が眩しかった。
これが、家族か。
□
「ねぇ、坊やが生まれてそろそろ3日になるけどまだ決まらないの?」
そう。俺は3日経っても未だ名前が無かった。
理由は父親が俺の名前を決めかねているから。
「す、すまない。色々あって決めきれないんだ。そうだな、リズは王族だったからその名残でロードっていうのはどうだろうか?」
「うーん、別に王族としての地位も名前ももう捨ててるからねぇ」
どうやら俺の母親はどこかの国のやんごとなき身分の人だったらしい。
「後はホマレだな。『出藍の誉れ』って言葉があって弟子が師より優れているって意味なんだがこの子にもそんな風に育って欲しいなって思う」
「でも、この子がそれを重く感じたらどうするの?」
「うーん」
まあ、こんな感じで真剣に考えてくれている。
いい父親だと思うがそろそろ決めて欲しい。
「実はもうひとつ、候補があるんだ。ジェスって名前さ」
「ジェス……それって確かあの助けられなかった子だよね?」
「そうだな……」
何かしんみりしてるんですけど?
どういうことだろう、鑑定でその辺のエピソードの説明を何とか知れないだろうか?
――――
カロニーア・ジェス
享年10歳
リフージ村の少年。
村を襲った魔獣から幼い弟を守り抜きその生涯を終えた
――――
「勇気のある子だった。だから息子が生まれたら候補に入れようと思っていた」
いやいや、それで決まりじゃん。
ちょっとそのエピソードで目頭が熱くなってきた。
もうこれ以外ありえんだろ?
「でもなぁ……他に考えてやった名前も捨てがたいし」
何を言ってるんだ。
ヒーローじゃん。ジェスで決定しようぜダディ。
俺、その名前が良い!!
「あっ、そ、そうか……」
父親は手を打つと俺の名前候補の紙を幾つか組み合わせ並び替えはじめた。
「お、お兄さん?」
母親は時々父親を『お兄さん』と呼ぶことがある。
何か不穏な空気だな……
「要するに何も捨てなければいいんだ。よし、決定!」
おい待て。
嫌な予感がどんどん現実化しているぞ。
何に決定したんだ?
聞くのが怖い。
怖すぎるんだよ!!
「この子の名はジェスロードホマレ。レム・ジェスロードホマレだ。早速役所に提出してこよう!!」
親父ィィィィ!?
ちょっと待て。名前を合体させちゃってるよな?
この世界の命名には明るくないがそれって控えめに言ってキラキラネームじゃねぇのか!?
すると脳内でアナウンスが流れた。
『超絶キラキラネームです』
やっぱりかよぉぉぉ!
ていうかアナウンススキルまであるのかよ。万能すぎるだろ俺。
「ア、アンジェラァァァ、メイシィィ!お兄さんを止めてぇぇぇ!坊やが、坊やがすっごい名前になるよぉぉぉぉ!!!」
母親が大声で叫び出し他の母達を呼ぶ。
そうだ。止めてくれ。
俺の名前はさっきの幼いヒーローのものでいいんだ。
そんなキラキラネームは勘弁してくれ。
将来俺が大きくなった時の事も考えてくれぇぇぇ!!
「よし、それじゃあ行ってくる!」
親父は何故か窓から外へ。
おい、待て。なぜわさわざそんな所から出ていく?
直後、他の母さん二人が部屋に入って来た。
アンジェラとメイシーという名前だ。
「リゼット!どうしたんですか!?」
「お兄さんが、坊やの名前にすっごいのを書いて役所に提出しようとしてるよ!窓から出て行った!!全部繋げたの!!」
「しまった!あたし達に止められることを先読みされてた!?メイシー、追いかけるわよ!!」
「いや、でもすっごい名前ってそんなだいそれた名前、そうそう思いつかないでしょう?……大体全部繋げてって……意味……が……ええっ!?」
母親のひとりであるメイシーは乗り気でない様子だったが床に置かれている紙を見て状況を察知した様で顔色を変えた。
「アンジェラ!阻止しますよ!あの人のセンスを甘く見てました!!」
頼む!あんた達が頼りだ。
このままじゃ人生の節目節目であの名前を名乗る事になる!!
親父が一所懸命考えてくれたことは嬉しいがそれでもあれはやりすぎだ。
□□
数時間後。
俺は自分を鑑定し一瞬心が虚無になった。
――――
レム・ジェスロードホマレ
性別:男
種族:ナダ人
職業:新生児
肩書:レム家長男
――――
非常に残念な事に、俺の名前はキラキラしたもので確定してしまった。
親父は母さん達の追跡を振り切り見事に役所へ俺の名前を提出したのだ。
いや、役所もさ、止めて欲しかったよ。
何であれを通しちゃうのかな……疑問に感じて欲しかったよ。
ていうかスキルたくさん持っていても対応しきれない事があるんだな。
□□□
キラキラネームを付けられてしまったが俺の人生は充実していた。
何せ神から貰ったチートスキルましましだ。
スキルをフル活用して才能をいかんなく発揮した俺は父親について幼い頃から冒険者として活躍していた。
姉達もいわゆる『天賦の才』を持っていたが俺はそれすらも凌駕していた。
やがて史上最年少の上級職到達という偉業まで成し遂げたのだ。
多くのパーティが俺を迎え入れようと接触して来た。
女の子達だって俺の周りに寄ってきた。
順風満帆な人生を送っていた。
だけど、俺が本当に好きだったのは……
「どうホマレ、似合う?」
2番目の姉、リリィ姉さんが新しい学校の制服を纏い俺に見せてくれていた。
「むちゃくちゃ似合うじゃん。流石リリィ姉さんだな」
「ちょっと待って。あんた何でリリィばっかり褒めてるのよ。あたし達だって同じ制服着てるんだからね」
一番上の姉、ケイト姉さんがむくれて俺を見ている。
いやいや、ケイト姉さんだって十分に似合っているんだよ?
だけど……
「ホマレは昔からリリィが大好きだったもんね。姉さんと結婚するんだってずっと言ってたくらいだからね」
3番目の姉、アリス姉さんが茶化してきた。
傍から見たら俺はシスコンの弟だ。
だけど本当は、この気持ちは本当なのだ。
俺はリリィ姉さんを心の底から愛していた。
どの姉さんも優しかったがリリィ姉さんは特によくしてくれた。
俺が風邪で寝込んだことがあった。
チート能力の『回復・特大』を発動させればすぐに治ってしまうものだが家族が看病をしてくれるという事がひたすらに嬉しかった。
特にリリィ姉さんはずっと俺の傍に居てくれて俺の額の濡れタオルを何度も変えてくれていた。
皆がよくしてくれるのも『神の愛情』という多くの人から好感を持たれるスキルのおかげだとはわかっていた。姉さんが俺によくしてくれるのもスキルのおかげ。
少し心は痛んだ。だけど家族は俺にとって特別だったしリリィ姉さんは誰よりも特別だった。
だけど俺と姉さんは腹違いとは言え血が繋がっている。結ばれることは許されない。
この点では血の繋がりを憎らしく思った。でも姉弟が結ばれるのは禁忌だ。
リリィ姉さんは俺にとって神聖な存在だった。
将来誰かのものになるかもしれないと思うとまだ見ぬ将来の相手に嫉妬心が沸き出してきた。
だからせめて、姉さんの結婚相手は俺がしっかりと吟味して最高の人を見つけてあげないと。
その後だってずっと見守っててあげようと思う。
それが俺に出来る姉さんに対する最大の愛なのだから。
「でもさ、わざわざ学校なんか通わなくたっていいのに」
この国では別に義務教育なんかはない。選択制なのだ。
それに姉さんに遭える時間が少なくなる。
口を尖らせていると姉さんは苦笑した。
「でも、私は将来ミアガラッハの家を継ぐわけだから見識とかも広めておく必要があると思うのよね」
姉さんは自分の母親から旧貴族の家名ミアガラッハを継ぐ事が決まっている。
自分に厳しい人なので様々な経験を積みたいと言っていた。
それにしても姉さん全員が同じ学校に行ってしまうなんて……
「俺も通おうかな……」
「ホマレ、あんたはもう少し姉離れしなさいよ……本当にシスコンなんだから」
「えー、だってぇ!!」
ケイト姉さんが呆れた様子で俺を見る。
楽しくて穏やかな幸せに満ちた時間
そんな日々が、ずっと続くと思っていた……だけど
□□□□
ある日の事。
俺は家で武器の手入れをしながら留守番をしていた。
ソロである程度活動する事も許されていたがその日は気分が乗らなかった。
だから留守番を買って出て家でゆっくりすることにしたのだ。
誰かが帰って来たようで玄関の扉が開く。
「誰?母さん?」
呼びかけるが返事はなく振り返るとケイト姉さんとアリス姉さんに肩を貸され項垂れたリリィ姉さんの姿が視界に飛び込んで来た。
肩を貸しているケイト姉さんとアリス姉さんは泣きそうな顔をしていた。
「ど、どうしたの!?学校は?リリィ姉さん、どうしたの?」
俺に気づいたアリス姉さんが叫ぶ。
「ホマレ!君はあっち行ってて!!」
こんな事は初めてだった。
『神の愛情』は発動しているのに拒絶され俺は少し混乱した。
そして、気づいた。リリィ姉さんの制服がびしょ濡れで、所々が破れている事に。
喧嘩でもしたのか?いや、だけど……
「お風呂、お湯を張って来るから!!」
ケイト姉さんも俺を無視して風呂場へ走った。
リリィ姉さんは床に力なくへたり込んでいた。
胸がどうしようもなくざわついた。嫌な予感がする。
「リリィ姉さん、大丈夫?」
「ホマレ、だからあっち行ってて!」
アリス姉さんに怒鳴られるがそれでもリリィ姉さんが心配だった。
だから俺はリリィ姉さんに近づき手を伸ばした。
「リリィ姉さん……」
リリィ姉さんの手に触れた瞬間だった。
「―――嫌ッッ!!!」
リリィ姉さんが絶叫し俺の手を振り払った。
その瞳はまるで恐ろしい化け物を見た様な恐怖の色に染まっていた。
「ホマレッ!」
後ろからやってきたケイト姉さんが俺を抱きしめた。
「お願い。今はダメなの。ごめんね、今はダメなのよ。それにお父さん達には絶対言っちゃダメだから!あんたは何も見てないの!お願いだから!ごめんね、ごめんね……」
何度も謝り俺を離すとケイト姉さんはアリス姉さんと共にリリィ姉さんを風呂場に運んでいった。
俺は呆然と立ち尽くしていた。あんな姉さん達は初めてだ。
とてつもなく悪い事がリリィ姉さんに起きたらしい。
何が、起きたかは何となく想像がついていた。
だけど出来ればそれは嘘であってほしかった。
俺は姉の後姿を『鑑定』してしまった。
そして 自分の想像が間違いで無かったことを確信し膝をついた。
最愛の姉は、誰かから乱暴されていたのだ。