リリアンの誕生日①
八十三話、ヤンセンの結婚式の後くらいのエピソードです。
「あら? メリーさんの羊牧場のご主人だわ。」
栄養のある草の生えている場所へ連れて行くため身重のスレッジ・ハマー号の手綱を引いていたリリアンは、見慣れた男がイーラーの薬店を出て行くのを見かけた。
「羊毛はこの前たくさん買ったのに、今日はどうしたのかしら。」
スレッジ・ハマー号のボディーガードを名犬サーブに任せ、リリアンがやり残した朝の仕事を片付けようと台所へ入ると、リカルドが油紙で包まれた塊を大切そうに抱えていた。
はっ!
メリーさんの牧場の主人が去った後に出現した塊!
リリアンはリカルドの腕に取りすがった。
「リカルド様! それは、それはもしや! メリーさんのお孫さんの誰かのお肉ですかっ?」
「メリーさん⁉︎」
下働きの俺に未だに「様」をつけるリリアンだが、他所の家畜にまで「さん」づけしているのか! リカルドは絶句する。
「あー、えーと、まあ、そうなるの、かな?」
さんづけの家畜の子孫の哀れな姿を見たリリアンが泣きだすのではないかとリカルドは警戒しつつ答えた。
しかし、
「うわあ! 私、羊肉大好き! 羊さんは食べても美味しいし、羊毛はあったかい毛糸やフェルトになるし、本当にありがたい動物ですね!」
次の瞬間、リリアンはぴょんぴょん跳ね回り、なるべく見えないように丈を短くしている残念なペチコートが今にも覗きそうなほどだ。
「お、おう。」
リカルドはなかなか潔い割り切りをしているリリアンに安堵した。
「それに比べてユキちゃんはイタズラばかりしてなんの役にも立ちません! お乳はお薬の材料だから私達は飲めないし! 皮を剥いで敷物にするくらいしか用途が思いつきません!」
ちなみにユキちゃんとは薬草園で飼っている山羊の名だ。
先日リリアンのペチコートをイタズラして以来、ユキちゃんの株は爆下がりなのだった。
リカルドは山羊の肉もけっこう好きなのだが、それを聞いたリリアンが怒ってユキちゃんを食べてしまっては大変なので、ここは黙って頷くのみにしておいた。
「羊肉で何を作るんですか? 羊肉麺ですか?」
リリアンは羊肉麺という言葉を発した途端、生唾がこみ上げてきた。ぬいぐるみの猫までヨダレを垂らしそうな勢いだ。
料理自慢のリカルドの作る羊肉麺はさぞかし美味しかろう。
しかし、リカルドはリリアンから隠すようにしてメリーさんの孫の肉を片付けた。
「あー、ごめん。これは違うんだ。その、あの、頼まれていたんだよ。その、あの……。そう、ヤンセンに。」
「ヤンセンお嬢さん?」
「あ、ああ、その、そう、ほら、赤ん坊の為に精をつけないといけないからな。これはヤンセンのところへ持っていかなきゃいけないんだ。」
「えー? 本当に?」
リリアンはうろんな目をリカルドへ向ける。
赤ちゃんはキャベツ畑からやって来るのに、ヤンセンが精をつけても仕方がないではないか。
それに、ヤンセンは羊肉は嫌いなはずだ。
例の尊大な態度で、あの臭みがどうしても苦手なのー、などと、バチ当たりなことを話しているのを聞いたことがある。
「うちの分はないんですか? ひとかけらも?」
「だ、だって、そう、家には猪の肉の塩漬けがたくさんあるだろう? 叉焼もこないだまた作ったばかりだし。」
「叉焼……ですか。」
「もしかして、飽きちゃったの?」
「い! いいえ! リカルド様の毎日叉焼入りの炒飯を作って下さると言うお申し出はちゃんと! 受け止めています! 私は食べ続けます! 毎日!」
「良かった。たくさんあるからね。何しろ、巨大な猪だったしな。お昼は叉焼麺が良い? それとも叉焼まん? やっぱりリリアンさんは炒飯かな?」
「……叉焼まんかな……。叉焼麺は昨日、炒飯は一昨日いただいたので……。」
「よし来た。任せといて。」
「わーい、リカルド様の叉焼まん、楽しみだなあ。」
そう言いつつも何だか棒読みになってしまうリリアンだった。
確かに、リカルドの叉焼は美味しい。
ロイヤル・ガードナーが自分の手柄のように周りに吹聴するせいで、薬草園のおじさんがまた巨大猪を狩ったという噂を聞きつける度に町の人がわざわざ薬草園へ買いに来るほどだ。
何しろ、売るほどあるのだから、毎日、毎日、叉焼、叉焼、叉焼ばーっかり。
今日くらいは新鮮な羊の肉も食べたいリリアンなのだった。
だって、今日は……。
今日は、リリアンの誕生日。
なのだから。
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