みんな大好きカルロス隊長②
前話の続きです。
「マルセルさんの後見人の貴族様を見た? ご立派な方だねえ。」
婚礼菓子の形の悪いのをわざわざ厩まで持って来てくれたメイドがジョゼフに言った。
相変わらず田舎訛りの抜けない口調で、ほっぺたと鼻の頭ばかりを赤くさせて。
「やっぱし、都会は違うね。あたいの故郷にはあんな青年紳士いないもん。妹達に手紙で知らせてやらなきゃ。」
「そりゃあ良かったな。」
端のかけたお菓子を口に放り込みながらジョゼフは曖昧に返事をした。
こんな小さな地方都市のグイユェンを都会とは、まったく、どんな田舎から出てきたんだよ。
俺もあの人と知り合いで、この仕事もあの人が口を利いてくれたんだぜ。
田舎者のメイドがカルロスの話題を持ち出す度に、何度か口にしようと思いかけたものの、ジョゼフはその度にその言葉を飲み込んだ。
言ったところで信じないだろう。見栄張りだのホラ吹きだのとバカにされるに決まっている。
それに、もし俺が誰かと所帯を持つ事になったとしても、あの人が結婚式に来てくれるはずはないのだ。
ジョゼフは溜め息をつきながらも、市長の持つ馬の中でも一番の名馬、放生月毛のクリーム色の身体を念入りに吹いてやった。
この子はこれからお嬢さんの婚礼馬車を引く事になっている。
物語に出てくる王子様がまたがっているような白馬ではないけれど、朧月のような不思議な光沢のある毛並みを持つ美しい馬だし、放生はヤンセンが大好きだから、自分以外が婚礼馬車を引く事になったらきっと気を悪くするだろう。
そこへ、執事がやって来たので、メイドは逃げるように持ち場へ戻って行った。
「ご婚礼の会場までアレクサンドロ卿がお使いになるから馬を用意して。そうだな、放生月毛が良い。」
「放生はお嬢さんの馬車を引くことになっていますので、三国黒ならばすぐに。」
ジョゼフは答えた。
そりゃあ、何もなければ放生月毛に鞍をつけていただろう。しかし、三国黒は放生に負けないくらいきれいな馬だから、カルロス隊長も気に入るに決まっている。
けれど、なぜ隊長は馬を所望するのだろう?
しかし、執事はその答えが気に入らないようで、鋭い声をジョゼフに向ける。
「バカを言うな。三国黒はずいぶん前に怪我をして足を引きずっているではないか。こんなみっともない馬をお出しできるものか。」
ジョゼフは下を向いて唇を噛んだ。
足を引きずって、みっともない。
まるで自分の事を言われているようだ。
いや、違う。
確かに、俺はみっともないろくでなしだけど、三国黒は立派できれいな馬だ。
ジョゼフは自分の藁と泥だらけの汚い靴を睨みながら、けれども、はっきりと言った。
「三国黒はみっともなくありません。そりゃ、早くは走れないけど、野駆けをする訳じゃなし、男を一人荘園まで乗せるくらい……。」
「ジョゼフ君の言う通りです。良い馬ではないですか。」
後ろから、柔和だがよく通る声がして、執事は飛び上がった。
「これはアレクサンドロ卿……。」
執事の目はオロオロと泳いだ。
なぜリーチュアンの貴族がうちの下働きの名前まで知っているのだろう?
マルセルから聞いているのか? それとも、この方は魔導士だから、そんな事もわかってしまうのだろうか?
ジョゼフは三国黒に支度をして、手綱をカルロスに渡した。
「かたじけない、大切に扱います。」
カルロスはジョゼフから手綱を受け取ると、いつもの皮肉っぽい笑いではない、優しい眼差しとともに笑いかけた。
「隊長どの!」
気掛かりなことがあったジョゼフは、三国黒を連れて厩を出ようとするカルロスを呼び止めた。
「あ、あの、ドリッピーは病気なんですか?」
「あいつは俺が食っちまったよ!」
厩の外から、リカルドの怒鳴り声がした。
大切なスレッジ・ハマー号に手を出したカルロスの愛馬ドリッピーを未だ赦してはいないのだった。
「はあっ⁉︎」
やりかねないだけにジョゼフと執事はその言葉に凍りついた。
しかし、カルロスはリカルドなどお構いなしに微笑を崩さず答えた。
「ちょっと訳ありでね、今日は留守番だ。けど、元気にしているよ。」
「良かった。」
ジョゼフはほっと息を吐いた。
「君に会ったと知ったら悔しがるだろうね。どうかね、君さえ良ければまたドリッピーの世話をしないかね。」
ジョゼフは耳を疑った。
願ってもないことだ。大都市リーチュアンのカルロス・アレクサンドロの屋敷で馬丁になるなんて……!
「お受けします、ええ、直ぐに!」
そう答えたつもりだったのに、口をついたのはまるっきり違う言葉だった。
「ありがたいお言葉ですけど、あの、その、放生月毛は俺以外の奴に身体を触られるのを嫌がるんです。そ、それに、三国黒の足も心配だし、それに……。」
ふと、あの田舎者のメイドの顔が頭に浮かぶ。
何の約束もしている訳でもないのに。
「あいつに馬丁なんか必要ない! 俺が食うんだから!」
リカルドの怒号が更に聞こえた。
カルロスを見送り、仕事が山積みの執事も慌ただしくその場を去り、厩にはジョゼフと馬だけが残された。
この俺が、カルロス・アレクサンドロ様の愛馬の世話をさせてもらっていたなんて、誰も信じないだろうな。
そんなことはない、馬たちはちゃんと知っている。
だから、気位の高いこの放生月毛だって、俺には一目置いているのだ。
「さあ、お前もそろそろお支度をしなきゃな。」
ジョゼフは放生の月光のようなたてがみを撫でた。
昼行灯のような気まぐれなカルロス・アレクサンドロに、今更その場に華をそえる以上の役割を期待する者など、もはや誰もいない。
けれども、彼と言葉を交わした者は、上流階級でも平民でも、前よりもほんの少しだけ自分の事が好きになるのだった。




