表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

88/138

最終話 引きこもり娘とおっさん戦士の恋 後編

「リリアン!」


 リカルドは裏口の扉を蹴破りリリアンの後を追った。


 裏庭でイーラーと散らかした薬草を拾い集めていたリリアンの肩を掴むとこちらへ体を向けさせ、傷だらけの顔を大きな手で挟んだ。

 

「リリアンさん、顔をよく見せて!」


「ひゃっ、リ、リカルドしゃまったら、イ、イーラーさんも見てるのに……。」


 この日、リカルドはリリアンの顔を初めてしっかりと見ることができた。


 この瞳、この傷痕、この顔は、以前どこかで見たことがある。


 前から知っている顔。


 リカルドがリリアンを独り想う時に思い浮かべるそのままの顔。


 そうだ、あの時の夢だ。


 やはりあの夢は正夢だったのだ。


 でも、何かおかしい。


 夢の中では気がつかなかった。


「これは、この傷痕は……。」


 リカルドの腕がリリアンを抱き、その身体を鍛えられた胸に押しつけた。


「リカルド様……?」


 リカルドはリリアンには応えず、困惑した顔をイーラーに向ける。


「何故なんだ、イーラー、何故なんだ。」


 イーラーは黙って首を振った。


「この傷は魔法だ。呪いがかけられている。」


 リカルドの目から見てもそれほど複雑な魔法には見えない。


 イーラーならばこんなものすぐに解くことができるはずなのに、なぜこのまま放っておいたのだろう。


「呪い?」


 キョトンとしてリリアンはリカルドを見た。


「これは呪いなんかじゃありません。お守りです。」


「お守り!?」


 リカルドは我が耳を疑った。


 お守り?傷痕が?リリアンは何を言ってるんだ?


「私を育ててくれた叔母さんから聞いた話なんですけど……。」


 リリアンは続けた。


「私、私のお母さんは、今の私よりもずっと若い頃、何か良くないことに巻き込まれて、そのせいで私が産まれたんです。


 お母さんは私が産まれた日にすぐに死んじゃったんですけど、叔母さんもお婆ちゃんもとっても悲しかったんです。


 それで、私が大きくなってもお母さんみたいにならないようにって、このお守りを授けてくれたんです。


 そりゃあ、この見た目で損をしたり、不便なこともたまにはあるけど、叔母さんとお婆ちゃんが守ってくれているんだと思えば、そんなに辛くはないんです。」


 イーラーは戸惑いながら後を引き継いだ。


「リリの話は本当なの。


 この魔法は呪いじゃないの。


 ひどい話だし、私も間違っていると思うけど、リリのお婆さんや叔母さんが、リリとリリのお母さんをとても愛しているのは間違いなくて、リリも彼女たちを同じくらい愛している。


 その力が源になっているの。


 第三者が無理矢理魔法を解けば、家族の愛を否定することになる。


 リリの家族の絆を絶つことになる。


 ずっと前に一度、カルロスが魔法を解こうとしたことがあって。」


「カルロス隊長が!?」


 リカルドが思わず聞き返した。


 イーラーは頷く。


「あの人は愛とか絆とか、そういうのを信じない人だから。リリが嫌がるのに、無理矢理。」


 ずいぶん前に、カルロスが何かをしでかしてイーラーの逆鱗に触れたことは聞いていたが、まさかリリアンが関係していたとは。


 その当時のリカルドは姉の子供や妹の消息を尋ねるのに夢中だったから、薬草園には長らく訪れていなかったのだった。



「そうだったのか、お母さんが。そうだったのか。」


 リカルドはリリアンを胸に抱き、何度も何度も呟いた。


「リカルド様は、叔母さんやお婆ちゃんの悪口を言わないんですね。」


 リカルドの胸の中でリリアンは静かに囁いた。


「この話をすると、みんな叔母さん達を責めるから、それを聞くのが悲しくて、周りには小さい頃に怪我をしたって言ってたんです。時間が経ち過ぎているから、イーラーさんの薬も魔法も効かないって。」


 誰が責められようか。そうだ、俺にはわかるんだ。


 姉のサラに注意が必要なのはわかっていたのに、目先のはした金に目がくらみ、彼女を一人にさせてしまったことが招いた悲劇。


 借金のかたに売られてしまった可愛がっていた小さな妹。


 リリアンの母親を守ることができなかった祖母や叔母の、悔やんでも悔やみきれない思いが俺には解るんだ。



「リリアン。」


 リカルドは抱きしめていたリリアンを身体から離し、跪いて彼女の両肩に手を置いた。


「俺は、俺は、こんなふうに言うのは変かも知れないし、君からしたら、余計なお世話だと思うかも知れないけど。」


 リリアンは首を少し傾け、濃い栗色の目でリカルドを見た。


「俺は、今の君も充分、素敵だと思っているよ。

顔に傷があっても、ぬいぐるみをかぶっていても、明るくて、優しくて、俺の騾馬や犬に親切な君を本当に心から素敵だと思っているよ。」


「リカルド様……。」


「でも。」


 リカルドはその先を続けるのを躊躇った。


 ああ、俺も同じだ。


 リリアンの叔母さんやお婆さんと同じだ。


 顔を隠して薬草園の中で暮らしているからこそ、リリアンと出会うことができ、こうして言葉を交わすことができた。


 傷が消えてぬいぐるみをはずした若くきれいなリリアンは、世間の男達には今よりずっと魅力的に映ることだろう。


 恋人とのロマンスや結婚に憧れるリリアンの心を射止める男はすぐに現れるに違いない。


 自分のものにならなくても、このまま誰の目にも触れることなくここに引きこもっていてくれさえすれば、気心の知れた友人としていつまでも側にいることができるのに、魔法を解いたらその淡い望みも完全に絶たれてしまう。


 リカルドは歯を食いしばり、内なる敵に挑む。


 姉さん、力を貸してくれ。


 途中で逃げ出したりしないで、リリアンの本当の幸せを探す手伝いができるように。


 これまでとは違った愛し方ができるように。


 リカルドは大きく息を吸い込んだ。


「でも、もし君が望むなら、いつでも好きな時に、俺はこの魔法を解くことができると思う。


 君はもうお守りが必要な小さな女の子じゃない。


 叔母さんやお婆さんの力を借りなくても大丈夫だと思うんだ。


 君が不安なら、一緒に君の叔母さんとお婆さんのところへ行って、その魔法を解いても良いか聞いてみてもいいよ。


 急に言われても、すぐには答えられないと思うから、ゆっくり考えてくれていい。


 君が、お守りはもう必要ないって思ったら、ぬいぐるみをはずして、ヤンセンやキンバリーや……ロイや、新しい友達と、手芸屋や、ソーダ・スタンドや、夜市や、冒険へ行ったりしたらいいよ。」


 


 リリアンは頭のてっぺんから足の爪先までピリピリちりちりとした刺激が走るのを感じた。


 そう、ミス・フランシスこと、蛙の魔物のレンリーが持っている髪飾りをつけた時のような。


 けれども、今日は髪飾りの時よりももっと強く心地よい刺激が身体中を駆け巡っている。


 おそらくこの刺激はずっと消えることはないだろう。


 ああ、これがプロポーズでなくて何であろう。


 こんなにはっきりとした言葉なら、わざわざミス・フランシスに手紙で聞かなくてもすぐにわかる。


 けれども、なぜリカルド様はこんなに悲しそうなお顔をしているのかしら?


 もしかして、私が拒絶するとでも思っているの?


 初めて会ったあの日から、ずっと変わらずに想い続けていたのを、気がついてくれなかったのは、リカルド様の方なのに。



 暫しの沈黙の後、リリアンは口を開いた。


「……お守りのかわりに、これからはリカルド様が私を守ってくれるんですね?


 私だけの戦士様になって、ずっと守ってくれるんですね?


 ね、そうなんでしょう?」


 リリアンは肩に置かれているリカルドのごつごつした右手を取り、頬に当ててうっとりと目を閉じた。


「リリアン……。」


 今こそリカルドは悟った。


 思い過ごしでも、勝手な想像でも何でもなく、リリアンが自分を想ってくれていることを。


 もう、ずっと以前から、想い続けてくれていたことを。


「もちろんだ。君がそれを望むなら、いや、望まなくても、俺が君を守ってみせる。」


「本当に?一生、ずーっと?」


「一生、ずっと。」


 異常な傷痕に気を取られていたが、改めて見るぬいぐるみをはずしたリリアンのはにかんだ笑顔は、心が溶けそうになるくらいに可愛らしかった。


 胸に湧き上がるこの気持ち。泣きたいほどに締め付けられる、けれども心地よいこの痛みを、リカルドは忘れることはないだろう。


 一生、ずっと。


 リカルドはリリアンの小さな手を取り、爪先に唇を押し付けた。




 ふふっとリリアンは恥ずかしそうに笑い、甘えるようにリカルドを見た。


「じゃあ、さっきみたいに、ぎゅってして、よしよしってしてください。」


「へ!?さっき、って?」


 リカルドは、安堵と、突拍子のないリリアンの発言に、思わず素っ頓狂な声をあげた。


「もうっ、リカルド様のいじわる!わかってるくせに!」


 リリアンは真っ赤になって頬をぷうっとさせた。


 だめだ、ひとつひとつの表情が可愛くて気が狂いそうだ。


「さっき、台所で、ぎゅって抱っこしてくれて、『よしよし、かわいいな、お前は』って言ってくれたじゃないですか。それで、それで……。」


 リリアンは顔をさらに赤くして、


「それで、お尻をぽんって……えっち!」


 きゃっと両手で顔を覆った。


「ふぁっ!?」


 リカルドの背筋が凍り、同時に、かあっと頭に血が昇り全身の毛が逆立った。


 そう言えば、今リリアンが着ている服は、カワウソをかぶったリリアン人形と同じもののように見える。


 まずい、間違えて本物にあんな……!!


 嘘だろ、嘘だと言ってくれ!!


(うわぁーーーー!!!)


 声にならない叫びが超音波となり、遠くで骨で遊んでいた名犬サーブがぴくっと反応した。


 誰か!


 誰か俺を今すぐ異世界に転送してくれ!!


 頼む!!!


 リカルドは諸膝を折り頭を抱えてへなへなと崩れた。


「もういいです。」


 リリアンは真っ赤になったまま、ぷいっとそっぽを向いた。


「馬車の中でヤンセンお嬢さんはマルセルさんにもっと我儘なおねだりをしてたんですよ。マルセルさんは喜んで何でも言うことを聞いてあげてたのに。」


 婚約者のたっての願いを一向に叶えようともせず、地面にへたり込んで土に還ろうとしているリカルドにリリアンは非難するような一瞥をくれ、ぷりぷりしながらイーラーのひっくり返した薬草を集めはじめた。


 二人の成り行きを見守っていたイーラーも、散らかした薬草の美味しそうな匂いを嗅ぎつけ身重の騾馬スレッジ・ハマー号が突進してきたのを見て慌てて集め始めた。

 



 リカルドが暗黒の剣を用いるまでもなく、そう遠くないうちに、この魔法は役割を終えリリアンの傷痕は消えるだろう、とイーラーは思った。


 だからと言って何がどうなるわけでもない。


 正直なところ、リカルドが考えているほどには、リリアンは世間では人目を惹く目鼻立ちをしているわけではないし、際立つ才能があるわけでも、莫大な遺産の相続人というわけでもない。


 ちょっとだけ人見知りの、引きこもりぎみの普通の女の子だ。


 イーラーはちらっとリカルドを見やった。


 ほったらかしにされていたリカルドは、黙って立ち上がると台所で自分がひっくり返した蒸しパンをしょんぼりと拾っている。


 普通の女の子が、普通よりちょっと、いや、かなり残念なおっさんに熱烈に愛されて、女の子もそれに応えてあげただけ。


 それだけの話だ。


 先ほど、イーラーが家庭菜園の脇を通りかかった時、おびただしい数のキャベツの苗が強引に植え付けられているのを見た。


 近いうち、ここは薬草園ではなく、キャベツ園と名前を変えることになりそうだ。


「前途は多難だわ。」


 そう、口に出してみたものの、大きな瞳は面白そうに輝いている。


 例のおばちゃん特有のニヤニヤ笑いも止まらないが、少女のようなその姿のせいか、無垢な天使が祝福をしているかのように見えた。

 



  【完】

 最後までお読みいただき本当にありがとうございました。


 読み終えた皆さまが少しでも幸せな気持ちなってくださったら、こんなに嬉しいことはありません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 完結までありがとうございます。小春日和の様な温かい読了感でした。 後で最初から読み直します。次回作、楽しみに待ってます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ