第八十二話 ヤンセンの結婚式 中編
貴賓席付近の、オーガンジーのドレスを着た少女にリカルドは目を奪われた。
もちろん、杖を持ったちびっ子の方ではなく、頭ひとつ分背の高い方の少女だ。
「り、リリアンさん?」
「ご機嫌よう、リカルド様。
アレクサンドロ中尉様、ご無沙汰しています。」
リリアンはぎこちなく足を曲げて、淑女らしい挨拶をした。
「やあ、こんにちは、リリアン。とてもきれいだよ。主役を奪っちゃダメじゃないか。
そして、イーラー、」
カルロスはイーラーのほうを向き慇懃なおじぎをしたが、イーラーは立ち止まりもしないで前を通り過ぎ、自分の席に座った。
カルロスは肩をすくめ、リリアンにウインクをして、自分も席についた。
カルロスの後ろに付き従っていたリカルドとリリアンだけがその場に残され、二人は向かい合わせに立った。
「今日は、なんだか、すごく、なんていうか、いつもと、その、いや、もちろん、いつも、けど、その、すごく、その、とってもき、き、その。」
リカルドは何か言おうとするのだが言葉が上手く出てこず、とてもカルロス隊長のようにスマートにはいかない。
「リカルド様。本当にたくさん勲章をお持ちなんですね。イーラーさんが、正装したリカルド様はとっても立派だっておっしゃっていたけど、本当ですね。イーラーさんが自慢に思うのもわかるわ。私もとても誇らしいわ。」
リリアンは正装したリカルドを惜しみなく称賛した。
「似合わないだろ?」
リカルドは照れ笑いする。
「ううん、とっても、素敵。何だか、どこかの上流階級の知らない人みたい。」
「じょ、、、!?」
屈託なく褒めるリリアンにぎくりとする。
このような場では、カルロスの引き立て役としてあえて屈強なリカルドを伴うのだが、元々、こういう席にはいかにも場違いな大男だ。
いるだけでも注目を浴びてしまう。
リリアンの賛辞を嬉しく思う反面、こんなふうにすらすらと美辞麗句を並べられるのは、かえってこちらに関心がない証拠なのではないかとも思う。
「お、恐れ入ります、最上級兵曹長殿」
と、後ろから恐々と声をかける者がいる。
「大変、申し上げにくいのでございますが、そちらにおられますと、そのう、後ろの方々が、そのう、何と申しましょうか……」
振り返ると、案内係が汗を拭き拭き訴えている。
「ああ、すまん、すまん」
リカルドは後ろの端に立った。
「恐れ入ります。リリアン様は、イーラー様のお隣へどうぞ。」
案内係はほっとして言った。
「では、リカルド様、また後で。」
「ああ。」
リリアンはぎこちなくおじぎをすると、イーラーの隣に座った。
リカルドは端に追いやられた訳だが、この方が全体に気を配っているフリをして、リリアンを遠慮なく見ることができるので好都合だ。
そもそも、カルロス隊長に護衛なんか必要ない。
あるとすれば、イーラーがカルロスを攻撃してきた場合のみだろうが、そうなったら俺は当然一目散に逃げる。
結婚の儀式や、皆が音楽に合わせてダンスをしているのを、リリアンは最初は楽しそうに見ていたが、次第に退屈してきてたらしく、もぞもぞと身体を動かし始めた。
イーラーは最初から居眠りを決めこんでいるようで、時々、体をびくっとさせている。
カルロスがリリアンに身体を寄せて、何か耳打ちをすると、リリアンは立ち上がってリカルドの方へ歩いて来て、声を弾ませて言った。
「リカルド様、アレクサンドロ様がおっしゃっていたけど、あっちに回転木馬があるんですって。」
「えっ?」
リカルドはカルロスを見たが、カルロスはどこかの夫人と和やかに会話をしており、こちらを振り返りもしない。
「行ってみようか。」
「わあ、ありがとうございます!」
二人は連れだって貴賓席のテントを出た。
リリアンとリカルドが席を離れた貴賓席で、ガードナー家の当主に声をかけられ、イーラーは体をびくっとさせてガードナー氏の方を向いた。
「まあ、ガードナー様。先日は栗饅頭をどうも。」
「何、こちらこそ、孫がイーラー先生のところにいるリリアンさんと、あちらの戦士殿と仲良くさせていただいているようで。まったく、あの子にはどうしたものかと手を焼いているんですよ。いや、悪い子じゃないんだが……。」
ガードナー氏は後ろを見やった。
イーラーも振り返ると、ロイはテントの柱の片隅に立ち、ぶつぶつ言っていた。
「正装したリカルド殿……尊すぎて目が潰れそうだ……でも、回転木馬に乗るのは……公式だけど受け入れ難い……どうすれば良いんだ……。」
威厳のある紳士が寂しそうにふっと笑った。
「少々変わったところがありましてねえ。リリアンさんと仲良くなってあの子も変わるかと思ったのですが、リリアンさんがまさか先生とそういうご関係だったとは。相手が先生ではうちのが入る隙はありませんな。」
イーラーはガードナー氏に軽くお辞儀をしたが、顔が隠れているので氏には表情が見えなかった。
リカルドと妙な噂が立つのは営業妨害だが、魔女のそういう噂は一般人には謎めいた印象を与えるらしいので特に否定も肯定もしないのだ。
移動遊園地の周りには、たくさんの露店が出ており、以前訪れたリーチュアンの夜市のような賑わいだった。
「どれに乗りたい?お嬢さん?」
回転木馬の順番が回って来ると、リカルドはリリアンに聞いた。
「わあ、白鳥がいる。私あれがいいな。リカルド様は?」
「えっ俺も!?」
「乗らないの?」
「いや、そんな、悲しそうな顔されても。乗るよ、乗りますよ。」
「じゃあ、リカルド様はこの白いお馬ね。」
「はい。」
木馬たちが周り始め、リリアンとリカルドも周りだした。
リカルドに手を振るリリアンは、たくさん飾られたランタンの中できらきら輝いていた。
ボンネットとベールで顔は隠れているが、いつものように彼女は表情豊かに全身で気持ちを表している。
ドレスを着たいつもと違うリリアン。
けれどもいつもと同じように無邪気なリリアン。
無垢なプリンセスみたいだ。
「きれいだったなあ、回転木馬。きらきらして、物語の世界にいるみたいだった。」
木馬を降りた後も、まだ夢から醒めないような心地でリリアンはうっとりと呟いた。
「ははは、そうだな。リリアンさんは、本当に物語が好きなんだね。」
「ふふふ。」
リリアンは笑い返したが、心の中では違うことを考えていた。
そうでもないわ。
物語に出てくるのはいつも美男美女で、みにくい子は悪者か、そうでなければ最初からいないことになっているんだもの。




