第七話
ちょっとひと休み。
「お湯沸きましたよ。今日街へ行ったから、身体洗うでしょう?」
台所からリリアンが声をかけた。
先程からリリアンが忙しく湯浴みの支度をしているのを横目で見ていたイーラーだが、気づかないフリを決めこんで、街で買った新聞を読んでいた。
リリアンに何度も何度も声を掛けられるので、ついにイーラーも口をひらいた。
「めんどくさい。」
「ダメです!イーラーさんはほっとくと身なりを全然構わないんだから。せっかくかわいいんだからきちんとして下さい!」
「お風呂に入ると魔力が落ちるんだよ。」
「絶対うそです!」
リリアンは服を脱いで、嫌がるイーラーの服も脱がせると、彼女を抱えて、ドライハーブとお湯を入れた大きな洗い桶の中に身体を浸した。
この家は井戸のポンプが台所にしかないので、お風呂も台所で済ますのだ。
「ほら、ちゃんと洗って下さい。」
リリアンはお湯に入ってもちゃぷちゃぷとしているだけのイーラーから糸瓜のたわしを取り上げ身体を洗ってやる。
「ひゃひゃっ、くすぐったいよう。」
「こういうところもきれいにしないと、汗が溜まってかゆかゆになっちゃうんですよ。」
「いやあ、リリのえっち。
もうお嫁に行けないよう。」
「何を言ってるんですか。
まだ諦めてなかったんですか。」
「何を!」
夕方のケンカの続きとばかり、イーラーはリリアンに飛びつこうとたが、ぴしゃっと顔にお湯をかけられ、目をつぶった隙に身体をホールドされ動きを封じられ、お腹をごしごしこすられた。
「ぎいーやあああ!!」
猫の断末魔のような叫びをあげるイーラーに
「お湯の中では負けません!」
リリアンも容赦なく身体を磨きあげる。
観念したイーラーを膝に乗せて、薬用石鹸を泡立て、髪の毛も洗ってやる。
「もー、もぞもぞしないで下さいよ、戦士様の騾馬の方がずっと大人しいじゃないですか。」
「だって、石鹸が目に入って痛いんだもん。」
イーラーは鼻にしわを寄せ、目をぎゅっとつむった顔を、リリアンの胸元にこすりつけた。
リリアンは、イーラーの世話も騾馬の世話も変わらないわ、と内心思いながらも、顔にかからないよう優しく髪を流してやる。
「リッキーと言えば、一年前に怪我をしてからは、仕事は近場で済ませてるみたいだけど、前みたいにもっと遠くまで行ってくれたら、珍しいお土産をもらえたり、噂話が聞けるのになあ。怪我はもう治ってるのに。」
リリアンの温めてくれたハーブ入りのミルクを飲みながら、イーラーがぼんやりと話す。
魔法で風を作って乾かした髪の毛をリリアンが丁寧に梳いている。
リカルドの怪我の話が出たので、リリアンは初めてリカルドに出会ったあの時の事を改めて思い返す。
もちろん、片時も忘れることはない。
いつだって繰り返し思い出している。
リカルドの話は一言も聞き漏らしたくないから、イーラーが続きを話してくれるのを待つ。
「戦争が終わってから、しばらくは商人のキャラバンの護衛をしたりしてたんだよ。
温室にあるサボテンとネズミを食べる食虫植物はリッキーのお土産なの。」
「けど、街の冒険者ギルドで請ける、報奨金つきの冒険のお話しを聞くのも、面白いですよ。」
と、リリアン。
サボテンが生えているような土地なんて、そんなに遠くに行ってしまったら、滅多に会えなくなってしまう。
「ああ、あのかなり盛ってるやつね。」
「私にもっと魔法か剣術の才能があれば、戦士さ、、いえ、誰かとパーティーを組んでダンジョンに挑んだりできるのにな。」
「リリがダンジョン?」
イーラーが笑った。
「どうせ似合わないですよ。」
疲れていたせいか、普段、思い描いていることをつい口走ってしまって後悔した。
夕方、自分の魔法を馬鹿にされたばかりなのだ。
しかし、イーラーはその考えを気に入ったようだ。
普段、滅多に希望を口にしないリリアンにそんなふうに言われると、何が何でも叶えてやりたくなる。
家に居るのが好きなら、好きなだけ居れば良い。
同じ理由で冒険がしたいのなら、家に居るのと同じ気軽さで出かければ良いのだ。
イーラーのお節介なおばちゃん根性が疼いた。
「よし、今度、三人でで行こうよ。日帰りの近場でいいよね。お弁当持って。」
「そ、そう言うノリで良いんですか?」
「だいたいそんなもんよ。」
絶対に違う、とリリアンは思ったが、イーラーとリカルド、それにリリアンの三人で冒険に出かけるだなんて、とても素敵に聞こえた。
確かに二人がいれば危険は少ないだろう。
「そんな事が本当にできたらいいなあ。でも、私、何もできないから。」
「リリはお弁当係だよ。」
リリアンよりも楽しそうに、イーラーがはしゃいで言った。
第八話は、残念なおっさんがリリアンの元へ帰還します。




