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第七十三話 さようなら薬草園 7


 

 レンリーに促され、リリアンがローブを脱ぐと、白色レグホーンのぬいぐるみが現れた。


「リリアン!」


 イーラーはリリアンに抱きついた。


「リッキーから急に居なくなっちゃったって聞いて、私のこと嫌いになっちゃったのかと思ったよ!これからは嫌がらずにお風呂に入るから、一緒に帰ろう?」


「……ごめんなさい、イーラーさん。」


 リリアンも涙ぐんでイーラーを抱きしめた。


「私のことをお二人がそんなに思って下さっているのに、私、我儘でした。お二人のことを心から祝福できるように努力してみます。」


「いやいや、ないから!」


 イーラーは、べりっ、と、リリアンを引き離して強い口調で言った。


「祝福って何?私とリッキーが祝福されるようなことなんて何にもないから!」


「い、今のミス・フランシスへの破廉恥な行為に愛想をつかしてしまったのですか!?」


 リリアンはオロオロしてミス・フランシスを見た。


「ないから!最初から尽きるような愛情なんか!」


 手を、首をぶんぶん振りながらイーラーは全力で否定した。


「で、でも、イーラーさんがリカルド様にプロポーズを……」


「何それ!何かを勘違いしてるのは分かってだけど、私からってことになってたの!?」


「ひにゃ!?勘違い!?」


「前に言ったでしょ?この仕事は信用第一。イメージが大事なのよ。変な噂がたったらどうするの?いくらリリアンといえども営業妨害は困るわ。」


 商売が絡んでいるのでイーラーはちょっとだけリリアンに厳しく言った。


「勘違い……勘違いだったんですね……!!」


 リリアンはもう一度イーラーに抱きつき、泣き出した。


 イーラーはリリアンの背中をぽんぽんと叩いた。




 リリアンが落ち着きを取り戻すと、二人はレンリーの方を向きペコリとお辞儀をした。


「ミス・フランシス、お騒がせして申し訳ありませんでした。」


「お恥ずかしい限りで。」


「いいえ、良いんですのよ。ずっと一人でここに詰めていたので、良い息抜きになりましたわ。」



 リリアンとイーラー、そしてリカルドのやり取りを見守っていたレンリーは、『悪七』にももっと友情の要素が多くあっても良いかも。と考えていた。


 別にレディ・ジェラルダインは七人の中から一人を選ぶ必要はない。


 ハッピーエンドの裏でリリアンのように泣く者が出てくるくらいなら、友情に厚い七人全員、みんなで仲良く結ばれたって良いではないか。


 みんなが幸せになって欲しい。


 誰一人泣く人なんていない、ハッピーエンドの先にハッピーなスタートが待っているような、そんな物語。


 

「ミス・フランシス、『悪七』の続き、やっぱり教えていただけないんですか?」


 リリアンは名残り惜しそうに言った。


「だーめ。」


 ミス・フランシスことレンリーはか細い声でふふふふふ、と笑った。


 だってなーんにも決まってないんだもの。


 ふふふふふふふ……。




「さ、リリアン、帰ろうか。」


「はい。」


 イーラーとリリアンは手を繋いで洞窟の入り口へと歩いた。


「あ、あの、何か忘れていませんか?」


 レンリーが二人を呼び止めた。


「え?」


 と、二人はレンリーの方を振り返ると、


「あっ、いけない。」


 リリアンはトサカにつけていた髪飾りを外し、レンリーに差し出した。


「これ、ありがとうございます。髪飾りのおかげかしら。何だか心がとっても晴れやかです。」


「いえ、そうじゃなくて。闇の戦士様が、まだリリアンさんを探しに駆け回っていますが……。」


 あっ、とリリアンは声をあげたが


「ああ、それなら大丈夫よ。」


 と、イーラーは請け合い、洞窟の外へ向かって


「サーブ。」


 と呼んだ。


 程なく、入り口からトコトコとリカルドの犬が歩いて来た。


「わんちゃん?わんちゃんも来てくれたの?」


 リリアンは驚いて名犬サーブに駆け寄った。


「リリアンのことを心配して、ずっと後を着いて来てたみたい。」


 イーラーが言った。

 

 サーブはお座りをして尻尾を振っている。


「そうだったの?ありがとう、わんちゃん。ごめんなさい。」


 リリアンはサーブに抱きつくと、サーブはリリアンの白色レグホーンのクチバシをぺろっと舐めた。


「遍堀の先の宿場町の辺りにいるみたい。サーブ、悪いけど、リッキーに知らせに行ってちょうだい。」


 指輪を覗きながらイーラーが言った。

 

「私も一緒に行きます。良いですか?わんちゃん?」


 リリアンの言葉に、名犬サーブは尻尾を振ってぶるぶるっとさせると背中から翼が現れた。


「あ、待って、リリアンさん。お出かけになる前にお茶をもう一杯いかが?」


「まあ、ありがとうございます、ミス・フランシス。」


 リリアンはレンリーから差し出されたカップのお茶を一気に飲み干し、もう一度ペコリとお辞儀をすると、名犬サーブと共に駆け足で洞窟を出て行った。


 リリアンとサーブの姿が見えなくなると、イーラーはふん、と鼻を鳴らした。


「だって、闇の戦士様には並々ならぬご恩があるんだもの。ちょっとでもお返しがしたくて。」


 レンリーはイタズラがバレた子供のようなバツの悪い顔で言い訳をした。


「さあさあ、魔女様もお帰りになる前にお茶でもどうぞ。こっちには『プロポーズのおまじない』なんてかけていませんから、安心してくださいな。それと、これもどうぞ。お口に合いますかしら。」


 レンリーの出したお茶とお茶菓子を見て、イーラーの目が輝いた。


「あら、秋季限定栗きんとん。さすがわかっていらっしゃる。」


「編集者の差し入れなんです。冬眠中はこんなのばかり食べてしまうので、すっかりブヨブヨになっちゃって困ったものですわ。」


 レンリーはか細い声でうふふふふ、と笑った。



   ⁂



 リカルドが洞窟を出てみると、乗って来た馬はどこかへ行ってしまっていた。


 無理もない、リカルドの出す爆音に生命の危険を感じたのだろう。


 仕方なくリカルドはリリアンの名を叫びながら道を走った。


 行けども行けどもリリアンの姿は見えてこない。


 遍堀の少し先にある小さな宿場町の宿屋をしらみ潰しに当たってみたものの、リリアンらしき女の子の情報は得られず、姿も見えなかった。


 宿場町のはずれまで来ると、朝から馬と徒で走りどおしだったリカルドはさすがに疲れが出たのか、道路の窪みに足を取られて地べたにひっくり返った。


 もしかしたら、俺に見つかるのが嫌で隠れているのだろうか。


 こんなふうに俺の前からいなくなってしまうなんて。


 どうせ去って行かれるのなら、なぜこの想いを打ち明けなかったのだろう。


 嫌われても怖がられても構わないから、この腕にしっかりと抱きたかった。


「う、う。」


 リカルドは、諸膝を折り四つん這いになり、涙とハナミズを地べたにぽたぽたと落としながら絞り出すように愛しい人の名を呼んだ。


「リリアン、リリアン……。」


 と、地べたに突っ伏したリカルドの顔の前に、小さなつま先が現れた。


「リカルド様。」


 顔をあげると、ぬいぐるみをかぶった女の子が黒い犬に寄り添われて立っていた。


「あ、ええと……それは、ニワトリ?」


 面妖な頭に一瞬何が起こっているのかわからなくなる。


「白色レグホーンです。」


 ぬいぐるみの女の子は答えた。


 いつもお読みいただきありがとうございます。


 次章はこのお話の最終回です。

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