第七十二話 さようなら薬草園 6
「闇の戦士様こそ、こんなところへ何の御用でお出ましに?」
レンリーはリカルドに尋ねた。
「そうだ、女の子を見なかったか?ちっこくて、めちゃくちゃかわいい女の子だ。熊、いや、カワウソのぬいぐるみを頭に着けている。」
「熊?カワウソ?私、もう何日もここにカンヅメになってますけど、ぬいぐるみも実物も見ていませんわねえ。」
嘘が苦手なミス・フランシス、いや、レンリーも、こればかりは本当なので自信ありげに請け合った。
「そ、そうか……リリアン……どこへ行ってしまったんだ!!」
リカルドはがっくりと肩を落としたが
「………は、そうだ!」
ふいに思いついて顔を上げた。
「そうだ、お前、あれを貸してくれないか?」
「あれ、とは?」
「ほら、以前髪飾りと一緒にやったじゃないか、もの探しのお守り!」
「えーっ。」
レンリーは思わずお守りをしまっている懐を押さえた。
「い、嫌ですよう。まだ無くした香炉は見つかっていないんですもの。」
「なに、すぐに返すさ、リリアンを見つけたらその足で、すぐに。そこにあるんだな。」
リカルドはレンリーの肩を掴んで懐に手を入れまさぐった。
「ちょっ、あっ、やめてください。あん、やあっ。」
レンリーは身体をくねらせ抵抗するが、リカルドの力には抗えない。
「な、頼む、大人しくしてくれ。」
「御無体な、やん、誰か、やんっ。」
(はわわ、リカルド様ったら、何て破廉恥な!ミス・フランシスのお胸をあんなに激しく……!イ、イ、イーラーさんという人がありながら!!)
突然、ぴしゃっ、とリカルドの頭にお茶が降ってきた。
「あち!」
リカルドの隙をつき、レンリーがリカルドの側を離れた。
「え?なぜティーポットがひとりでに?」
リカルドは驚いて周りを見回した。
「この、あほたれ!」
どこからともなく声が聞こえたかと思うと、
ぽこっ。
と、今度は後ろから棒切れのような物で叩かれた。
リカルドが後ろを振り返ると、そこにはエニシダの枝の箒を持ったイーラーが立っていた。
「イーラー!?」
「薬草園の魔女さま!?」
リカルドとレンリーは叫んだ。
(ひにゃっ、イーラーさん!?)
姿を隠しているリリアンも心の中で叫んだ。
(リカルド様ったら、よりにもよってイーラーさんにとんでもないところを見られてしまったわ。これは修羅場になりますね……!)
リリアンは大人向けのロマンス小説のような展開に少しだけ興奮してこの状況を見守っている。
イーラーは慣れない箒をぶっ飛ばしてきたらしく、髪は乱れ、ドレスはほつれ、木にでもぶつかったのか、葉っぱもところどころについている。
リカルドの前に立つと、両手を腰に当てて怒鳴りつけた。
「血相変えて飛び出したと思ったら、こんなところで一体何やってるの!?そんなことだから、リリアンもガッカリして居なくなってしまうのよ!」
「面目ない、ううっ……リリアン!!」
リカルドはがっくりと崩れ落ちた。
(あれあれ?これだけ?これが小説ならイーラーさんがミス・フランシスの髪の毛を引っ張ったり、引っ掻いたりして地獄絵図になるはずなのに……ひいっ!!)
きっ!!とイーラーが洞窟の片隅を睨んだ。
イーラーが自分でかけた魔法のローブを見抜けないわけがない。
リリアンは余計なことを考えるのをやめた。
「あのう……。」
レンリーはおずおずと前に進み出た。
「闇の戦士様と魔女様は、そのリリアンさんとは、どういうご関係なのですか?」
レンリーは姿を隠したリリアンが居るはずの洞窟の奥を気にしながら尋ねた。
「リリアンは私にとって大切な人なの。かけがえのないお友達でルームメイトよ。今もこれからもずっと変わらないわ。…………リリアンがそれを望む限りは。」
イーラーの視線は、レンリーを通り越して、洞窟の角に向いていた。
(……イーラーさん。)
姿を隠したままのリリアンも、イーラーを見つめた。
「お、お、俺だって!!」
リカルドも負けじと前に出たものの、
「………俺は、リリアンとは何の関係もないただのおっさんだ……。」
自分の発した言葉にショックを受け俯いた。
「いや、しかし!」
しかし、再び顔を上げ、
「俺の騾馬と犬はリリアンと大の仲良しなんだ!そこまでではないにせよ、俺ともとっても、仲良しな、はず、だ……。」
やはり自信を持って言えずに俯いた。
「しかし!」
そしてまた顔を上げ
「どれくらい仲良しかなんて関係ない!俺にとって、大切な人だ!それは間違いない!」
今度こそ、力強く言い放った。
(ひにゃっ!)
リリアンは声が漏れそうになり、思わずぬいぐるみの上から口を押さえた。
レンリーとイーラーが気遣うように洞窟の角を見る。
「それなのに、リリアンは薬草園から居なくなってしまった。俺が悪いんだ。俺が居座ったりしたから。そうだ、こうしちゃおれん。一刻も早く連れ戻さなければ。」
はっ、と、リカルドは顔を上げた。
「そう言う訳だから先を急ぐんだ。もし、何かわかったら知らせてくれ。」
リカルドはそう言うと洞窟の外へ走り去った。
再び、リカルドのリリアンを呼ぶ声が辺りに轟き、次第に小さくなって行った。
イーラーと共にしばらくリカルドを見送っていたレンリーは、洞窟の角へ顔を向けた。
「リリアンさん、そろそろ姿を見せて下さいな。」




