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第七十一話 さようなら薬草園 5


「それで、一緒に暮らしていたその仲良しの女の子は、貴女がその男の子が好きなのを知っていたのにプロポーズをしてしまったのね。」


「はい……」


 リリアンはハナミズを啜りながら返事をした。


「イーラ、じゃない、その女の子はかわいいのに頭も良くて、みんなからも慕われていて、私なんかが敵うわけないの。でも、まさか、二人はただのお友達だと思っていたのに、そんな……。」


「なるほどねえ。お料理男子はポイント高いものね。お友達はバリキャリガールみたいだから余計に魅力的に映るのかも知れないわね。」


「ゔゔ……」


 ミス・フランシスに改めて指摘され、リリアンの目からまた涙が溢れてきた。


「そうなんです。リカ、いえ、その男の子は元々素敵な人なんです。それに、誰にでも親切なんです。自分の飼っている動物にも、近所に住んでいるお婆さんにも。直接のお友達じゃないのに大事な武器を貸してあげたり、ケンカしたお友達の仲を取り持ってあげたり、殺すように言われた魔物さんの命を助けてあげたり。それなのに、私に対してしてくださる親切も、そのうちの一つだって気がつかずに、もしかしたらって、少しだけ期待をしてしまったの……ゔぅっ、うわーん……」


 リリアンはおいおいと泣き出した。


「泣かないで。」


 ミス・フランシスは優しく言うと、髪に留めていた銀色のユリの花の髪飾りを外した。


 ピリピリ、チリチリとした刺激が辺りから漂ってきたのに気付き、リリアンは再び顔をあげた。


「私には何もしてあげられないけれど、お気に入りのこの髪飾りを少しの間だけ貴女に着けさせてあげるわ。」


 ミス・フランシスはリリアンの白色レグホーンのトサカに髪飾りを引っ掛けた。


 この刺激は以前にも感じたことがあるわ、とリリアンは思った。


「ミス・フランシス、貴女は一体……」


 リリアンが何か言いかけた時、


「…………アーン」


 地響きのような音が彼方から聞こえできた。


「ひっ。」


 ミス・フランシスは飛び上がってリリアンの後ろに隠れた。


「編集者が原稿を取り立てに来たのかしら?」


 地響きは次第に轟音となり、こちらへ近づいて来る。


 洞窟の壁がビリビリ振動し、小石がパラパラと落ちて来た。




「リーリーアーーン!!」


 遍堀へ続く道を、リカルドが大声で叫びながらヤンセンの家で借りた馬を駆っていた。


 何百メートルも先から声が届くので、往来の者達は恐れをなして茂みに隠れ、爆音が通り過ぎるのを待った。


 庚申塚のところまで来ると、リカルドは馬を降り、洞窟へ向かった。


 イーラーの示した場所はこの洞窟の辺りだった。


 あれからずいぶん時間が経っているからもうここには居ないだろうが、痕跡があるかも知れないと考えたのだった。


「リリアン、いるかい?俺だ、リカルドだ。」


「リカルド様!?」


 洞窟の入り口からリカルドの声が響いて来たので、リリアンは慌ててローブを身に着け姿を隠した。


「お願いです、ミス・フランシス、私がここにいるって言わないでください。」


「ええー。私、嘘は苦手なんですのよ……」


 そう言いつつも、ミス・フランシスは洞窟の中へ入って来た腹巻き姿のリカルドに声をかけた。


「まあ、闇の戦士様ではありませんか。今日はまた、季節感のよくわからない物をお召しで。」


「お前は、レンリー?」


「どうもご無沙汰しております。虫の知らせ、いえ、白色レグホーンの知らせというやつかしら。今ちょうど戦士様にいただいたお茶を淹れてましたのよ。」


 そう、賢明な読者諸賢は既にお気づきのことと思うが、ミス・フランシスこそ、以前往来者を次々と沼に引きずりこんでいた遍堀の魔物レンリーだったのだ。


 レンリーは魔導士から家宝の香炉を奪われたばかりか、地縛りの呪いをかけられ沼を離れられないでいるところをリカルドに助けられ、そのお礼に髪飾りと自身の著作物をやったのだった。


 髪飾りはリリアンの意向でもの探しのお守りと共にレンリーに返された。


 ミス・フランシス・バーネットはもちろん、イメージ戦略として編集者が考えたペンネームだ。


「その節は大変お世話になりました。あの時、戦士様に助けていただかなければ、今頃は沼で凍え死んでいましたわ。」


 レンリーはか細い声でうふふふ、と笑った。


「いやいや、こっちこそ、もらった本を参考に縫い物や洗濯に励んでいるぞ。しかし、何かこないだと比べるとヌルヌルしてないな。」


 夏に沼で会った時のレンリーは、泥だらけで表面にヌメヌメした薄い膜に覆われ、見るからに魔物じみていたが、今日の彼女は泥もヌメヌメもなく、銀色の長い髪はつやつやと輝き、ほとんど役割を果たしていない薄い装束からはみ出す白い肌はすべすべしている。


「沼からも離れていますし、冬なので乾燥気味なのです。」


「ほう。ところで、こんなところで何してるんだ?」


「もちろん冬眠です。起きてますけど。」


 レンリーはうふふふふふ、と笑った。



 泥棒よけのローブに姿を隠し、リリアンは洞窟の角で小さくなって様子を伺っていた。


 リカルドとミス・フランシスとのやり取りで、やはりミス・フランシスは遍堀の魔物レンリーだったのだとわかった。


(でも、確かリカルド様は、遍堀の蛙さんは大きくてブヨブヨしてるって……。)


 リリアンは不思議に思ったものの、言われてみれば、レンリーはリカルドの想い人(と、リリアンは思い込んでいる)のイーラーに比べると大きいし、リリアンには羨ましくて仕方がない豊満な身体も見方によってはブヨブヨと言えないこともない。


(イーラーさんのプロポーズを受けるくらいだから、リカルド様はもしかしたら、身体的にあまり成熟していない女の子を性的な対象とする嗜好をお持ちなのかも知れないわ。)


 もしもここが異世界なら一言"ロリコン"で済むようなことをリリアンはぼんやりと考えた。


(それなら、私は対象外になってしまうのも仕方ないわね。私も痩せっぽちだけど、一応は成人しているし、イーラーさんみたいにお胸とお腹の境界が曖昧な人とは違うんだもの。)


 リリアンは二人に気づかれないようにそっと溜め息をついた。

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